東日本大震災から5年目を迎える、成人の日。
宮城県の漁師町・女川で新聞販売店を営む男のもとに、謎の少女が現れます。
少女は男が無くしたと思っていたライターを手渡し、新聞配達の車に乗せてくれとせがみます。男は、復興しつつある女川の町を案内しながら、5年前、震災翌日に発行された河北新報を避難所に配った話を聞かせるのでした。「おじさん、怖がらずに聞いてね」。少女は誰にも言えない秘密を男に打ち明けます。そしてある「お願い」をするのでした。はたして少女の正体とは・・・。
成人の日に起きた、たった1日の奇跡のものがたり。
出演は、山崎一、大後寿々花、辻しのぶ。ナレーターはDate fm(エフエム仙台)の石垣のりこがつとめます。
番組では、未曾有の大震災を経験した人々の生の声もお届けします。
物語のモデルとなった、女川町「梅丸新聞店」の阿部喜英さん。様々な困難を乗り超えて新聞発行を続けた「河北新報」のスタッフ。当時の報道部長の武田真一さん、カメラマンの門田(もんでん)勲さん。気仙沼総局長の菊地道治さん。そして女川の未来を担う女子高校生 木村圭さん。それぞれが、5年目の今、抱えている想いを語ります。
「河北新報」は、1897(明治30)年1月17日創刊。宮城県を中心に東北6県を発行エリアとした地方紙。仙台市青葉区にある本社編集局のほか、東京、大阪の両支社や東北6県に取材拠点(8総局29支局)を置き、朝夕刊を発行。来年(2017年)創刊120周年を迎える。
2011年3月11日14時46分に発生した東日本大震災では、同県南三陸町の志津川支局が津波で流され、石巻総局や気仙沼総局なども浸水の被害を受けた。本社では組み版端末をつかさどるサーバーが倒れたことから新聞制作が困難になり、災害協定を結んでいた新潟日報社(新潟市)に記事と写真を送り、2ページの号外紙面の制作を依頼、そのデータを河北新報社に送信してもらって河北新報印刷センター(仙台市泉区)で印刷した。
翌12日付朝刊も、河北から記事や写真を新潟に送り紙面を制作、号外と同じように河北新報印刷センターで印刷し、被害の大きかった地域を除いて宅配された。朝刊はわずか8ページの特例版(通常は28ページ)ではあったが、震災翌日も読者に大災害の発生と東北各地の甚大な被害を伝える新聞を届け、紙齢を絶やすことはなかった。3月13日以降は本社での新聞制作が可能となり、朝刊のほか、日曜にもかかわらず夕刊に当たる号外を午後に発行した。
震災発生から翌12日付朝刊を制作、印刷、配達するまでを中心にまとめられた河北新報社内の記録は、『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』(文藝春秋)として出版された。
震災から1年たった12年3月11日付朝刊では宮城県内の亡くなった方々、同12日付では宮城県以外の亡くなった方々、合わせて1万5854人の名前を掲載。その後も、毎年3月11日付朝刊で、1年間に死亡が判明した方々の氏名を掲載している。現在も、「再生へ心ひとつに」を合言葉に、被災者に寄り添いながら、以前の豊かな東北を取り戻し、素晴らしい東北を創造するため、復興を後押しする紙面づくりを心掛けている。