池に感謝し清掃 消えていくふるさとの姿
東日本大震災の津波で職員など43人が犠牲になったとされる宮城県南三陸町の防災対策庁舎のそばにある池で、27日、町の職員やOBが清掃作業を行いました。職員たちがこの時期に池の清掃作業をしたのにはある理由がありました。
東日本大震災の津波で職員など43人が犠牲になったとされる南三陸町の防災対策庁舎には、今も全国各地から犠牲者への祈りをささげる人が訪れています。
庁舎のそばには池があり、27日の午前中、佐藤仁町長をはじめ、町の職員やOBなど10人余りが集まり、清掃作業を行いました。
庁舎のそばには池があり、27日の午前中、佐藤仁町長をはじめ、町の職員やOBなど10人余りが集まり、清掃作業を行いました。
町職員や地域の人に愛されてきた池
この時期に池の清掃作業を行ったのには、ある理由がありました。
庁舎の周辺では、復興祈念公園や河川の堤防工事が本格化することから、4月から2年間、周囲への立ち入りが禁止されます。
こうした工事に伴って、まもなく庁舎や池の周辺に近づけなくなり、将来的には池のある場所も埋め立てられ姿を消してしまうからです。
さらに、池は職員たちにとって思い出の詰まった場所です。
震災前、池にはこいなどが飼われていて、時間を見つけては職員が餌をやり、毎年、夏祭りの前には職員が池のこいなどを水槽に移して清掃作業をしていました。
近所の人たちが子どもや孫を連れて、こいを見に来るなど、地域の人たちにも愛されていました。
町の人や職員にとって、思い出の詰まった池がなくなることから、その前に、感謝の気持ちを込めて池をきれいにしようと考えたということです。
庁舎の周辺では、復興祈念公園や河川の堤防工事が本格化することから、4月から2年間、周囲への立ち入りが禁止されます。
こうした工事に伴って、まもなく庁舎や池の周辺に近づけなくなり、将来的には池のある場所も埋め立てられ姿を消してしまうからです。
さらに、池は職員たちにとって思い出の詰まった場所です。
震災前、池にはこいなどが飼われていて、時間を見つけては職員が餌をやり、毎年、夏祭りの前には職員が池のこいなどを水槽に移して清掃作業をしていました。
近所の人たちが子どもや孫を連れて、こいを見に来るなど、地域の人たちにも愛されていました。
町の人や職員にとって、思い出の詰まった池がなくなることから、その前に、感謝の気持ちを込めて池をきれいにしようと考えたということです。
復興へ 変化していく街の姿
震災後、池の清掃作業をするのは初めてで、職員たちはスコップを使って池の底にたまったヘドロをかき出したり、大きながれきを手で取り除いたりしていました。
造成されていく今の街の下には、震災前、住宅や商店などが並び、人の営みがありましたが、土地のかさ上げなどでその姿は大きく変わりつつあります。
街の姿が大きく変わっていくことに寂しさを感じながらも、職員たちは「復興工事で、思い出のある場所がなくなり周辺の様子が変わってしまうのは寂しいですが、復興のためにはしかたないと思います。池に感謝の気持ちを込めてきれいにして次に進みたいと思います」と話していました。
造成されていく今の街の下には、震災前、住宅や商店などが並び、人の営みがありましたが、土地のかさ上げなどでその姿は大きく変わりつつあります。
街の姿が大きく変わっていくことに寂しさを感じながらも、職員たちは「復興工事で、思い出のある場所がなくなり周辺の様子が変わってしまうのは寂しいですが、復興のためにはしかたないと思います。池に感謝の気持ちを込めてきれいにして次に進みたいと思います」と話していました。