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Bグループの少年 作者:櫻井春輝

第二章 Bグループの少年とゴールドクラッシャー

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第五十一話 そして無気力へ……

続きは明日と言っていたが……あれは嘘だ
……すみません、一度これ言ってみたかったんです。
てか、ほとんど一日経ってますけどね。
実は五年前のこの日、B少は投稿されたんですよ。昨晩アップしてから気づきました。
そしてこの時間帯が、更新された時間でした……なので、急きょもう一話アップしてみました。
あ、この後日付が変わったタイミングでも更新されますよ!
一時間経ってから二話連続で読むのもありだと思います。
 

 
 そのさまは正に驚天動地といったところで、亮の驚きぶりがよく伝わってくる。
(まさか……いえ、違うわね。きっと何か知ってるわね、あの男)
 梓はこっそりとため息を吐いた。
 何かしらの答えを知ってる者が身近にいながら、答えを探るためにこんな所まで来て梓達は罠まで仕掛けられた。
 亮からしたら自分だけが噂になってることも碌に知らず、そのせいで自分の彼女を罠のある場所まで連れてきてしまったのだ、こうまで驚くのも無理は無い。
「……どうしたの、亮くん?」
 流石に恵梨花もおかしいと感じてるようで、訝しげだ。
 すると亮はハッとなって、慌てたように手を振る。
「あ、ああ、いや、な、な、何でもない。だ、大丈夫、俺は大丈夫だ、お、落ち着け恵梨花」
「うん、亮くんが先に落ち着こうね? ――はい、深呼吸しよっか?」
 冷静に返す恵梨花の顔は困ったように笑っている。こうまで取り乱す亮が珍しく、可愛いと思っているように。
 今この瞬間、二人は完全に状況を忘れているだろう。ギャングに囲まれているというこの状況を。
「おいおい、なんだなんだ、彼氏くんよ!」
「うちのヘッドのすごさが今更わかってビビってんのか?」
「どんな鈍チンだよ、お前は!」
「流石、エアクラッシャーだな、おい!」
 ぎゃはははと沸きだすギャング達に対し、乃恵美は黙って鋭く亮を見据えている。
「はい、すーはー……落ち着いた?」
 大きな胸がこれでもかと強調された恵梨花の深呼吸に併せた亮は、少しは落ち着いたように見えた。
「あー、ああ。うん、俺は大丈夫だ、落ち着いた」
「うーん……」
「あー、でもちょっと待ってくれ、頭の中を整理したい」
「うん?」
 恵梨花が首を傾げつつ頷くや否や、亮は思考に没頭するように目を閉じ、そして自らの額をコンコンと指で叩きなら、ぶつぶつと呟き始めた。
「……あー、一体なんなんだ、ゴールドクラッシャーって、聞いてねえぞ……そもそも何でゴールドクラッシャーとか呼ばれてんだよ。ゴールドクラッシャー、ゴールド……金髪? 瞬? いや、ゴールド……金……金? ……クラッシャー……潰す……潰す? …………あ」
 最後の一音と同時に目を開けた亮がフリーズした。
(あの「あ」は、絶対に何かわかった「あ」ね)
 論ずる余地もないだろう。
 亮の独り言は小さな声だったので梓の耳にはハッキリとは届いていない。
 梓が聞こえていないのだから、一番近くにいる恵梨花を除いた全員にも聞こえていないだろう。
 しかしながら、最後の「あ」だけは全員の耳に届いただろう。
 その証拠に、未だ固まっている亮に最初に声をかけたのは乃恵美だった。
「……何か、わかったようだけど、一体何がわかったのかしら、彼氏くん?」
 乃恵美のその声には、今日初めて真剣な響きがあった。だからという訳ではないが、亮はハッと我に返った。
「は? いや……なんでもねえ、ですよ?」
「それが通じるとでも思ってるの? 何がわかったの、言いなさい」
 目を険しくして睨みつける乃恵美だが、亮は困ったような笑みを浮かべて頭を掻くだけだ。
 そんな亮の隣では恵梨花が切羽詰まった顔をして、期待を露わに問いかける。
「も、もしかしてゴールドクラッシャーが誰かわかったの、亮くん?」
「!?」
 恵梨花のその問いに、乃恵美が思わずといったように椅子から立ち上がって目を見開く。
 亮の独り言が聞こえた可能性があるただ一人の恵梨花の問いかけで、加えて亮のあの「あ」だ。
 恵梨花がそう聞いたことにそれなりの根拠があると直感的に判断したのだろう。
 そして、乃恵美のその反応は一つのことを示している。
(やっぱり、レッドナイフのヘッドはゴールドクラッシャーじゃない、か……)
 乃恵美はそう確信しているのだろう、でないと恵梨花のこの質問に対してあの表情は出ない。
「あー、何だ、わかったというか、な……」
 非常に言い難そうでいて、どこか引きつった顔に誤魔化すような笑みを浮かべて亮が頭を掻くと、恵梨花が目を見開いた。
「知ってる人なの!? ゴールドクラッシャーが誰か!?」
「知ってるというか、なんだ、はは…………ん?」
 渇ききった笑い声を零した亮が、突然何かに気づいた顔となって恵梨花に問いかける。
「えーと、あれ? ちょ、ちょっと待て、恵梨花が今日泉座へ行きたいって言ったのは……?」
「? ゴールドクラッシャーさんに紹介してもらうためだよ?」
「だ、だったよな……ん? 誰からだ?」
「え? ……八木くん、からのはずだったんだけど」
「……え?」
「え?」
 互いに疑問符を浮かべて顔を見合わせる亮と恵梨花。
 そして亮は徐に八木へ振り向いた。
「えーと、おい、お前が八木だったよな?」
「お前、本当いい加減に……! ちっ、何だよ?」
「お前、一体誰を恵梨花に紹介する気だったんだ?」
「はあ? お前、本当に今日ここにいたのかよ? うちのチームのヘッドだよ!」
「……お前のチームのヘッド?」
「ああ」
「誰だ、それ? 名前は?」
「うちのヘッドに向かって生意気な口きいてんじゃねえよ」
「ああ、名前は?」
「……っち、葛西さんだよ」
「葛西? ……知らねえな、誰だそいつ?」
「だからうちのヘッドだって言ってんだろ!」
「……? え、何でそいつを恵梨花に紹介することになったんだ?」
「お前、本当の本当に今日ここにいたのかよ!? うちのヘッドがゴールドクラッシャーだからだよ!」
「……は? ……もしかして、それが本名とかじゃねえよな? 葛西の後に続くような?」
「んな訳ねえだろ! ……さっきからお前も藤本さんも、うちのヘッドがゴールドクラッシャーじゃないみたいなこと言ってるがな、ふざけてんじゃねえぞ」
 そう言って八木が凄むが、亮は意に介した様子もなく、困惑と共に恵梨花へ振り返る。
「なあ、恵梨花」
「なに?」
「シルバーを潰したやつがゴールドクラッシャーって呼ばれてるんだよな?」
「? そうだよ」
「……元々、ゴールドクラッシャーと呼ばれてたやつがシルバーを潰した、とかじゃねえよな?」
「え? うーん、違うと思うけど」
「って言ってたよな……? だとすると、八木のチームのヘッドの葛西とやらがシルバーを潰した――ことになってるのか?」
 亮のその言い方では、葛西はやっていないはずだろ、と聞こえてくる。
 従ってお約束のように、レッドナイフメンバーの怒号が飛んでくる。今度は八木も例外では無かった。しかし、亮も恵梨花も今はお互いしか見ていない。
「……わかんない、そういう噂が流れてるみたいだけど」
「ちなみにその噂を追うと、レッドナイフの幹部にしか繋がらないわ」
 黙って二人の話を聞いていた梓がここで補足する。
「幹部だけ……? あー、証拠なんてねえもんな」
 先ほどから梓も思っていたが、亮は本当にこの場にいたのかと思うほどにここでした話を覚えていない。いや、聞いていなかったのか。どちらにせよ、話をする前提条件のゴールドクラッシャーを知らなかったのだから、それも無理はないかもしれない。
「んで? そのゴールドクラッシャー名乗るヘッドはどこだ? 恵梨花はそいつに会いに来たんだろ?」
 ――にしても、いくらなんでも話を頭に入れなさ過ぎではないだろうか。
「えーっと、八木くんが言うには入れ違ったみたいで、ストプラの会場に行ってるって……」
「ストプラの会場に?」
「うん、出場してるみたい」
「へえ? ――! ああ、くそっ、瞬が言ってたのはこのことか! ……あの野郎……!」
 突然、中学の親友に向かって毒づき目をギラギラさせる亮に、恵梨花が目を白黒させる。
「りょ、亮くん?」
「あー、ああ、すまん……まあ、噂に疎過ぎた俺も俺か……」
 ひとまず謝り、自分を落ち着かせるように独り言を呟いた亮は再び目を閉じ、今度は苛立ちを抑えるように自らの額をコンコンと叩いて黙考し始めた。
「……恵梨花、ちょっと聞きたいんだがな」
「ふふっ。うん、何でも答えるよ?」
 亮は今日、何度恵梨花に質問しているのだろうか。
「恵梨花が会いたいのは……八木のチームのヘッドのゴールドクラッシャーか? ――それか、シルバーを潰したやつか?」
 恵梨花は人を魅了してやまないその小顔を小さく傾けた。
「えっと……それはどっちもゴールドクラッシャーを指してるんだろうけど……でも、うん。私が会いたいのはシルバーをやっつけた人だよ」
「そうか……」
「うん」
「……そうか……」
 どこか上の空な状態で亮は同じ言葉を繰り返す。しかしながら、中身の重苦しさは大きく増している。
「うん……?」
 不思議がる恵梨花を前に、少しの間を空けて目を開いた亮は「はああああ……」と、それはもう非常に大きなため息を吐いて肩を落としたのである。
 思わず顔を見合わせる三人娘。
 そして亮は徐に三人娘に向き直って、真剣な顔を作った。
「亮くん?」
「ああ、なんだ、その……先に謝っとく」
「謝る? ……なんで?」
「いや、いいから……本当にすまん」
 そう言って亮は深々と頭を下げたのである。
「君がゴールドクラッシャーについて何かわかったのは、もしくは何か知ってるのはこっちもわかったけど……でも、特に責めるつもりは無いわよ?」
「そうだよ、亮くん。だから、頭上げて?」
「……うん」
 梓、恵梨花、咲に促されても亮はまだ頭を上げない。
「いや、まあ、うん、まあ、なんだ……とにかくすまんかった」
 それだけ言ってようやく亮は頭を上げる。しかしながら、その顔にはすっかり緊張感や、覇気や、真剣な色が抜けきっており、学校で擬態している時よりも、遥かに気力が無いように見えた。
「はあ……」
 死んだような目で再び吐かれるそのため息には、魂まで漏れているように感じられた。
「あー、じゃあ、なんだ、ここにはもう用は無いよな?」
「え? う、うん……?」
「じゃあ、もう、出ようぜ……」
「ええ!?」
 恵梨花の驚きも無理は無い。亮がそう言っても、それをさせてはくれない連中が周りを囲んでいるのだから。
「はあ……やっと話が終わったと思ったら……頭おかしくなったの、彼氏くん?」
 もう既に踵を返して扉へ向かって歩く亮の背に乃恵美が呆れた声をかける。
 立ち止まった亮は気だるげに振り返って乃恵美を目に止めると、今気づいたように辺りを見回した。
「……ああ、まだいたんですね。静かだったのでもう帰ったのかと思ってましたよ」
「ず、随分なこと言ってくれるわね。静かだったのは私がそうさせたからよ」
 乃恵美の言うことは事実である。
 亮の声を少しでも聞き取りたいと思ったようで、途中に手振りでギャング達を静め、亮の声に黙って耳を傾けていたのだ。
「ふうん? ……まあ、どうでもいいか。とりあえず、俺達はもうここには用は無いので失礼しますね」
 亮が素っ気なく告げると、乃恵美は亮の正気を疑うような顔になった。
「彼氏くん、あんた……状況判断もまともに出来なくなるほど、頭おかしくなった訳?」
 乃恵美の言葉は普通・・に考えたら実にもっともな話である。
「マジで頭イかれたんじゃね?」
「空気読めないにも程があるだろ」
「……そうか、あれが現実逃避というやつか」
「ああ、あれが……」
 ギャング達は呆れを通り越して感心してるようにも見える。
「帰れると……帰すとでも思ってるの?」
 乃恵美が目を細めて見据えてくる中、亮は言い返すのも億劫そうに眉を寄せた。
「まあ、あんたの頭がおかしくなろうが、どうでもいいわ……それよりもさっきは随分と面白そうな話してたじゃない」
 乃恵美は一見、先ほどの動揺した気配はすっかり鳴りを潜めて冷静に見えるが、組んだ足が落ち着きなく揺れている。
「……はあ、別に面白くもなんもない話すですよ」
 亮は本心からつまらなさそうに言った。
「こっちとしてはそうでもないわ……葛西がゴールドクラッシャーじゃないとか?」
「てめえ、適当なこと吹いてんじゃねえよ!」
「さっきまでゴールドクラッシャーの名すら知らなかったやつが何ほざいてんだ!!」
「八木とのタイマン終わったら死ぬまで殴ってやろうか!?」
 ギャング達が怒鳴る中で、八木が歯軋りが聞こえそうな勢いで睨んでくる。
 乃恵美が手をかざして野次を止めると、乃恵美は自らを落ち着かせるように、悠然と足を組み直した。
「ゴールドクラッシャーが一体何なのか聞いて、何かわかったようだけど……一体何がわかったのかしら? ……話してみなさい」
 幾分、柔らかめだが命令口調で告げられた亮は気のない声を返す。
「さあ……別に何もわかってませんよ」
 あからさまに嘘とわかる亮の態度に、乃恵美が目を険しくする。
「それはこっちで判断するわ……もう一度言うわ、話しなさい」
 室温が下がったかのように感じさせる乃恵美の迫力に、あちこちから息を呑む音が聞こえる。
 それでも亮の態度はかけらも変わらなかった。
「だから、なーんも知りませんって」
 無気力な口調の返答に、乃恵美はついに怒り心頭に発した。
「話しなさいって言ってるでしょ!!」
 苛立ちを隠そうともしない乃恵美のその叫びは、亮よりも普段から付き合いのあるギャング達を驚かせたようだ。
 八木など目がぎょっとしている。
 梓も似たような心境である。普段から人を食ったような態度で、余裕の笑みを絶やさない乃恵美がこれなのだ。余程、亮の知る「何か」を知りたいのだろう。
 ピリピリとした緊張が部屋を包む中、やはり亮だけは動じなかった。
 相も変わらず、面倒くさげな空気を一人だけ発し、短なため息を吐いただけだ。
「仮に俺が何かわかったとして、それをあなたに教えると思い――ああもう、面倒くせえ」
 どこまで気力を失くしてしまったのだろうか、学校の先輩の女子だから割かし丁寧な言葉で乃恵美と話していた亮が、突然口調を荒げる。
「――仮に俺がわかったことがあったとして、それをあんたに教える義理が俺にあるか?」
 しかし、声まで荒げた訳では無い。のだが、突然の変化に乃恵美は面食らったようだ。
 すぐに言い返せなくなった彼女の代わりに、声を荒げたのは八木だった。
「てめえ、おら、桜木! 姐さんに向かってなんだ、その口のきき方は!?」
 亮は鬱陶しそうに八木へ振り向く。
「俺がどんな口きこうが俺の勝手だろ、ほっとけ」
「な――っ! てめえ――!!」
「待ちな、八木」
 今にも掴みかかりそうな八木を乃恵美が止める。
「でも、姐さん!!」
「いいから、ちょっと黙ってて」
 乃恵美の有無を言わせない口調に、八木は渋々と口を閉じた。
「なるほど? それがあんたの素ね? 今までの印象と雰囲気や態度がチグハグな気がしてたからスッキリしたわ……とするとそのワザとらしい眼鏡と髪型も擬態の一つかしら……?」
 検分する目でジロジロ亮を見る乃恵美。
(……流石に鋭いわね)
 しかしながら、似合ってないのは確かなので、そう思われるのも無理はないのだ。
「まあ、今はどうでもいいわ……」
「ああ、どうでもいいよな」
「ねえ、あんた、本当に状況わかってないの?」
「? 何がだ?」
 訝しげになる亮に、乃恵美は不可解なものを見るような目になるが、懇々と説明を始める。
「いい? あんたが、八木か、もしくは他の誰かに負けた後、あんたの可愛い彼女や、一緒にいる友人達が犯されようとしてるのよ? それを阻止するために、あんたが今することは何かわかる? 私に向かって乞い願うところじゃないの? それなのに私の質問に答えず、私の機嫌を損ねるということがどういうことかわかってる? 今あんたに出来るのは私の質問に素直に答えるから彼女達だけは傷つけないでくれ、って少しでも交渉するところじゃないの?」
 眉を寄せて聞いていた亮は、説明が終わると思い出したように頷いた。
「あ――そうだ」
「やっとわかった? ――じゃあ、話してみせなさい」
「おう」
 すると亮は乃恵美ではなくギャング達を見回して言ったのである。
「ここにいるクズ共――」
 途端、乃恵美の目が驚愕に見開かれる。
 ギャング達は一人残らずポカンとした。
 三人娘の頬は同時に引きつった。
「――女三人も連れてるからな、全員は諦めて五、六人は見せしめに半殺しにするつもりだったが、今日はもう色々頭の痛いことあってやる気失くした。だからこの場においてだけは見逃してやる」
 そう言うと亮以外は時が止まったこの部屋の中で、亮は携帯を取り出し、左、正面、右と三方向に渡ってギャング達の写真を撮った。
「これでいいか……流石に捕まえるのは人の手借りるが、人の女犯そうと考えたんだ、ちゃんとぶっ殺してやるから覚悟して待ってろ――行くぞ」
 未だ部屋の時が凍った中、言うだけ言った亮は最後に三人娘を促し、踵を返した。
 恵梨花、梓、咲はもう何も考えず、機械的に足を動かし亮の後に続く。
 そうして亮達が三歩ほど進んだ頃か、あちこちからぶはっと噴き出す音が聞こえてくる。
「こ、こいつ、マジかよ……!」
「マジで頭沸いてんじゃね?」
「お、面白過ぎんだろ、こいつ!!」
「やべえよ、俺達、全員半殺しにされるとこだったよ」
「怖えよ、助けて、おかあちゃーんってか?」
「ぎゃっはっはっは!!」
 堪え切れないように腹を抱えて爆笑するギャング達。ある者は崩れ落ちて床を叩いているほどだ。
 乃恵美は処置無しといった風に「やれやれ」と首を振っている。
(……冗談やハッタリ、虚勢と思ってるって訳ね。無理もないけど)
 梓も亮を知っていなければ、そう思うだろう。
 しかし、梓は亮を知っている。こんな場で無駄な虚勢を張らないことを。そして先ほどの言葉が亮にとって掛け値なしに本気の言葉であることも。
(だからって驚かずにいられるという訳じゃないけどね……けど、動きやすくなったかも)
 笑っている内は余裕を持てるので、焦って動いてこないだろう。
 亮にどんな考えがあって、どう切り抜けるかなど梓に知る由もないが、連中が動かない方が都合がいいのは間違いない。
 だが、そう考えた梓の意に反して動く者がいた。
 八木が今までおとなしくしていた友人、西田と黒川の二人と血相を変えて駆けつけてきた。
「お前、本当に頭おかしいんじゃねえのか!? 何考えてんだ! 今は笑ってるけど、後でどうなるかわかったもんじゃねえぞ!?」
「今からでも土下座して謝っとけって」
「ほんとそれだわー」
 この三人の立ち位置も変なところにいったものだ。
 亮は立ち止まって気だるげに振り返る。
 先ほどギャング達に話していた時にあった気迫はもうすっかり消えたようだ。
「あいつらが怒ろうが怒るまいが、そんなんどうだっていい……それより、お前らはどうなんだ」
 八木達の意見を無視する気満々の亮に、八木は舌打ちする。
「お前、せっかく俺達がこうやって言ってやってんのに……」
「お前のその無鉄砲さはどこから来るんだ」
「本当ないわー」
 彼らの言葉を亮は受け流す。
「ああ、わかったわかった。一つの意見として聞いとく。で、どうなんだ?」
「ちっ……どうなんだって、何がだよ」
 ギャング達に聞こえないためにだろう、声を抑えて問う八木。
「あの連中と同じように恵梨花達にくだらねえこと考えてたのかって聞いてんだよ」
「馬鹿言え、そんなこと考えるかよ」
「本当だぜ、頭の中で裸にすることは何回もあったけど、実際に無理矢理なんて考えねえよ」
「そうそう、妄想じゃ――いやいや、ないから」
 最後の黒川は恵梨花と梓からゴミを見るような目を向けられて慌てて言い直した。
「それに八木の狙いはあくまでお前だしな」
「俺達ゃ、そのサポートと観戦のつもりだったんだけどな」
 黒川と西田が言うと、眉間に皺を刻んで聞いていた亮が力を抜くように息を吐いた。
「はあ、もうわかった。お前らの狙いが俺だったってことは……喧嘩一つするのに、どれだけ大がかりな仕掛け作ってんだ」
「うるっせえな! 成り行きだ!!」
「まあ、でも、恵梨花をこんなとこに連れてったことに変わりはねえ。恵梨花が狙いじゃなく、俺が狙いだとしてもな――だからこれで勘弁してやる」
 すると亮の手が再び瞬間移動したかのように動いて、八木の眼前に迫る。
「……あん?」
 八木にそれ――狐のような形になった亮の手を認識できていたのかは不明だ。恐らく亮の言葉と、視界に突然差された影に訝しげに反応しただけなのだろう。
 先ほど恵梨花がされたばかりだから、亮が何をするのか梓にはすぐにわかった。デコピンだろう。
(あら、随分と甘い罰なのね)
 そんなことを思っていた時が梓にもありました。
 デコピンなら普通、「パコン」と可愛らしい音が鳴るだろう。事実、恵梨花の時はそうだった。
 しかしながら今回なった音は「バゴンッ――!!」だった。
 結果、八木はゼロ距離で銃に撃たれたかのように顎を跳ね上げて大きくのけぞり、碌に踏ん張る素振りも見せず、そのまま背から床にドサリと倒れたのである。
 過程からとても想像できない光景を目にして、三人娘と八木の連れ二人の目が点になる。
「……え?」
 それは誰の声だったのか、梓は自分の口から出たのかどうかもわからなかった。しかし気にはならなかった。何故なら、それを自分が出してもまったくおかしくない心境だったからだ。
 少しの間が空いて、黒川がハッとなる。
「お、おい、八木! 大丈夫か!?」
 慌てて西田も身を寄せ揺さぶるが、八木は白目をむいて起き上がる気配が無い。
 つまり、完全に伸びている。
 これが本当に一発のデコピンが引き起こしとはとても思えない。
 唖然と黒川が亮を見上げる。
「お、お前……一体、何やったんだよ!?」
「何って……見てなかったのか? これだ、これ」
 口にしながら亮は中指を何度も弾いて見せる。
 西田が目を剥いて言い返す。
「ふ、ふざけんな! そんな、こんなことが出来るデコピンがあってたまるか!!」
 思わず、本当に思わずだ。梓は同意をこめて頷いてしまった。見れば、恵梨花と咲も同じように首を振っている。
「そう言われてもな……じゃあ、お前も食らってみるか? ――その方が公平だしな」
 ぎょっと黒川と西田が後ずさる。
「ふざけんな! やるな、絶対やるなよ!?」
「……それ知ってるぞ、振りってやつだな」
「ちげえよ!! そんな芸人根性ねえよ!!」
「遠慮しなくていいぞ?」
「馬鹿、こんな遠慮があるか!?」
「……馬鹿? 」
 亮が機嫌を損ねたように眉を上げると、二人は同時にバッと頭を下げた。
「すいませんでした!! ……え?」
 そして思わず謝ってしまったことに、二人一緒に戸惑ったように顔を上げて互いを見合わせる。
(……二人とも、本能が亮くんと敵対するのを拒否してるみたいね)
 梓は感心した。
 大したものである。その本能は真っ当に正しい判断をして、彼らを救ったのだから。
 つまり、亮はデコピン一発で三人を圧倒してしまったことになる。
「はあ……もうわかったから、そいつ連れて引っ張って隅にでも行ってろよ。脳震盪起こしてるから、暫く寝かせとけ……額は数日は腫れあがってるだろうが」
 最後はボソッとしたものだったが、二人は碌に聞いていなかった。
「そうだな! 行くぞ西田!」
「それだわ、本当」
 二人はいそいそと八木を引きずって部屋の隅へ移動する。その迅速さだけは見事と言えた。
「八木を一発で……あんた何をした……いえ、何を隠し持っているの?」
 乃恵美や囲んでいるギャング達には、亮がデコピンをしただけのようには見えなかったようだ。
 乃恵美が怪訝に、そして確信を持ったように問いかける。
 しかし亮は、肩を竦めて返すだけで何も答えず、三人娘を促しながら扉へ歩みを進める。
 八木が倒れた辺りから徐々にギャング達は静かになっていた。ただし、それは驚いたからでは無い。単に注目し始めたからだけだ。そしてどことなく倒れた八木を面白がって見ている。
「おいおい、やられちゃってるじゃん、あの少年」
「なんか手にあるものぶつけてたな……」
「小型のスタンガンか?」
「ん? じゃあ、あいつのあの自信満々な態度はそれ持ってるからか?」
「おいおい、やべえよ。俺達、全員そのスタンガンで半殺しにされちゃうー」
「いや、無理に決まってんだろ、ぎゃっはっは!」
「……はっ、あの八木ってやつが負けたってことは次の順番の俺があのかわい子ちゃんの処女ゲットってことか!?」
「うわ、棚ぼたじゃねえか……」
「まあ、お前があのスタンガンらしきものに当たらなかった場合の話だがな……だからその次の俺に任せて心置きなくやられろ」
「バカ言ってんじゃねえ!!」
「……あ、でもお前より、ダンゴと先にタイマンになりそうじゃね」
「あ、ちょ、おい、ダンゴ!」
「まあ、待てって、順番はともかく、ここはダンゴに任せろよ」
「ああん? あ、そういや……」
 彼らの言うダンゴとは恐らく、扉を立ち塞いでいる縦にも横にも大きい肥満体型をしたスキンヘッドの男だろう。
 何故なら、八木達をあしらった亮は出口――扉へと進み、その男と対峙しているからだ。
「……どいてくれるか?」
 相も変わらず、気だるげな亮に、ダンゴらしき男は獰猛にニヤリと笑う。
 そうするだけで暴力的な空気が増し、体の大きなこの男から非常に強い威圧感、圧迫感を感じる。
(……相当に喧嘩慣れしているってのが、すごくよく伝わってくるわ)
 八木達とはまるで格が違うこともだ。
「そう言われてどくやつがいると思うか?」
「……そうだな」
 これまた面倒くさそうにため息を吐く亮の背――正確にはダンゴへギャング達の面白がる声が届く。
「おい、ダンゴー、お前、こういう時に言いたい台詞あったんじゃねーのかよ」
「お、正にな状況だな」
「早く言えよー、この悪党!」
 ぎゃははは! と笑うギャング達にせかされ、ダンゴは心底楽しそうな顔から一転して、キリッとした決め顔を作って口を開く。
「ここを通りたかったら、俺を倒し――ぶげっ!?」
 言いたかった台詞は簡単に予想はついた。だが、彼は最後まで言えなかった。何故なら、途中で亮の足が電光石火の如く高く駆け上がり、ダンゴの顎を跳ね上げたからだ。
 そして扉へゆっくり倒れ、ズルズルと滑って、床に沈む肥満体型の男。
 意識がもう無いのは確かめるまでも無かった。
 目が飛び出さんばかりに驚くギャング達と、口をあんぐりと開ける乃恵美。
 真後ろにいながら、いや、近くにいたからこそか、まるで亮の蹴り足が見えず、何が起こったのかわからずポカンとする三人娘。
 一人を除いて皆すべからくフリーズし、一瞬にして静まり返る部屋で、亮は決め台詞を最後まで言えなかった男へ無愛想に告げたのである。
「――じゃあ、倒したから通るな」

 
 
けど、まだ扉は開いてません。

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