2015年12月3日木曜日

酸素で枯らす

◆酸素編

(1)概要

大量の酸素が必要な状態の人に対し、酸素投与を止める。主要な臓器への酸素供給が低下するため、臓器の機能不全をきたし、死に至る。

(2)事前準備

◇モニターを外してもらう

患者は指先に洗濯バサミのような機械を付けられていることがある。酸素飽和度、通称サチュレーションのモニターだ。長いのでこの項では、単にモニターと呼ぶ。これを介して、病室にいる患者からナースステーションのディスプレイに情報が伝送され、看護師が監視している。

「じゃあ、誰も画面を見ていない時ならやり放題じゃないか」というのは甘い。ボケーッとモニター画面を見続けていられるほど医療現場はヒマではないので、異常があると看護師が携帯しているPHSが鳴るなどの仕掛けがしてあり、異常があれば看護師が飛んでくる。つまりモニターが患者についている間は酸素をオフにするとバレてしまうわけだ。

ならば、モニターを外してもらうにはどうするか。
異変を早く察知するためのモニターは、処置をしなくてよいなら必要ない。
先に述べたとおり、「急変しても何もしないで」という意思表示をしておけばよい。
一応、医療現場での意思決定の責任は医者にある。受け持ちの看護師に伝えても医者に伝わらないこともあるので、医者を捕まえてアピールしておくか、文書でも作って渡しておけばベストだ。

(3)手法

◇患者にくっついた装置には手を加えない

鼻に刺さっている「鼻カヌラ(カニューレ)」、口や鼻を覆っているおわん型の「マスク」などは決して外してはいけない。

「仕事」を完遂して患者が死亡すれば、看護師や医師が病室にやってくる。その時に患者に装着されているはずの装置が外されていると、大変だ。病院にもよるのだが、「事件か?事故か?」といって警察に届け出がなされてしまうことがある。捜査が始まっては面倒だ。

◇酸素のツマミをひねる

酸素を投与する装置はさまざまなタイプがある。人工呼吸器とかNPPV、ネーザルハイフローといった機械の操作は慣れていないと難しいし、酸素流量の記録が残ることも多いのでむやみに手を出すと墓穴を掘る。ここでは、操作が簡単なシンプルな装置にしぼって説明する。

このやり方だと酸素投与を止めたあとで、つまみをひねって酸素流量を元に戻してさえおけば、なんにも証拠が残らない。これが最大のメリットだ。

壁のパネルに管が刺さっているのを見たことがあるだろう。緑色が酸素の配管だ。古典的なタイプでは、透明な筒の中に玉が浮いている。

その下にあるツマミをひねって玉を一番下に落とすと、酸素の流れは止まり、酸素供給がゼロになる。止める前に、酸素がどれぐらい流れていたかを覚えておこう。「仕事」を完遂した後で、カムフラージュのために玉を元の位置に戻さなければならないからだ。もし患者が急変した時に酸素が止まっていたのなら、医療事故として警察沙汰になってしまう。

◇酸素中止が効果的な人


 酸素を流す量によって、患者に装着されているデバイスは異なる。左右の鼻の穴にささっているタイプを鼻カニューレ(鼻カヌラと呼ぶ人もいる)というが、これだと大した流量ではない。せいぜい5L/分程度なので、酸素をゼロにしてもたちまちクリティカルなダメージになることは少ないだろう。

一方、鼻と口を覆うタイプのマスクでは10L/分ぐらい流せる。さらに顎のところに袋がついたリザーバー付きマスクだと、15L/分まではいける。こうしたマスクが乗っている患者をみたら、酸素の量を見てみよう。ふた桁も流しているようなら、一挙に酸素をオフにすれば効果てきめんだ。


◇酸素を止めたらどうなる

モニターがついていれば、酸素飽和度(サチュレーション)がみるみる下がっていくのがわかるだろう。酸素が入ってこなければ、心臓や脳といった重要臓器への酸素供給が当然落ちていく。酸素の消費量が著しいこうした臓器はたちまち機能が低下し、やがて機能停止に至る。

もともと高流量の酸素が投与されている患者では、すでに息も絶え絶えなので、声も出せないことが多い。「苦しい!」とか「やめてくれ!」とか断末魔の叫びも出ないだろう。声は出せなくとも、苦しさに抗おうとしてアドレナリンなどが一気に放出される。このため、一過性に脈拍数が増えたり呼吸数が増えるが、逆に酸素の消費が増えて、残り少ない酸素を使い果たしてしまい、「酸欠」状態に拍車がかかる。

 酸素が足りなくなると、先に述べたような下顎呼吸が起こり死に至る。



2015年11月28日土曜日

点滴で枯らす

◆病室という密室 

入院中の患者は具合が悪くなっていよいよ亡くなるかも、という状態になると個室に移ることが多い。部屋でずっと付き添っている家族がいると、家族愛を感じて微笑ましい気持ちにもなる。忙しい病棟では、看護師が処置の手伝いやら点滴やらで引っ張りだこなので、ナースコールにすぐ応じることもできないので、家族が患者の身の回りのお世話をしてくれていると非常に助かる。

ところが、こうした「家族愛」と見せかけて、ぼくら医療者も寝首をかかれることがある。看護師や医者の目の届かないところで、家族が入院中の患者、とりわけ高齢者に危害を加えてもバレることは珍しいのだ。さすがに壁に患者の頭をゴッツンゴッツン打ち付けてすごい音がしたとか、ボコボコに殴ってアザだらけにしたとか、なにがしかの証拠が残ればぼくらも気づくが、足がつかないようなプロ級の犯行では見過ごしてしまう。

実際、「あまりにおかしなタイミングで急変して亡くなったので、きっと家族がなにかしたのかもしれない」とスタッフ同士でひそひそ話すような患者さんは確かにいた。裏付けるものがなにもないので、警察に届け出ることはしなかったけれど。

そんな手口をご紹介しよう。

どれも入院中、手のかかる老人を家に連れて帰りたくないから「殺害」したと思われるパターンだ。証拠がないのだから「チーム・バチスタの栄光」なんかよりも巧みである。しかもあの小説のように死亡後に画像を撮っても決してわかることのないのだから、完全犯罪といってよい。

ここではリアリティを出す便宜上、犯罪者側の思考をなぞって記載する。くれぐれも、ぼくがこれまで勤務していた病院のスタッフが入院患者を殺めたわけではないことは強調しておこう。


点滴編


(1)概要
もともと心機能が低下している老人に、急速に大量の補液を投与することによって、急性心不全を引き起こし、そのまま死に至らしめたもの。

(2)事前準備
医療従事者だって人間である。なるべく救命のための投薬や蘇生行為などをしないでいてくれるよう、深層意識に働きかけておく。

◇従順な家族を装う
いったん医療者に面倒な家族だと思われると、急変した際にも訴訟リスク回避のために蘇生やら何やらをされてしまう。愛想よく振る舞い、いつも感謝を絶やさない。間違っても「リハビリが足りない。入院前と同じにしてくれなければ連れて帰れない」とゴネたりしない。

◇あらかじめDNARを依頼
「患者が急変した!」となると、ふつうは医者や看護師のアドレナリンが出まくって、あれこれ医療処置をされてしまう。これを防ぐためにはDNARDo not attempt resuscitation「蘇生行為をしません」の意味。DNRともいう。の意思表示をしておくことが重要だ。

本来は、「心肺停止になっても心臓マッサージなどはいたしません」という意味だが、多くの病院では、「具合が悪くなっても、積極的な治療はしないでそのまま静かに看取ります」の意味で使われている。

カルテに「急変時DNAR」の記載があり、付き添いの家族も「そっとしておいてください」と言えば、具合が悪い患者を発見してしまった医療者も、「家族の希望なので静かに看取りました」と言い訳できる。余計なことがされないで済む。

具体的には、「昇圧薬・強心薬・透析・人工呼吸器は絶対に使わないでください」と言おう。素人っぽく言うならば、「急変した時にはそっと看取ってください」とか「本人が苦しむような延命処置とか、蘇生処置はなにもしないでください」と言えばグッド。

できれば、「本人は元気なときに『延命処置とか蘇生処置はなにもやらないでほしい』って言ってました」と言う意思表示があればベスト。医療者は躊躇せずに天寿を全うしてもらうことができる。そうした意思表示である「リビングウィル」は日本尊厳死協会のサイトを参照願いたい。(http://www.songenshi-kyokai.com/


◇点滴ラインを抜かせない
病状が回復すれば点滴は抜かれる。そうなると、「仕事」のための点滴が行えなくなる。「点滴ぐらいつづけてもらえませんか。食欲ないので」とスタッフに頼み込んでおく。

短時間で大量の輸液を入れることを考えれば、腕や足に刺さっている細い点滴ラインではやや不安が残る。急速に注入しようとしてかなりの圧力がかかると、血管の外に漏れてしまうことがあるからだ。水分や薬剤などを簡単に注入できるのは、CVこと中心静脈カテーテルだ。結構太いので血管外に漏れる心配はない。ターゲットのどこに点滴が刺さっているかをよく見ておこう。首の横側や鎖骨近辺、あるいは足の付根のどれかに刺さっているとCVラインである。


(3)決行
◇本当の急性期は避ける
 医者も看護師も、入院して間もなくの時期が患者への関心が高い。集中力とやる気が高まっている頃でもある。ちょっとした容体の変化でも、写真や採血などをオーダーし、専門医が呼ばれて薬が追加されてしまうので、せっかくの「努力」がふいになる。

◇転院を持ちかけられるような時期で
スタッフの関心が薄れるのは、病状が落ち着いてきた時期だ。治療としてはもうほとんどやることが無くなったが、具合が悪くて長く寝ていたために筋力が落ちて動けなくなった老人。要は、入院している必要はないが、ベッドを塞いでいる老人。このタイプが一番困る。次から次へと救急車が来るような病院であればあるほど、さっさとどこかに行ってもらいたいので、リハビリを受けてくれる施設に順次移ってもらうわけだが、どこも混んでいて、病院に長居される始末。

行き場はともかく、病院からいなくなってもらえればいいので、実は転院するか、転院前に死亡するかはあまり大きな違いではない。むしろ他の施設に移るとなると紹介状を書いたり、家族や相手方との面談をセットしたりとやりとりが発生して、病院スタッフはめんどくさい。表には出さなくとも「いっそ突然死んでくれないか」と思っているスタッフもいるだろう。


◇土日の夜中がベスト
 医者や看護師が頻繁に病室に出入りする時間帯は避ける。日中とくに午前中は、医者の回診や体を拭いたり点滴をしたりという看護ケアの時間であり、バレてしまう可能性が高い。平日の午前中にはルーチンで採血などが入れられることがあり、採血の異常に気づいた医者が余計なことをするかもしれない。

したがって医者がめったに来ず、看護師の配置が少ない時間帯がよい。土日祝日はもともと看護師が少ないから狙い目だ。深夜勤(深夜1時頃~未明)の時間帯がベストだ。だが、たいていの病院では、深夜0時半~1時ぐらいが申し送りの時間だ。この間に準夜勤と深夜勤の看護師の両方が病棟にいる。夜であってもマンパワーが充実しているこの時間帯を避けると良いだろう。



(4)手法
◇脱水にしておく
補液で心不全を起こすには、心臓の収縮力を超えた大量の液体が血管内にたまっている必要がある。腎機能が良ければ投与した液体がすぐに排泄されてしまう。すぐにといってもそれなりに時間はかかるのだが。さらに腎不全の状態ならば、体に入れた液体が尿となって出て行くまでの時間をいっそう稼ぐことができる。大量の急速輸液によって心不全になる可能性を高めることができるといえよう。

腎不全のうちでも比較的カンタンに起こるのが、腎前性腎不全だ。腎臓に達する血流が減るタイプで、腎臓がダメージを受けて尿量が減る。決行する前日にでも利尿薬、比較的手に入りやすいラシックス®の錠剤なんかを飲ませておくといいだろう。

尿が大量に出るので、脱水にするのはたやすいが、尿量測定をしている場合だと、尿量が不自然に増減したら担当の看護師にバレてしまう。足りない分は尿バッグに水道水でも入れて薄めておけば良い。尿が1日1500mlも出ていれば、急性腎不全を疑われることは少ないだろう。そもそも検査も診察もろくにされないような、「放置キャラ」の患者にしておくことが重要なのだ。先に述べた「DNAR」の申し出がここで効いてくる。


◇5分で500mlがミニマム
ビールの一気飲みで中ジョッキ2杯だと、1Lぐらいだろうか。量が同じぐらいでも胃袋に貯まるのと、ダイレクトに血管の中に水が入るのとでは大きな違いだ。この量を510分で血管内に注ぎ込めば、心臓は急激な水分の増加に耐え切れずにパンクする。心臓が風船みたいに破裂するわけではないが、老人ではこの程度でも血液を循環させるという機能が破綻する。

しかも生理食塩液(通称:生食(セーショク))には塩分が含まれているので、浸透圧も手伝って心不全が急激に悪化する。あふれた水が肺にたまり、肺水腫となる。肺が水を吸ったスポンジみたいに水浸しになっている状態だ。有効な換気ができなくなる。こうなった場合、何も治療をしなければ、心不全・呼吸不全で息を引き取ることになる。

ちなみに大量の補液を必要とする病気の1つに敗血症がある。救命センターで扱うような重篤な病気だ。血圧が下がるので、厳重な管理のもとで大量の輸液をするとはいえ、10001500mlを入れるのにさすがに30分はかける。桁違いに急速に輸液をすれば、人体の調節機能が追いつかないという証左である。


高圧で点滴を入れる
点滴台に吊り下がっている点滴ボトルからは、点滴のコック(クレンメという)を全開で流しても、普通は5分間で500mlも体内に入らない。体内に点滴液を送り込む圧力は、患者の体と点滴台に吊るしてある輸液バッグの高さの差で得られる。加えて静脈には陰圧といって心臓に向かって血液を吸い込む力が働く。

これらを合わせた程度の圧力では輸液のスピードが足りない。無理やり輸液を押し込むためにはポンピングという操作が必要だ。大きな注射器で輸液を吸って、手の力で体へ注入、吸って注入、を繰り返すことになる。


(5)看取り
急変しても何もされないために
看護師の目が届かないところでこうした「仕事」を行ったとしよう。狙い通りに患者の容体が悪化し、血圧や脈拍や酸素飽和度などが突然悪化したとする。看護師もプロなので、患者の状態変化にはつねに目を光らせている。異変を知らせるモニターのアラームが鳴れば、持ち歩いている医療用PHSも連動して鳴るので、病室に飛んでくる。

予想しない状態の悪化を急変と呼ぶ。急変だと医者や看護師の血が騒ぐので、そのまま何もされないことはまれだ。発見した看護師が慌てて、「コードブルー、コードブルー、医師は◯◯◯号室に集合して下さい!」なんて全館放送がかけられて、何十人もの医者が病室にあふれかえる、ということもまれではない。

急変時に医療者はどう振る舞うか。一番困るのは急変時の対応が決まっていない時だ。いわゆるフルコードというやつで、気管挿管、人工呼吸器装着、昇圧薬投与などがあっと言う間に繰り広げられる。みるみるうちに管だらけになってしまう。枯れていく老人にそこまでやりたいと思っている医療者も正直いないだろうが、「どうして見殺しにしたのか!」などと後々になって言ってくる家族もいるので、不測のトラブルを避けるためにはこういう対応にならざるを得ないのだ。

何度も書いている通りでしつこいが、そうした事態を避けて静かに看取ってもらうためには、「DNARでお願いします」あるいは「急変したら、本人が苦しむような蘇生処置とか延命処置は一切やらないでください」と担当医にあらかじめ告げておくことが極めて大事なのだ。


◇どのタイミングで看護師を呼ぶか
あなたが患者に付き添っている家族で、先に述べた「仕事」を行い、医療スタッフに余計な手間をかけさせずに死亡確認をさせ、「仕事」を完遂したいとするとしよう。

蘇生の可能性があろうがなかろうが、あらかじめDNAR(蘇生不要)の方針となっていれば、家族の反対を振りきってまで心臓マッサージだの電気ショックだのを始める医療スタッフはいない。病室に心電図やら呼吸数のモニターがあればそれで心肺停止を確認できるのだが、モニターはナースステーションにもあって、同じ情報が見られる。心拍数が落ちたとか異変があれば看護師が来てくれて、死亡確認が必要となったら医者が呼ばれる。そうなると「あー、誠に残念ですが、◯時◯分ご臨終です。」というお定まりの光景が見られるだろう。

DNARの方針が決まっていなかったりすると、蘇生する可能性が絶対になくても、医療スタッフが押し寄せてきて蘇生処置が行われる。彼らの努力を尻目に高みの見物ということもできるが、あまり気持ちのよいものではないだろう。「おじいちゃんがかわいそうなので、もうその辺で・・」など小芝居を打ってでも適当に止めてほしい。

心電図などのモニターをつけていない病院もある。療養病床というのだが、救急病院から順々に転院させられて、寝たきり老人が行き着く先の終着駅みたいな病院などではありうる。救急病院よりも看護師の数も巡回の頻度も圧倒的に少ないので、ベッドで静かに寝ていると思われた人が、翌朝になったらじつは死んでいて、死後硬直でカチカチになって発見されるということも少なくない。お見舞いに来る親族もおらず、棄てられたような老人ばかりの施設もあり、そこでは「親類の死に目に会えなかった」と文句をいう人は皆無だ。ぼくも大学院の頃にバイトで当直させてもらったことがあるが、当直医として遺族に連絡しても遺体の引取りすら拒否するぐらいなのだから。

横道にそれたが、モニターがつけられていないような施設に入院している場合には、心肺停止と対光反射がないことを確認してから、「なんだか、おじいちゃんの様子がおかしいんです」と難しい顔でナースステーションに歩いて行って、看護師に告げよう。「蘇生処置はしなくてよいです」といえば、だいたい静かに看取ってくれる。

ちなみに脈拍の確認は、成人では頸動脈がよいとされる。自分で試してみるとよいが、のどぼとけの横で拍動しているのが頸動脈だ。これの拍動が無くなるのをみるのだが、一般の人にはわかりにくいと思う。ペンライトで瞳孔を照らしてみて、光が入ると瞳孔が広がるという対光反射がなくなるのを見てもよいが、普通はペンライトなど持っていないだろう。



人が死んだという大きな出来事を前にして、あまり平然としているのも不信感を持たれる。急変して死亡したとしたらなおさらだ。なんだか状態がおかしい、という感じで行くのが無難だ。


◇急変から死亡までの経過
生命が維持できなくなった時、人がどうやって死んでいくのかについて知識がないと、状態が悪化するのをみて動揺してしまうかもしれない。看取った経験のない人は慌てるに違いない。あらかじめ知識があったほうがよい。

急速に大量補液をした場合に予想される経過は、おおむね次のようになるだろう。

・呼吸が苦しくなって、肩で呼吸をするようになる。
・痰の量が増える。心不全を反映して、赤くて水っぽい、泡が混じった痰のこともある。これがみられれば肺水腫が起こっている。
・血圧が下がる。手首で脈を触れなくなれば、そろそろである。
・尿の量が減り、しだいに出なくなる。性器におしっこの管(Foleyカテーテル、尿カテともいう)が入っている人では、バッグにたまっている尿量を見ると良い。全く出なくなれば、もはやカウントダウンが始まる。
・下顎呼吸といって、顎をしゃくるような呼吸が出てくる。この段階ではもう意識はない。苦しむこともないだろう。これが出ると1~2時間で死に至ることが多い。
・やがて呼吸の間隔がどんどん間延びしていく。呼吸回数がどんどん減る。モニターがついていれば、血液中の酸素飽和度が上がらなくなるのがわかる。
・心拍数もがたっと減り、心電図波形に現れる山の数が減っていく。
・呼吸が止まってから心臓が止まる。死ぬことの同義語が「息を引き取る」というくらいなので、息を吸ったまま事切れることが多いようだ。
・最期にため息のような呼吸をする人もいる。別に患者が生き返ったわけでもないし、苦痛を表すものでもない。呼吸や心臓が止まってもしばらくは脳の一部が生きているので、二酸化炭素がある程度貯まると起こる反射だといわれている。動じないことだ。



人が弱って死んでいく通常のプロセスでは、「尿が出ない+下顎呼吸」となれば、余命はせいぜい数時間といったところだ。しかし急速に輸液を注入して、心不全を強制的に起こすのであれば、こうした一連の流れが数分~数十分で起こるのではなかろうか。

2015年9月19日土曜日

ワタミの介護が厳しい理由

国が猛プッシュしているのが、 「住み慣れた家で最期まで」という在宅医療。

たしかに、患者の家と医療機関との距離を物理的に遠ざけておけば、ちょっとしたことで医療費が使われなくて済むのかもしれない。となると、弱った老人が家にいるとお世話になるのが介護だが、そのあたりもなかなか複雑だ。


●急性期病院の日常風景

◇帰ってきてほしくない家族、帰りたくない患者


入院して治療が済んで、もう帰るだけになった患者。帰る前にいろいろとリクエストがある。
自宅に帰ればほったらかされることを知ってか知らずか、帰る間際に医療従事者に甘えているようにすら映る。

「せっかく入院したついでだから、昔っから頭が痛いんでCTとって」とか、「そういえば、ぎっくり腰で痛いからMRI撮って帰るから」と勝手に決めたり、ガンコな老人だと言い出したら止まらない。丁寧にこちらが話を聞いていても、「俺の言うことがきけないなら、もしなにかあったら医療ミスで訴えてやる」とか言い始める。99%何もないのだが・・。その先は「県議会議員にうったえてやるからとか」とヒートアップしたりして、手に負えない。


患者だけではなくて家族も同様だ。

高齢者が家にいる間は家族もそれなりにお世話していたが、病気やケガでいったん入院して、楽を知ってしまうと、えてして家族はもう過去のような生活には戻りたいと思わないものだ。家に帰って来られると困るので、「おじいちゃんは、胸が苦しいと言ってました」とか「手がしびれるので」とかあることないこと言って、入院を引き延ばす工作に精を出す。

こっちも治ったなら早く帰ってもらいたいので、それは別の機会に調べるように説得する。DPCという保険制度上、入院した病気以外をだらだら診ることはできないのである。これは医者ならだれでも持っている技術。


◇退院の話を切り出すと

前フリはさておいて、核心となる退院の話をすると、だいたいこんな反応だ。

「うちではちょっと面倒みられる人がいないもので」

「長期間居られる病院に転院させてください」

「施設が空くまでいさせてもらいますから」

「入院した時よりも動けなくなっているので、リハビリをやって立って歩けるようにしてください」
 (来たときからすでに寝たきり。関節が拘縮していて、リハビリの効果がそこまで見込めない)

「在宅医療はすぐに対応してもらえないじゃないですか。病院の方が安心です」


などと自分の家に戻ってくるのを懸命にブロックする有様。家族が何人も一緒に来て、2枚ブロック、3枚ブロックとなることもある。だいたいは同じようなコースでの攻撃なので、こちらもだいたい同じような角度でスパイクを打って得点を決めて、退院に持ち込む。

まあ困るのは、施設とか転院先の病院のベッド空くまでは無下に追い出すわけにもいかないことだ。それも厚生労働省様のお達しで決まっているのだ。治療するでもなく、ただ施設の空きを待つだけの患者がダラダラと在院することになり、こうして救急病院の貴重なベッドは埋まっていく。


●入院有利な保険診療が在宅を阻む

僕が言いたいのは、保険診療のせいでオトクに入院できてしまうことが、在宅医療の普及を阻んでいるんじゃないかということだ。転院待ちの人でもその気になれば、いつまでも入院できてしまう。一泊入院すると何十万円もとるようなアメリカの医療制度だったら、まあありえないだろう。早く帰らないと破産してしまうのだから。


老人の場合だと、あらゆる優遇措置を駆使すると、激安で入院できる。
レセプトをチェックしていると、10万点(100万円)以上の医療費を使いながらも、自己負担2万円とかいう人がパラパラいて驚く。差額は当然、若い人や現役世代が払っているわけだが、家賃4万、食費5万、光熱水料 2万とか積み上げていくよりも、入院していた方が安いんだからそりゃあ家なんか帰りたくはないだろう。医療費払っても、年金はしっかり手元に入ってくるんだから。

家族もはじめての入院だと、入院費用を気にしておっかなびっくりだが、支払い金額が異様に安いことを知ってから態度がデカくなる。「こんなもんなら、いつまでもおいてもらおうかしら」 となるわけだ。医療費と介護保険を通算する制度もあるので、ますます負担額は減る。



●つぶれそうで困っているというワタミの介護

ワタミさんの有料老人ホームの料金はこんな感じ。
①入居時にかかる入居一時金(前払金)
  • 入居一時金(前払金)プラン:終身にわたる利用権の費用で約300万~1,300万円前後。入居時にお支払いいただき、その後は必要ありません。入居一時金には、償却期間が定められており、償却期間が終了する前に退去された場合に未償却部分が返還されるようになっております。償却期間や償却方法はホームよって異なります。
  • 月払いプラン:入居一時金(前払金)は必要ありません。
②月々の月額利用料
  • 入居一時金(前払金)プラン:お食事代込みで約178,000円~238,000円前後です。
  • 月払いプラン:上記月額利用料に加えて、家賃相当額が必要になります。
③介護保険の1割負担額
  • 介護度、市区町村によって違いますが、月々約6,000円~27,000円前後です。
④その他
  • おむつ代、日用品費、水道光熱費などは実費をご負担いただきます。
普通の家庭が、老人のために月々18万から24万も出せるだろうか。
僕が勤める病院がある地域だと、そんなリッチマンはほとんどいないので、有料老人ホームはいつでも空きがある。ワタミが赤字になるのもうなづける。

じゃあ老人は何処にいるのかと言えば、病院にゴネて施設の空きが出るまでいつまでもいるわけだ。そしてその料金は1~2万。本当にカネがなければ、市役所に泣きついて生活保護になるという道もある。そうなると、弱っている老人ならば養護老人ホームなどがほぼ無料であてがわれることになる。民間企業の競争力とか優位性などないに等しい。

税金払わなくていいような社会福祉法人が役所から補助金受けてつくったような施設と、銀行から金借りてなんとか利益を出そうとしている民間企業とでは、同じ土俵では戦えないのだ。

日本人はみんなが言うほど金持ちでもないし、言葉は悪いが「もう死ぬだけ」の老人に対して、家族が大枚はたいてくれるとも思わない方がいい。



2015年9月6日日曜日

誤嚥、肺炎、ステルベン

夏に老人がかかる病気の代表選手といえば熱中症。言っていることがめちゃくちゃだったりすると、もともと認知症なのか、脳がオーバーヒートしているせいなのかはわからないこともしばしば。

どうやら認知症になると、暑い寒いといった感覚すらも鈍感になるようだ。「蚊に刺されるから」と真夏に窓を閉め切ったり、「寒い寒い」と布団を体に巻き付けている高齢者もみたことがある。「盗聴されるから」とか「毒ガス攻撃をされるから」とかと必死の形相で訴える人は、別な病気があるようなのでその手の病院にご紹介したりもする。


さて、9月にもなると涼しくなってくるので、夏の風物詩の熱中症もなりを潜めて、いつもの病気が目立つようになる。

そう、誤嚥性肺炎だ。

誤嚥性肺炎は人間の最終形態というか、ラスボスである。これに勝つことは残念ながら不可能だ。古くから「肺炎は老人の友」というそうだが、人の死亡率はどんな医療行為を行っても100%という現実は変えられない。だから医療なんてクソゲーだ、と喝破する人もいる。まあ、その手で有名な「時空の旅人」のように、どんなにがんばってみても、結局エンディングは残念な結末という意味では、なにをやっても虚しい面はあるけれども、夢やロマンだけではご飯が食べられないのはぼくら医療従事者も一緒。


例えば、よくあるシナリオをみてみよう。

介護施設入所中
    ↓
認知症がひどくなった
    ↓
自力で食べなくなった
    ↓
食事介助が必要になった。
    ↓
食事でむせるようになった
    ↓
 誤嚥性肺炎 発生!
    ↓
救急病院に搬送
    ↓
点滴・抗菌薬・絶食・リハビリ
    ↓
ある程度回復するが体力低下
    ↓
施設に戻るが再び誤嚥
    ↓
治療したが嚥下機能は低下したまま
    ↓
いよいよ食べられなくなった
    ↓
食べられないので介護施設では面倒見切れない
    ↓
 胃瘻にしますか ・・・ いいえ
    ↓
転院先探し
    ↓
みつかりません。
    ↓
自宅に連れて行きますか・・いいえ。老人介護で共倒れはまっぴら
    ↓
行き先がありません。
    ↓
コマンド
 ①国や役所に電凸する
 ②選挙でK党に投票する
 ③コネを使って入院を求める
 ④ドクターキリコに消してもらう
 ⑤入院中の病院からの電話に出ない
  ⑥担当医を恫喝する
  
実際、行き場のない老人の誤嚥性肺炎だと、医療現場がどうにかできる部分はほとんどない。
治療がとっくに終わった人は、家に帰れればいいのだけれど、そうもいかない。家に連れて帰ったら家族が面倒を見なければいけないから、それはそれで家族には大きな負担だとは思う。だが、入院していれば社会がかぶるコストでもあり、老人は邪魔者よばわりされるゆえんである。

檀家がいなくなったお寺が増えていると聞く。本堂とかに、もう治療もしなくていいっていう人たちを寝かせておいてもいいんじゃないかとすら思う。どこかのお寺で引き受けてくれるのだったら往診にいってもいい。救急車がじゃんじゃん来る病院の医者は、声に出さなくても、多かれ少なかれそんな気持ちで行き場のない患者さんを案じているものだと思う。

結局治らない誤嚥性肺炎。
どうせ避けられない未来なら、笑い飛ばしてしまえという発想も成り立つ。
昔、大学の学園祭で聞いたラップ。

「誤嚥、肺炎、ステルベン*、ちぇきら!」

*sterben(独)より。死亡を意味する医療界のスラング)

2015年6月23日火曜日

初のナーシングトレイン「お星さま in 東北」 運行開始

(虚空新聞から引用) 

政府は、地方創生の推進を図るため、JR各社と協力して首都圏から地方へ向かう高齢者専用ナーシングトレインの運行を開始すると発表した。 民間の研究機関である「日本創生会議」が、逼迫する首都圏の高齢者の介護や医療を確保するため、高齢者の地方移住を推進すベきという「東京圏高齢化危機回避戦略」をまとめたことを受けた。 

第一弾となる「お星さまin東北」は、JR東北管内において、平成27年10月1日から運行を開始するナーシングトレイン。首都圏で病気にかかり、治療やリハビリを受けたにも関わらず、寝たきりとなってしまった高齢者を都内から東北に運ぶ。

 ターゲットとしたのは、介護施設のベッドでの生活を余儀なくされている鉄道マニアの高齢者。食事や排泄も自力ではままならないほど心身ともに衰えてしまい、自室からでることも困難となった高齢者に、人生最後の鉄道旅行をさせてあげたいという家族の願いを叶える。

 列車は客車7両、機関車1両の8両編成。全14室を備え、最大定員は30名。車両は高齢者が人生でもっとも希望や夢に満ちあふれていた頃の思い出がよみがえるよう、集団就職などで上京した際に利用した夜行列車を再現する。コスト面の制約から、ここ数年廃止が相次いだブルートレインで使用された客車を改造し、ストレッチャーからそのまま乗車できるよう乗車口を広げ、長距離移動に耐えうるベッドを備えた、介護専用車両「●系改」などを用いる。

運行には介護士や看護師、医師が同乗し、急変時の対応に当たる。  寝たきり高齢者は乗車時に困難が伴うため、利便を図るため、廃止された旧北王子駅などのホームを活用し、ダイレクトに乗車できるように支援する。

希望者は出征する兵隊を見送るかのごとく、親戚や近所の人々を駅のホームにあつめ、旅立つ人の名前を読み上げてバンザーイとか日の丸を振ってもらうほか、BGMとして出征兵士を送る歌や軍艦マーチを流すサービスも行う。「(介護や医療費の節約のため、お国のために)逝ってらっしゃい」といったヤジは固く禁止する。 

旅情を盛り上げるため、行き先不明のミステリートレインとなっており、到着した土地では介護施設や療養病床に入所し、その土地で余生を過ごしてもらう。愛着のある車両から降りたくないという高齢者は、到着駅の留置線に客車ごと留め置き、看取るサービスもオプションで提供する。岩手県の第三セクター、みちのくキラキラ鉄道の担当者は「弊社のように『空気を運んでいる』とやゆされるローカル線にお客様がいらっしゃるのは大歓迎。鉄道敷地内で亡くなったお客様は、『世界の社葬』からの音楽に乗せて、社員一同こころをこめてお見送りしたい」と話す。

乗客が虚弱高齢者であることから、首都圏から東北への移動中に亡くなることも当然想定される。そうした場合には、列車に同乗している医師や看護師が死亡確認を行う。万一、高齢者が異状死すると、到着駅を管轄する警察署に届け出られ、死亡した場所は駅の所在地となる。亡くなった場合には、火葬した遺骨が入った列車のマーク入りの白木の箱が遺族のもとに届けられるか、鉄道を見守る高台にある墓地に埋葬されるかが選べる。これまで同社に寄せられた要望としては、「死んだ後は客車ごと漁礁として海に沈めてもらいたい」というものもあったという。

三度のメシより鉄道が好きだったという、元国鉄マンの田中一郎さん(93)は、「腹上死ならぬ鉄上死ができるなら本望だ。列車で死ぬなら轢死より鉄上死」と話す。また、ミステリー好きの元警察官 十津川省造さん(85)は、「老人が一人消え二人消え、そして誰もいなくなる。オリエント急行みたいだね。消えたと言っても心肺停止になってるだけ、物理的にはベッドに寝てますがね」と笑う。

ちなみにJR九州が運航する豪華寝台列車である「ななつ星in九州」とは異なり、匠の心や技が結集した車両や、思いや手間が込められた料理や立ち寄り先でのおもてなしは期待しないでほしい、とJR東北の広報担当者は話している。

2015年6月20日土曜日

痰が詰まり、とどのつまり

痰がつまると窒息して死ぬ。

 病院の患者でいう痰は、道行くオヤジが「カーッ、ペッ」と道路に吐いているような、ネバネバした唾液ばかりとはかぎらない。呼吸器系にたまる液状の物体のことを広く「痰」と読んでいる。

 唾液が気管や肺に落ちてたまったもの、心不全や腎不全による肺水腫で肺胞から染み出してきたような血液中の水分、はたまた下気道感染で生じた白血球と病原体の死骸など、ひとくちに痰といっても意味はさまざまである。 

いずれにせよ、挿管して人工呼吸管理をしている患者だと、定期的に痰を吸引しなければならない。

気管がちくわだとすると、挿管だとその中にストローを入れたイメージになる。ストローが人工呼吸器につながるわけだ。ちなみに筆者はちくわにきゅうりを挿したものが好物である。

そのままだとストローとちくわの内壁に隙間ができる。これだと空気が漏れて換気がままならないので、カフ(風船)で密着させて空気の漏れを抑えるような仕組みになっている。カフの上が口、下が肺につながる。

口からたれてきた唾液がカフの上に溜まり、気管との隙間をたれて肺の方に落ちていって咳が出たり窒息することもある。カフ上吸引と言って低圧で痰を持続吸引してくれるマシンは以前からあったが、カフの下からも痰を持続吸引してくれるマシン(こういうすぐれものも最近世に出た。開発費も自腹だろうし、バカ売れする商品でもないのに患者さんのためを思って開発された先生方には頭が下がる。  

とカフ周辺の痰を吸引するのはわりと簡単だが、問題は痰が出てこない患者さんだ。気管支の奥深くに詰まっている痰をどう取るか。咳嗽反射で悶絶しようとも、苦しいが声が出せないので殴られたり蹴飛ばされたりしようとも(ふつうは鎮静をかけているのでこうはならないが)、うりゃうりゃうりゃーと吸引チューブを奥までつっこみ、引ける限りの痰を吸引してくる。鬼吸引とわたしは勝手に呼んでいる。ごめんなさいね、痰で死ぬよりマシだろうけどつらいよね…と念じつつ、ひたすら吸引。肺や気管の酸素まで吸引されて酸欠になるので、吸引と酸素投与をサンドイッチにして時間をかけて吸引する。吸引圧で粘膜から出血して血痰が出たり、血まみれになることも稀ではない。ちょうどそのへんで面会の家族が来ると、我々は非道なことをしているように思われて悪しざまに言われる。(というか、うちは田舎の病院なので面会時間外でも関係なしに患者家族が面会に来てしまう) 

ここまでしても痰が引けない、酸素飽和度が上がらないという人には気管支鏡を突っ込んで痰を吸引してくることになる。気管支鏡はそれなりに太いため、届く範囲もしれているので、理学療法士さんに泣きついて肺の奥から痰が出てくるように体位ドレナージをしてもらったり、RTXという怪しいマシンなどを駆使して排痰を試みるが引けないものは引けない。

「気管切開はどうですか」と患者さんの家族に言われたこともあるが、吸痰という作業がいくらか楽にはなるが、気管に穴をあけたからといって、溢れ出てくる痰の量が減るわけでもないので根本的には大した意味は無い。

そもそも痰の原料は体の水分なのだから、体液量を減らしてしまえという理屈もある。補液を絞って利尿をかければたしかに水分は減るので痰は減るが、血圧が下がったり血栓・塞栓が出来たりするので、もはや治療とはいいがたい状態になってくる。そもそも高齢者で心臓がへたって心不全となると、切れるカードもほとんどない。循環器内科に相談しても、「寿命ですよねえ」とつれない返事がかえってくる。

 こうなってくるともうお手上げである。痰で窒息死することが避けられませんよ、という厳しい話を家族にする。 酸素化が悪くなると、家族の希望でNPPVをつけたりする。適応という意味では微妙だが、心不全の治療ということで保険を通す。これで呼吸はいくらか楽になるが、平たく言うと圧力をかけて酸素ガスを肺に押し込む機械なので、痰がどんどん肺に詰まっていく。やがて痰が詰まって換気ができなくなり、天に帰ることになる。

痰が多い高齢者が病院から出されたらどうなるか。研修を受ければ介護士でも吸痰ができるようになったとはいえ、まだレアな存在だし、なかなか受け入れてくれる施設も多くない。そうした施設は当然コストが高く、家族の負担も厳しい。家に連れて帰ったら、24時間の吸痰を覚悟しなければならない。痰が詰まって死んだら異状死で警察を呼ばれるかもしれないなど悩みは尽きない。まあ警察がらみは在宅診療の先生がうまいこと処理してくれることが多いので、あまり心配しなくてよいのだが、気苦労としてはたいへんわかる。

退院した後を見越してやむなく早めに枯らしたいと思ったら、入院中に、①水分制限を医者に頼んで循環不全を期待、②NPPV装着で痰づまりによる窒息を促す、といった展開があるのかもしれない。 

2015年6月13日土曜日

痰を押し込むと早死に

一般の方とかガチの医療職でない方を対象に想定しているので、ぼくの経験論ばかりのこのブログだが、たまにはアカデミックな論文も読んでみよう。

 NEJM 372;23 June 4, 2015 
http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1503326 High-Flow Oxygen through Nasal Cannula in Acute Hypoxemic Respiratory Failure 

挿管しての人工呼吸管理と、鼻から高流量の酸素を流した場合の両者をガチンコ比較。

 Whether noninvasive ventilation should be administered in patients with acute hypoxemic respiratory failure is debated. Therapy with high-flow oxygen through a nasal cannula may offer an alternative in patients with hypoxemia.

先のエントリーでもら書いたNPPVと、鼻から大量の酸素を流すマシンNHFとの比較。

METHODS 
We performed a multicenter, open-label trial in which we randomly assigned patients without hypercapnia who had acute hypoxemic respiratory failure and a ratio of the partial pressure of arterial oxygen to the fraction of inspired oxygen of 300 mm Hg or less to high-flow oxygen therapy, standard oxygen therapy delivered through a face mask, or noninvasive positive-pressure ventilation. The primary outcome was the proportion of patients intubated at day 28; secondary outcomes included all-cause mortality in the intensive care unit and at 90 days and the number of ventilator-free days at day 28. 

シビアな呼吸不全の患者をふりわけて、NPPVかNHFか、はたまた普通の酸素投与ではどうかを比べたというもの。

RESULTS 
A total of 310 patients were included in the analyses. The intubation rate (primary outcome) was 38% (40 of 106 patients) in the high-flow–oxygen group, 47% (44 of 94) in the standard group, and 50% (55 of 110) in the noninvasive-ventilation group (P=0.18 for all comparisons). The number of ventilator-free days at day 28 was significantly higher in the high-flow–oxygen group (24±8 days, vs. 22±10 in the standard-oxygen group and 19±12 in the noninvasive-ventilation group; P=0.02 for all comparisons). The hazard ratio for death at 90 days was 2.01 (95% confidence interval [CI], 1.01 to 3.99) with standard oxygen versus high-flow oxygen (P=0.046) and 2.50 (95% CI, 1.31 to 4.78) with noninvasive ventilation versus high-flow oxygen (P=0.006).

挿管せざるをえなくなったのが、NHFで38%、対照群で47%、NPPVで50%。28病日で人工呼吸器がいらなくなった割合は、NHFで有意に高かった。

CONCLUSIONS 
In patients with nonhypercapnic acute hypoxemic respiratory failure, treatment with high-flow oxygen, standard oxygen, or noninvasive ventilation did not result in significantly different intubation rates. There was a significant difference in favor of high-flow oxygen in 90-day mortality. (Funded by the Programme Hospitalier de Recherche Clinique Interrégional 2010 of the French Ministry of Health; FLORALI ClinicalTrials.gov number, NCT01320384.)

1型呼吸不全では、NPPV、NHF、普通の酸素投与で挿管になってしまった割合は差がなかった。が、90日後の死亡率には有意な差があった。

グラフが示されているけれど、加圧して酸素を押し込む呼吸補助は予後を良くしないという。この商売をやってるぼくらには軽く衝撃であった。圧をかけることで痰を気管支の奥深くに押し込むためというのも一因ではなかろうか。