使われたのは、市販の材料で手作りできる爆弾。標的になったのは、世界的なランドマークではなく日常生活の現場。これは何を意味するのか。
「恐れていたことが起こってしまった」
ベルギーの首都ブリュッセルで3月22日に起きた連続自爆テロの後、同国のミシェル首相は語った。ブリュッセル空港と地下鉄マルベーク駅で起きた爆発で、31人が死亡し、約270人が負傷した。昨年11月に130人の死者を出したパリ同時多発テロ後、ベルギーは欧州でのテロ発信地と目されていた。
パリのテロの主犯は、ブリュッセル市内の移民街出身でイスラム教徒の若者だった。ベルギーからはシリアとイラクにまたがる過激派組織「イスラム国」(IS)に300人以上が参加しているとされている。
今回のテロは、パリ事件の実行犯とされるベルギー生まれのアブデスラム容疑者(26)がブリュッセル市内で逮捕されて4日後に起きた。直後にISが、「カリフの兵士たちが自爆ベルトを身に着け、仕掛け爆弾とマシンガンで攻撃した」
という「犯行声明」を出したことで、テロはISが指令したものとされ、IS脅威論がさらに強まった。しかし、ISはイラクでもシリアでも米国主導の有志連合やロシアの空爆で守勢に立たされており、欧州でのテロに指令を出す余裕があるのかという疑問がわく。
空港のテロでは3人の実行犯のうち2人がスーツケースとともに自爆し、1人は逃走。身元が判明した自爆犯のアパートからISの旗とともに、爆発物「過酸化アセトン」(TATP)15キロや起爆装置などが見つかった。TATPは漂白剤や過酸化水素水、爪用除光液など薬局で市販されている材料によって手作りでき、「キッチン爆弾」とも呼ばれている。ただし、怪しまれないで大量の材料を集めるためにはかなりの準備期間が必要で、ISの指令を受けてすぐに実行できるわけではない。
テロはアブデスラム容疑者ともつながるブリュッセルのイスラム過激派グループが、同容疑者の逮捕の後、摘発を恐れて、用意していた爆弾の材料を使って慌てて実行したと見られる。
ISの声明で犯人たちが持っていたとする「マシンガン」については、テロ当日こそ「銃撃音が聞こえた」という現場の声が流れ、さらに現場で自動小銃が見つかったという報道も出たものの、翌日にはベルギーの検察官が自動小銃があったという報道を否定。銃撃の話も消えた。ISの犯行声明は攻撃に参加した人数も示さず、テロの標的や攻撃の意味づけなども漠然としている。発生当初の混乱したテレビ報道を見てつくった「後付け」の可能性が強まった。
パリ同時多発テロでもISの声明は具体性がなく、「犯行声明」とはいえない内容だった。それでもオランド仏大統領は「ISによる攻撃」として、ISへの報復空爆を始める理由とした。
パリからブリュッセルへと続いた欧州の爆弾テロは、ISを攻撃する「テロとの戦い」を強化することで、蔓延や激化を抑えることができるだろうか。
今回のブリュッセルのテロとロンドンのテロは、地元で調達できる材料で爆発物を手作りしていること、EU本部や政府施設、観光名所など、外国人にも分かる世界的に有名な場所ではなく、日常使う地下鉄を標的にしていることなど、共通点が多い。パリのテロで使われたのもTATPであり、サッカー場やロックコンサート会場という地元目線の身近な標的だった。
そこから見えてくるのは、欧州のテロの主体は、欧州の移民政策のひずみから生まれた地元のイスラム過激派組織だということである。中東でISは脅威だが、欧州で続くテロは、ISを叩けば済むものではなく、より根が深いことを示している。(中東ジャーナリスト・川上泰徳)
※AERA 2016年4月4日号より抜粋
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