コラム

危うし、美術館!(5):MoMAとテート・モダンの迷走2

2016年03月28日(月)16時30分
危うし、美術館!(5):MoMAとテート・モダンの迷走2

テート・モダンで評判を呼んだオラファー・エリアソンの「ウェザー・プロジェクト」は、「美学的な経験の場というよりも、他者と過ごす社会的・社交的な場」となった。The Weather Project-YouTube

 2014年4月4日、京都国立近代美術館で、テート・モダンの館長クリス・デルコンのレクチャーが行われた。翌年に開催された『PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015』の招きによるものである。「21世紀のための美術+建築----テート・モダン」と題したレクチャーにおいて、デルコンは新館増築の背後にある理由と新しい戦略・方針について語った。

 2000年に開館した当初、テート・モダンの想定来場者数は年間200万だった。ところが実際には、想定を大きく超え、現在では500万人を超える観客が来館する。「いまやテート・モダンは、美学的な経験の場というよりも、他者と過ごす社会的・社交的な場となっている。今後は美術館全般がその方向に向かうべきであり、アートと食、ファッション、デザイン、映画など、他ジャンルとの組み合わせが重要になる」とデルコンは言う。「今後は美術館全般がその方向に向かうべき」と断言するのがすごい。

 実際、世界の主要現代美術館はそのような方向に向かっている。館内にはお洒落なレストランがあり、ミュージアムショップには図録以外の様々なグッズが並ぶ。活動の中心である展覧会も、ハードコアなアート展ばかりではなく、建築、デザイン、ファッション、映像、音楽、漫画、アニメ、フードなど、アート以外のジャンルも珍しくない。

 MoMAのコレクションギャラリーのように、異ジャンルが混淆した展示をほぼ常設にしているところはまだ少数だが、そのMoMAにしたところで、前回書いたように7つのキュレトリアル部門が並存し、現代アート以外の展示を、個別ではあるが積極的に行ってきている。前に書いた香港のM+が開館すれば、「アートもデザインも建築も映画もすべて同じ場所に置くことで、それぞれが影響しあうような美術館」が誕生するはずだ。

 だが、デルコンの発言とその理路において「他ジャンルとの組み合わせ」は方法・手段のひとつでしかない。重要なのは、それらの方法・手段によって実現されるべき目的であり、その目的とはテート・モダンが「美学的な経験の場というよりも、他者と過ごす社会的・社交的な場」となることである。そして、そのような場の例証として示されたのが、オラファー・エリアソンが2003年に行った「ウェザー・プロジェクト」だった。エリアソンは、光、虹、霧、滝、重力など、自然現象や自然の摂理に強い関心を抱き、それらに材を取った作品を作ることで知られる人気アーティスト。2008年、ニューヨークのイースト・リヴァーに4つの人工滝を造ったことで評判を呼んだが、それが可能になったのも「ウェザー・プロジェクト」の圧倒的な成功があってのことだろう。

プロフィール

小崎哲哉

1955年、東京生まれ。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。2002年、20世紀に人類が犯した愚行を集めた写真集『百年の愚行』を刊行し、03年には和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊。13年にはあいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーを担当し、14年に『続・百年の愚行』を執筆・編集した。

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