|
ジンゴーはスナジーより1ヵ月半年下、なのでほとんど同級生です。が、二人はいつも年子の姉妹のように自己主張しながら、くんずほぐれつ一緒に行動するパートナーです。2頭連れ立って森の奥まで全力疾走するのが日課です。ジンゴーはテンの娘でハノンとは父親違いですが、アメリカ北東部の典型的な古いタイプのマラミュート、といった外貌です。まだ若い今でも、ザベリワンの犬たちに会いにきてくださったかたがたから、強く印象に残った、といわれるほどの存在感です。将来成熟とともにボリュームが出たら、どれほど美しくクオリティーの高いマラミュートとして完成をみるか楽しみです。性格は明朗で誰でも大歓迎、しかし、内弁慶の姉・スナジーにはちょっと遠慮して、ボールも棒切れも譲ってあげています。
さて、その後のジンゴーですが・・・
立派に育ってくれました。スナジーより体重は微妙に少ないにも関わらず、見かけがこんなにゴージャスなのは、平均的なメス以上にゴツイ上に、コートの豪華さがモノを言っているのだと思います。陽気で、いつも期待に溢れた眼差しで待っていてくれ、優しく、それは実を言うとトラブルが起きそうになるといつの間にかその場からいなくなるような気弱さでもあるため、ケンカは大の苦手です。私が他の犬を厳しく叱ったりすると、必ず私に向かって足踏みしながら「ウワウワウワ・・・!」(もうやめてよ!)と強く訴えてきます。
ショー歴ですが、04年は3〜4月半ばにかけて、何度か連続して出しました。生まれて初めてのショー体験だったにも関わらず、静岡西クラブ連合展G2席、FCI中部インターG3席、FCI四国インターG2席など、マラミュートとしては優れた成績を残してくれました。おかげで、わずか1ヵ月半でチャンピオンを完成。ドッグショーにマラミュートが滅多に出陳されなくなってしまった現在、こんなに短期間でのゴールは珍しいのではないでしょうか。しかも、チャンピオン完成までに獲得したCCはすべて、全犬種のなかで選ばれて獲得したカードです。
また、国内で知名度の高いハンドラーやショードッグに、何のしがらみも先入観もない外国人ジャッジに選ばれる、というのは、なかなか嬉しいものです。大阪のショーでは、全680頭出陳、45犬種のなかからイギリスのジャッジ・Gene Ranning氏よりエクセレント・グループに選出されました。
04年のアジア・インター展(本部展)は鮮烈な記憶に残るものでした。
ジンゴーをショーイングするにあたり、今回、私は初めてハンドラーにお願いしました。それまではずっと、子どもの時分からですから30年近くにわたり自分自身でハンドリングしてきたのです。自分の犬を人に預けたこともなく、自分の持ち犬をリングサイドから見る、という経験もありませんでした。
しかし家庭を持ち、家族が増えるとなかなか思い通りには動けなくなるものです。
特定の犬種を作っているという立場上、自分の作品は時々はショーに出しておいたほうが良かろう、という気持ちは常にありました。
そこで葛藤が生じていました。ショーイングを始めると、長期間、どうしても家族を省みることが難しくなってしまいます。毎週末の2〜3日間、増えてしまった人間家族をほったらかし、日本列島広範囲を運転して疲れ果てて帰宅後倒れこむ、というのは、現在の私たちの家族形態では続けるには無理がありました。
私たち夫婦の周りには、お手伝いの人も親類身内も、誰もいません。ショー支度中の、それに留守中の、子どもたちや犬たちの世話をしてくださるかたがありません。そのためにここ何年間かはショーに出せずにいたのです。
今回、少しの期間、ハンドラーに預けてショーイングしていただく、という道を選択し、今までとは違う角度からショーを見ることができたのは貴重な経験となりました。
話が逸れてしまいましたが、短期集中型のジンゴーのショー、初年度は、さていよいよ本部展まであと5日、というところで預託先から突然連絡が入ったのです。「体調急変で歩くことが出来なくなった、命に関わるかもしれないから緊急で病院に連れて行く」というものでした。あたりに飛び散るような水様便をしているそうです。腐ったものを食べても、少年ジャンプ丸ごと1冊食べても(?=実体験:-)下痢しないジンゴーです。何が原因だったのでしょう、未だに不明です。
結局、それから本部展の前日まで絶食、点滴を続け、ショーに出そうか出すまいか相当に話し合った末の思い切った出陳だったのです。
たった数日の絶食ですが、別の犬のようにやつれ果て、一気にコートは抜け出し、あの、いつも楽しげに揚々とシッポを振っているはずが、だらりと垂らした尾を申し訳なさげに振っている情けない表情のジンゴーをリングで見た時は、正直、やめれば良かったかな、と思いました。華やかさがまるで発揮できない中で、彼女の体躯構成の正確さと歩様、頭部の作りとタイプ、それに将来性がどれほどアピールでき評価されるかが頼りでした。幸いだったのはジャッジが外国人であったことです。結果、ジュニアクラスからの出陳ながらヤング、アダルトを負かしてウィナーズをいただくことができました。
その後、また1年近くもショーにはご無沙汰してしまいました。05年のアジア・インター展では、おかげさまで、マラミュートで最高であるベスト・オブ・ブリードをいただくことができました。昨年の、病み上がりでショボくれた幼いジンゴーを覚えていてくださったかたがたからは、多くの驚きと賞賛の声をいただき、とても嬉しく思いました。
実は、ひとつ付け加えますと、ザベリワンでは方針として、生後2ヶ月から1年半くらいまでの急な成長期の犬には、できるだけ体重を乗せないように心がけています。早くに太くさせれば、その時は見栄えは良くなり飼い主を満足させるでしょう。しかし促成的な育成の結末とは、荒削りでアンバランスな完成の上、健康上の故障が多くなります。これについての認識が、日本では未だ低いのは極めて残念なことだと思います。大型犬を作るうえで、是非とも心得ていただきたいことだと思います。必要最低限だけ供給し、出来るだけ軽く、急激な成長は抑えて、ゆっくり長期的なスタンスで育てるなら、あとから必ず「醜いアヒルの子、白鳥と化して空に羽ばたく」ことになります。
例によって、本当に、忘れたころにショーに現れ、またまた当分プッツンのザベリワンです。もしどこかでご覧になりましたら、どうぞお声をかけてくださいね。
|