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「理想のお通夜開きたい」 居場所を真剣に探す 糸井重里さん

 

2016/3/29 日本経済新聞 夕刊

いとい・しげさと 1948年群馬県生まれ。コピーライターを経て現在、東京糸井重里事務所代表取締役。社員数は約60人。98年に開設したインターネットのサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」は多くの読者を持ち、企画・開発した「ほぼ日手帳」は毎年55万冊を売るヒット商品に。作詞や絵本・ゲーム制作などでも実績がある。(写真、小林裕幸)

 

「理想のお通夜」から逆算して日々を過ごす

 若い頃「不思議、大好き。」などの広告コピーで一世を風靡し、49歳でネットサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設。近年、自分のお通夜をどうするか考える時間が増えている。

 

「理想のお通夜」から逆算して日々を過ごす

 若い頃「不思議、大好き。」などの広告コピーで一世を風靡し、49歳でネットサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設。近年、自分のお通夜をどうするか考える時間が増えている。

 「プラモデル作りのような感覚で楽しんでいますね。集まりやすい場所選びに始まり、日本女性は喪服の着物が似合うので知り合いの女優さんたちに『お願いだから着て来てね』と頼んでおこう、とか。男性の参加者はきっと『来たかいがあった』と喜んでくれる。遺影に使う写真も2つに絞りました。どちらも楽しそうな顔です」

 「この年齢になると、賞や地位が人の価値じゃないと痛切に感じます。来てくれた人も肩書に一切関係なく、皆で『糸井ってバカだったよねえ』『でも、いてくれて良かったね』などと楽しんでほしい。死んだ後、僕の出会った人たちがそんなふうに盛り上がってくれたら、生まれてきたかいがあったというものです。自分のお通夜がそんな場になるにはどうすればいいかと考え、逆算して生きています」

 「ただし、早くその日に来てほしいとは思いませんけど。準備期間が長いほど当日は面白くなりますからね。自分の命は安くみません。他人の命も安くみることになりますから」

 発想は柔軟、見た目もおしゃれ。しかし内心、今どきのシニアの「若さ志向」や「本物志向」に違和感を覚えることも。

 「無理して若々しく振る舞っても自分がゆがんでいくだけ。楽しい気がしません。若さという価値にとらわれていて、自由ではないんです。ただ、その逆に『老けてる』ぶってるのも、他人の文体を借りているみたい。これも不自由ですね」

 「自分に戒めているのは、趣味がいいとほめられたら気をつけろということ。舌が肥えれば薄味志向になるが、料理が洗練されて薄味ばかりになればその店は若い客が来ずつぶれる。世の中があまりにも老人主体になっちゃいけないと思うんです」

 人とも物とも、つきあい方は自由でいたいと思う。

 「何かを本物と認めることは、別の何かに偽物というレッテルを貼って排除すること。『若い者にはわからない』というせりふも同じ。価値を創造するうえで、年寄りの『自慢のタネ』は毒にもなりますから」

 「同窓会は苦手ですね。不自然になれなれしかったり、序列がないと生きていけない人に昔の上下関係を持ち出されたりするのには戸惑います。わざわざ集まるより、それぞれの居場所で楽しくやっている人同士が、自然に会うのがいいです」

年を重ね手に入れたのは「広々とした面白さ」だった

 50代を前にフリーランスという生き方を捨て会社経営に乗り出し、多くの発見があった。

 「30代は、ただ自分自身がほめられたかった。しかし40代で巨大化した広告産業と合わなくなりました。企業の顧問となり『先生』と呼ばれる道に進みたくなくて、見通しもないまま一からパソコンや経営に取り組みました。そこで手に入れたのは『広々とした面白さ』です」

 「自分1人での面白さは、後にむなしさが残ります。誰かから分捕る面白さであり、結局、狭いんです。老若男女の仲間とものづくりを始めた50代以降、『いい時間を過ごしたな』と感じることが増えました。乗組員(社員)たちは僕が近づいても、避けるでもなく怖がるでもなく自然に接してくれます。野良猫みたいな扱いですね。ありがたいことだと思っています」

 居心地のいい「居場所」の確保はシニア共通のテーマ。秘訣はあるのか。

 「それまでの延長線上で生きようとせず、『自分の人生の主語は自分』だと気づくことでしょうか。僕の場合、昔から『居心地の悪さ』に敏感でした。(そういう場には)まず近づかないし、もしそうした場に入ってもすぐ帰っちゃう。我慢しなくて良かったなあ、と思うことがたくさんあります」

 「東日本大震災の被災地で支援などの活動をし、そこでも多くの出会いがありました。昔はボランティアなど自分は絶対できないと思っていました。照れがあったんですね。照れるということは、大人ではなかったということ。50代の自由は『大人の自由』。思考停止せず前に進む自由だと感じます」

 現在、数年越しで会社の株式上場準備を進めている。これも新しい挑みだ。ユニークなビジネスモデルや無形の価値が投資家や資本市場に通用するか。

 「計画を表明すると、いろいろな人に『大変だぞ』と脅かされました。怖い人や話の通じない人たちとつきあわなければならないぞ、銭金の事しか言わない人や理不尽なことを言ってくる人が攻めてくるぞと。でも怖いと思ったら負けたことと同じ。向こうの思うつぼでしょう?」

 「僕らももうけるために会社を経営している。僕らのやっていることの面白さを、そうした人たちにもわかるよう説明できるか、です。誰かを避けるということは、相手に支配されること。『怖いから』と何かを過剰に恐れ、逃げたまま死んだら、立場や考え方の違う人たちが一緒に楽しんでくれるという僕の『理想のお通夜』になりませんから」

■セーターやツリーハウス企画 気仙沼で永続ビジネスに

  • 宮城県気仙沼市に完成したツリーハウスで
 2011年11月、東日本大震災の被害が大きかった宮城県気仙沼市に「支社」を開設。地元女性による手編みセーターの制作・販売、レジャー施設としてのツリーハウス設置などを企画・実現してきた。いずれも実際の運営は社外の若い起業家に任せている。寄付や慈善事業ではなく、永続的なビジネスの立ち上げを支援しているのが特徴だ。

 セーターは「かわいそうだから買う物ではなく、無条件に質のいい物」こそ復興につながると考え企画。1着10万円台だが購入待ちの人もいる人気ぶり。

 ツリーハウスも「被災地というと津波の被害にあった海沿いばかりが注目されるが、山側に魅力的な場所がたくさんある。そうした場所に観光客が来てくれれば、『かわいそう』だからではなく、ごく自然に被災地に人が来て、楽しんでくれるはず」と始めた。被災地支援にも、「価値は創るもの」「人は対等で自由」という糸井氏の発想が垣間見える。

(編集委員 石鍋仁美)

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