3月26日のエントリーには、それ以前のエントリーにもまして多くのアクセスとブックマークをいただき感謝しています。ありがとうございました。
しかしアクセスとぶくまが多いがゆえに、返ってエントリーの内容が貧弱なことに後ろめたさを感じました。同エントリー中で言及した書籍『この本の名は?: 嘘つきと正直者をめぐる不思議な論理パズル』には大小合わせて271のパズルとショートエッセイが収録されていますが、私のエントリーの内容は、そのうちのたった一つに相当するにすぎないのです(ただし同書中には真理値表はあまり出てこずパズルの解答は全部文章で説明してあるので、同書の論理パズルを真理値表で解くというのは、辛うじて私のオリジナルと自称できるかも知れません)。
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ちょうど ばーしー さんのブログで、こんな記事を読みました。本や新聞は「字ばっかりだから」という理由で読もうとせず、ニュースは Facebook や twitter で入手するという新入社員の話です。
まあ新入社員君の弁護をするなら、現在50代の私が新入社員か学生だった頃から、若者の書籍離れ、新聞離れは危機感を持って語られていたことではあったのですが。
それはともかく、論理の面白さと真理値表の強力さに関しては、もうちょっと語っておきたい気がしました。それが「ネットで検索して出てきた記事を読むだけでは、全然不十分なこともあるんだよ」「ブログ記事の情報量は、書籍のそれには足元にも及ばないんだよ」ということの説明にもなり、いわば一石二鳥なんじゃないかと思ったのです。
3月26日のエントリーには id:shinzor さんから、こんなブックマークコメントをいただきました。未読の方のために「問題70.」というのがどんなものかを紹介しようと思います。
論理学の問題を解くには「真理値表」というのを使うと一見地味だが汎用性が高く威力抜群であること - しいたげられたしいたけ
この本の問題70.が印象深い。人によっては怒りだしそうな問題だが,現代論理学の繊細で根源的な側面だそうだ。なんとかこの本は読んだが,「スマリヤンのゲーデルパズル」は頭がねじれる
2016/03/26 11:24
それに先立って「問題67a.」と「67b.」の概略を紹介します。『この本の名は?』は『不思議の国のアリス』であるとか章ごとに様々ななぞらえが出てきます。「問題67.」と「70.」のある第5章はシェイクスピアの『ヴェニスの商人』になぞらえ、ヒロインのポーシャの出題する論理パズルに求婚者が答えるという形式をとっています。
「問題67a.」では、ポーシャは求婚者にこんな問題を出します。三つの小箱のうち一つに彼女の肖像画が入っています。もし求婚者が肖像画の入った小箱を当てることができたら、彼女はプロポーズを受け入れるというのです。
それぞれの小箱には、次のような銘文が刻まれています。ポーシャは求婚者に、三つの銘文のうちたかだか一つが真だと告げます。
真理値表による解き方は、次の通りです。原典は真理値表を使っていないので、説明は原典と少し変えていることをご承知おき願います。
白黒を反転していますので、選択してお読みください。
金の小箱の 銘文の真偽 |
銀の小箱の 銘文の真偽 |
鉛の小箱の 銘文の真偽 |
|
金の小箱にあった場合 | 真 | 真 | 偽 |
銀の小箱にあった場合 | 偽 | 偽 | 真 |
鉛の小箱にあった場合 | 偽 | 真 | 真 |
肖像画が「銀の小箱」にあった場合に限り、三つの銘文のうち一つが真になります。従って正解は「銀の小箱」です。
「問題67b.」は、こんな問題です。やはり三つの小箱のうち一つに彼女の肖像画が入っています。今回はポーシャは、三つの銘文のうち少なくとも一つが真で少なくとも一つが偽だと告げます。
説明はやはり原典と少し変えています。選択してお読みください。
金の小箱の 銘文の真偽 |
銀の小箱の 銘文の真偽 |
鉛の小箱の 銘文の真偽 |
|
金の小箱にあった場合 | 真 | 真 | 偽 |
銀の小箱にあった場合 | 偽 | 偽 | 偽 |
鉛の小箱にあった場合 | 真 | 真 | 真 |
肖像画が「金の小箱」にあった場合に限り、条件を満たすことになります。従って正解は「金の小箱」です。
原典には、ポーシャは「67a.」に正解した求婚者と結婚したものの、もっと賢い夫がほしいとすぐに離婚して「67b.」を出題したとあります。だが分れた元夫は「67b.」にも正解し、彼はポーシャを家に連れて帰ってお仕置にお尻をペンペンして、その後二人は再婚して末永く幸せに暮らしたというくすぐりが語られますが、その奇妙な味わいを再現するのは全文コピペでもしない限り私には不可能です。
そしていよいよ「問題70.」です。実は原典では2つのパズルが出題されていますが、そのうち一つは省略した「問題68.」と「問題69.」を踏まえたものなので、本エントリーで紹介するのは1つだけです。
主人公は「問題67.」の夫婦の子孫で、祖先と同じポーシャという名を持ち、なぜか現代のアメリカに住んでいます。
ポーシャもまた、現代のニューヨークでは幾分突飛なやり方だがと前置きしながらも、小箱と肖像画によって求婚者を選ぼうとしました。
ポーシャは二つの小箱のうち一つに、自分の肖像画を入れました。そして求婚者に、肖像画の入っている小箱を選ぶよう求めます。
小箱には、それぞれ次のような銘文が刻印されています。
今回は真理値表を文字色を反転しないで示します。
金の小箱の 銘文の真偽 |
銀の小箱の 銘文の真偽 |
|
金の小箱にあった場合 | 偽 | 偽 |
銀の小箱にあった場合 | 真 | 真偽不明 |
肖像画が銀の小箱にあった場合の「真偽不明」というのは、次のようなことです。
肖像画は金の小箱にはないので、金の小箱の銘文は「真」です。
いっぽう銀の小箱の銘文を「真」と仮定すると、二つの銘文の両方が「真」となります。したがって銀の小箱の銘文は「真」ではありえません。
しかし銀の小箱の銘文を「偽」と仮定すると、二つの銘文のうち一つすなわち金の小箱の銘文だけが「真」となるので、銀の小箱の銘文は「真」になってしまいます。
つまり矛盾が発生します。
求婚者はこう考え、肖像画が入っているのは金の小箱に違いないと判断しました。
しかしあろうことか、金の小箱はカラで、肖像画は銀の小箱に入っていたのです。
これはいったいどういうことでしょう? 求婚者の考えの、どこが間違っていたのでしょうか? 心優しき著者は、このあと出題されたもう一つの問題を解くことにも失敗した求婚者を、ポーシャが夫に選んだとおごそかに述べるのですが、それはともかくとして…
原典の解答編には、この問題の説明が2ページにわたって述べられていますが、それを私なりに一行で要約するなら、ぶっちゃけ小箱の中に何を入れるのも自由で、小箱の銘文は小箱の中身ををいかなる意味でも担保するものではない、ということだと考えます。
これが著者のいう、そして shinzor さん引用による「現代論理学の繊細で根源的な側面」だと理解しています。
このエントリーが原典271問中1問半に該当します。