<記者の目>氾濫するがん情報=山田麻未(東京社会部、前生活報道部)
科学的裏付け、見極めを
がん患者がよりよく生きるために、いま必要なことを探る連載「がん社会はどこへ 第1部迷える患者たち」(2月、くらしナビ面・計6回)の取材に加わった。連載のテーマの一つは「がんに関する情報をどう選択するか」。取材に当たりがん情報について調べたところ、インターネットや書籍で情報が氾濫していることに驚いた。それぞれが正しさを主張している。情報があふれ返るいま、科学的裏付けが明確な情報を自身で選別できる判断力を高めることが求められている。
書店に行くと、平積みになっているがん関連の本は、現代の治療法を批判するものや独自の治療法でがんが治ったという奇跡のような体験談など、極端な主張をするものがほとんどだった。がん患者でない私にとって、がん情報は縁遠く、医師の言うことは皆信頼できるものだと思っていたが、本によって意見も対立しており、どうやらそうではないことが分かってきた。
専門外の医師が本で極端な主張
表紙に「元国立がんセンター医師」と、ある西日本の「がんセンター」勤務経験に触れた医師の本がある。この医師が監修した本について、インターネット上では高い評価のコメントも寄せられている。「希望が持てた」「信じられるものについては信じていきたい」−−などだ。
この本は、科学的根拠に基づいた現時点での最善の治療法「標準治療」でなく、健康食品による「代替療法」を勧めている。国立病院の名前を出すことで、「信頼性の高い本である」と強調しているようだが、当該のがんセンターがこの監修者の医師について「1年間、整形外科の非常勤職員として勤めた事実はあるが、これのみでは誇大な広告」とホームページで告知していた。
日本医科大学武蔵小杉病院で、抗がん剤を専門に扱う腫瘍内科教授、勝俣範之医師は「がん患者のつらさや再発への恐怖などの弱みにつけ込んで商売する悪徳クリニックが多いので注意すべきだ」と指摘する。医師だからといってすべて信頼できるとは限らず、特にがん専門医でない医師によるがん情報は注意深くみた方がよいようだ。
情報を得る手段は、本や医療施設側の宣伝だけではない。ブログやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の存在も大きい。
インターネット上で「世界保健機関(WHO)が抗がん剤をやめるよう言い出した」という話題が拡散されていた。公益社団法人日本WHO協会に尋ねてみると「そのような公表事実はない」と回答。「ネットで見た方から時々問い合わせを受けます」とのことだ。
ブログをたどって調べてみると、「まだ公表前の情報。WHOと関係のある医師から得た話で、WHO内の一部で議論がなされているようだ」とのことだった。
しかし、ブログの一部が抜き出されたり改編されたりして、引用元も明示しない形で広まっている。自分の意見と一致する話だからといって、安易な転載や改編は混乱を招くだけではないだろうか。
治療方法を巡り、家族間で対立も
また、「医師は自分や自分の家族ががんになったら抗がん剤を使わない」という話もよく聞くが、実際はどうなのか。勝俣医師は「抗がん剤治療を受ける場合もあるし、受けない場合もある。そもそも一概にくくれない話。なぜなら、部位、病状、年齢など状況により全く違ってくる」と説明する。
取材を通して、家族間で治療方法を巡り対立したという話も聞いた。「家族が自分の希望とは違う治療を勧めてきて困った」というケースのほか、「『正しい情報』を知らなかったから治療法の選択を誤った」と亡くなった家族について話すケースもあった。あふれ返るがん情報が家族関係にも影響を与えてしまうことは不幸と感じた。
インターネット上のがん情報について、信頼できない情報や研究段階の治療を勧めるなど、内容に問題のあるものが半分以上あるという研究(2007年、後藤悌・国立がん研究センター中央病院医師)もある。
信頼性の低い情報も広がっていることを認識した上で、不安や疑問があれば、専門的ながん医療を提供する「がん診療連携拠点病院」など全国424カ所に設置されている相談窓口、「がん相談支援センター」に尋ねてほしい。
患者本人だけでなく家族など周囲の人の相談も可能で、全国どこからでも電話を受け付けている。「ブログでこういう情報を見たけれど……」「テレビや雑誌で見たのだが」といった相談に医療関係者が応じてくれる。
コメント
Listeningの投稿について
「Listening――あなたの声を聞きたい」は、記事をもとに読者の皆さんと議論を深める場所です。たくさんの自由で率直なご意見をお待ちしています。
※ 本コメント機能はFacebook Ireland Limitedによって提供されており、この機能によって生じた損害に対して毎日新聞社は一切の責任を負いません。また、投稿は利用規約に同意したものとみなします。
「Listening――あなたの声を聞きたい」利用規約