短編その1

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「ヴァンパイア? ヴァンパイアって、大物アンデッドモンスターのヴァンパイアか?」

「ああ。そいつはとあるダンジョンに住んでいたらしいんだが、腕利きの冒険者パーティーがそのダンジョンに攻め入ってな。それで、主のそいつは、ダンジョンを脱出してこの街の方へと逃げたらしい。腕利きパーティとの戦闘でかなり力を使ったそうだし、街で血を吸って力を付ける気かも知れない。お前の所のパーティーには、腕利きのアークプリーストがいたろ? 誰かがヴァンパイアを見つけたら、お前の所のパーティーに呼び出しがかかるかもな」

と、言う事だった。

 

今の時刻は夕暮れ時。

今日は仕事を休みにして、みんなそれぞれ、自由に行動していたのだが――

「そっか。ありがとな、そろそろ暗くなるし街を歩く時は気を付けるよ」

「ああ。ま、ヴァンパイアが血を吸う目的ってのは、血を介して他人の魔力を奪うのが目的だ。だが、この街には強い魔力を持つ冒険者なんて限られてる。少なくとも、俺やお前さんが狙われるって事は無いだろうよ」

 そんな事を言いながら、俺にその情報を教えてくれた顔見知りの冒険者は、自分の仲間がいるテーブルへと去って行った。

夕飯を食べに酒場へとやって来たのだが、現在、酒場ではこの話で持ちきりだった。

「おーい、にんにくマシマシのカエルステーキ定食、二人前でー!」

「にんにく多めの野菜炒めちょうだーい!」

酒場内に飛び交う注文の内容も、にんにく料理がほとんどだ。

一応のヴァンパイア対策という事なのだろう。

しかし、強い魔力を持たない者は狙われる事はない、か。

逆に言えば、俺のパーティの仲間達はヴァンパイアにとっては狙い目な相手じゃないだろうか。

 めぐみんとか、アクアとか。

  いや、アクアに関しては対アンデッドのエキスパートだし問題はないか。

となるとめぐみんだが、今から探しに行ってこの情報を教え、注意を促した方がいいだろう。

――俺がそんな事を考えていると、酒場のドアが開けられた。

続いて、酒場の喧騒にも負けない騒がしい声が聞こえてくる。

「この私にかかればゾンビぐらい楽勝よ! 良かったわね、私がたまたまあそこに居て! まあ、この御礼は晩御飯を奢ってくれるだけでいいからね!」

「は、はいっ! ど、どうも、ありがとうございました……」

騒々しく騒ぎ立てながら入ってきたのは、青白い顔色の見慣れない女性を引き連れたアクアだった。

アクアの隣に立つその女性は、片手に日傘を持って黒いマントで体を覆っている。

そして、恐ろしく整った顔立ちをしていた。

魔性、という言葉が似合いそうなぐらいに。

アクアは俺に気付くと、その女性を連れてやってきた。

「カズマも晩御飯食べるところだったの? 丁度いいわ、一緒に食べましょう? 紹介するわね。この人は、カミラさん。街の外で、ゾンビの群れにまとわり付かれていたところを助けてあげたの」

「どどど、どうも、カミラと申します! ここ、この度はアクアさんに助けて頂き、なんてお礼を申し上げたら良いのか……!」

カミラは何度もどもりながら、青白い顔を引きつらせる。

 

――というか。

 

「……アクア。実は今、この街にヴァンパイアが逃げて来ているかも知れないらしいんだ。だから、あまり夜の街をうろつかない方がいいぞ」

俺の何気ない一言に、アクアではなく、カミラの方がビクリと震えた。

「そそそ、そうなんですか! ここ、怖いですねー! へー、ヴァンパイアがー」

 そして、棒読みなセリフを吐くカミラ。

「大丈夫よヴァンパイアぐらい。さっきも必殺のターンアンデッドで、大量のゾンビ達を一撃で浄化したでしょう? ヴァンパイアなんかがのこのこ出て来たら、経験値の足しにしてあげるわ!」

「ひいっ!」

 アクアの自信たっぷりな宣言に、小さく悲鳴を上げるカミラ。

 

――この人はどう考えても。

 

「でも、まだ夕暮れ時なのにゾンビにまとわり付かれるだなんて災難でしたね。ヴァンパイアが近くにいる事で、影響でもされたんですかね? ああそうだ、丁度この店では、にんにく料理が流行ってるんですよ。ほら、周りの冒険者もみんな食べてるでしょう? か弱い女性なんてヴァンパイアに真っ先に狙われそうですし、にんにく系の料理を食べておくといいですよ」

「えっ! いえそのいやあの! こ、口臭とか気になりますし、え、遠慮して……」

「口臭なんて気にしてる場合じゃないでしょ? カズマの言う通り、にんにくたくさん食べてヴァンパイア対策しておかないと! それとも、なーに? にんにく食べられない理由でも……」

「ありませんっ! ええ、ありませんとも! 頂きます、にんにく、喜んで頂きますから!」

アクアにじーっと見られると、カミラは慌てて言い繕った。

ここまでの嫌がりようとタイミング的に、この人、どう考えても噂のヴァンパイアだよなあ。

 

 

――運ばれてきたにんにくマシマシな定食を、カミラは涙目で、青白かった顔面を蒼白にさせて口に運んでいた。

それを周りの冒険者達が気の毒そうにチラチラと見ている。

どうやら、カミラがヴァンパイアっぽいと思ったのは俺だけではないらしい。

彼らが、ヴァンパイアじゃないのかと口に出さないのは、こんな所で大物のアンデッドと戦闘になっても困るからだろう。

 そして、そんな周りの事など露知らず、アクアは自分の皿に乗っていたにんにくを、カミラの定食の上にヒョイヒョイと乗せていった。

「!!!!???!!?!??」

 突然のにんにく増量にカミラがパニックになっていると、

「なんだか、涙が出るほどにんにくが好きみたいだから。はい、私の分もあげるわ」

言いながら、アクアがニコリと屈託なく笑った。

「あ、ありがどうございまずううううう……っ!」

追加されたにんにくを泣きながら頬張るカミラに、アクアが、そうだと声を上げた。

「あなたに良い物をあげるわ。ゾンビにたかられちゃうようなあなたには、とても役に立つ物よ。はい、手を出して」

「? 何ですか、それはああああああ――――――ッ!」

アクアが、カミラの手に何かを握らせると、カミラが手から白い煙を出しながら床に転がる。

「それは、私が聖なる魔力をたっぷり込めた、アクシズ教のシンボルマークよ。アンデッドには効果適面だから、大事に持ってて……。ねえあなた、どうしたの? どうして、シンボルマークを握った手から煙が出てるの?」

「あああああうあうあう、ここ、これはっ! わ、私、特殊な金属アレルギーでしてっ! ありがとうございます、大事にしますから!」

カミラは、煙を上げていた自分の手からシンボルマークを剥がすと、それを恐る恐る箸で摘んでハンカチに包み、懐に。

未だ涙目で痛そうにしていたカミラの手を取り、アクアが、煙を上げていた方の手の上に、そっと自分の手を置いた。

「アレルギーだなんて大変ね。大丈夫よ、私はアークプリーストだから! 今癒してあげるわね! 『ヒール』ッ!」

「あああああああ――ッ! ……りがとう、ございますうううううっ!」

手に回復魔法をかけ始めたアクアから、カミラは泣きながら、逃げる様に手を引き抜く。

「あら? 今、回復魔法をかけたら手が消えた様な気が……」

「きき、気のせいですよ! 気のせいですからっ! ありがとうございました、お陰ですっかり良くなりました! アクアさんの分の食事代も、既に払っておきましたから! では、これ以上長引かせるのも何なので、私は、これで……」

 

カミラは、早口で捲したてながら立ち上がり、そそくさと立ち去ろうとする。

 

「そうね。これ以上嫌がらせをするのも可哀想だしね。それじゃあ、きっちり浄化してあげるわね」

 

――えっ。

 

「お、お前……っ! カミラの正体に最初から気付いてたのか!? 今までの事は、全部わざとやってたのかよ!」

「当たり前じゃない、この私を誰だと思っているの? アンデッドなんて一目見ただけで分かるわよ」

こいつ酷え!

「みみみ、見逃してえ! 見逃して下さい! 私、まだ人を殺めた事はないですし、どうか、見逃して下さい!」

「ダメよ! アンデッドは私の敵よ! さあ大人しく……。あっ、ちょっとカズマ、何するのよ! 邪魔しないでよ!」

俺はアクアを後ろから羽交い絞めにして止めると、涙目で震えているカミラに叫ぶ。

「おい逃げろ! 人を殺めた事がないってのに免じて今回は見逃してやるから、とっとと逃げろ!」

「あっ、ありがとうございますっ! 恩にきますっ!」

「ああっ! 裏切り者! カズマの裏切り者ー!」

 カミラが酒場のドアを慌てて押し開ける中、バタバタと暴れるアクアが俺の拘束を振りほどいた。

「待ちなさい! 経験値の足しにしてやるから!」

「み、見逃してえ! 見逃してくださいーっ!」

アクアに追いかけられながら、カミラは夜の街へと消えて行く。

 ヴァンパイアですら生きていくのに苦労するこの世界。



 

 
 本物の女神様がいるのなら、どうか、この世知辛い世界に祝福を――


 

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