ポール・クルーグマン 『私が東京で言ったこと』
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ポール・クルーグマン 『私が東京で言ったこと』

2016-03-27 21:53
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クルーグマン教授がこのツイート(2016年3月27日20時頃ごろの投稿)で公開した議事録を、全文和訳しました。こちらが原文(PDF)です。
私が一番乗りだと嬉しいんですが、もう誰か訳しちゃいましたかね?
相場をやってるくせに経済および経済学の知識がゼロなので誤訳が多いであろう自信があります。ご指摘いただけますと幸甚に存じます。
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ー〔四角いカッコ〕は訳者による補足です。
ー 原文はそれなりにケバ取り(文章の整え)をしているようですが、口話のため意味の取れない部分もあり、そういうところは私の訳も曖昧になっています。
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ポール・クルーグマン

日本の政府筋 officials との会合。2016年3月22日

(司会)それでは、第3回目の、国際的な金融と経済についての分析会合「国際金融経済分析会合」を始めさせていただきます。ニューヨーク大学のポール・クルーグマン教授をお招きしております。ではまず、総理からお話いただきたく存じます。

(安倍首相) 今回は、国際的な金融と経済についての分析会合の第3回目です。私からご挨拶させていただきたく思います。ノーベル賞受賞者であり、また、米国経済諮問委員会Presidential Council on economic advisers の一員でもあられました、ニューヨーク大学のポール・クルーグマン教授をお招きいたしました。この会合にお越しいただきありがとうございます。

クルーグマン教授はこれまでも、経済について、様々な提起、提案をなされてきました。この会合で私たちが、あなたの見解をお聞きしたいと思いますのは、世界経済の分析についてであり、そしてまた同時に…。私たちは政権 administration の最初から「3本の矢」という政策を導入し、そしてまた、少子高齢化社会へと対応する「新・3本の矢」を提案したわけであります。

今年の五月に、私たちは伊勢志摩において、世界経済の力強い成長に向けたG7サミットのホストとなることが予定されています。私たちは、強いメッセージを送り、また意見交換 communication したいと考えています。今日の会合は、今年5月の伊勢志摩サミットの地固めとなる prepare ground べきものです。ありがとうございます。


(司会)総理、ありがとうございました。クルーグマン教授、どうぞお話しください。


(クルーグマン教授)私としましては、ここにいらっしゃる方々へと発言させていただきますことと、こうした事柄についてお話することを求められた名誉への感謝の言葉を、この会合が終わる前にでも手短に述べさせていただくだけでよかったのにとも思います。

世界経済は困難な状況にあります。といっても不幸なことに、ほとんどこの8年間、我々の誰にとっても容易な時期というのはなかったのであります。

我々みんなの願いとして…。私は、日本のなした政策転換 policy moves を強く支持する者 a great admirer でありますが、それらの諸政策は十分ではないのです。その理由の一端は、日本以外のみんなも困難の中にいるから、ということであります。

ですから、その点でも、今後なにがなされるべきかについての意見を求められたことを非常に名誉に、また喜ばしく思うものであります。

(司会)ありがとうございました、クルーグマン教授。報道陣の方々にはご退出をお願い致します。それでは本題に入りまして、クルーグマン教授、プレゼンテーションをお願い致します。

(クルーグマン教授)4点を申し上げたく存じます。第1は、「我々はいま、経済的な弱さの蔓延した世界 the world of pervasive economic weakness の中にいる」ということです。

いろいろな面で、我々はみな日本になってしまったのです we are all Japan now 。これが、日本も含め、みんなにとって政策を難しいものにしています。

第2は、「主要経済大国 major economies どうしの結びつきが強まっている」ということです。従来の経済学上の議論が提起してきた以上にということです。私がそう主張しますのは、主として資本移動 capital flows という面からであります。これについてお話しするのは極めて大事なことであります。

第3は、今ここで特に懸案となっていることかとも思いますが、「非常に大胆かつ非伝統的な金融政策 monetary policy を通じてさえ、目標を達成することが難しく思われるようになった」ということです。

黒田さん Kuroda-san もここにおられるのですから、我々がこれについて話さねばならないのは明らかであります。

第4がなにかと申しますと、「金融政策は財政政策 fiscal policies の助けを必要とし、できればその他の諸政策の助けも必要とする。しかし間違いなく財政面で必要とする。そして、反対方向へと動いている財政政策と格闘する必要は必ずしもない」ということです。

この点は、ただ日本の問題ということではなくて、おおいに全世界的な問題なのであります。

では、これら4点について敷衍させていただきまして、そこから何が帰結することがらをいくつかお話しさせていただきたいと思います。

日本以外の主要経済大国が「日本化 Japanification 」しているとも称される、この〔経済の〕弱さというのは、――このような単語が使われているのは不幸なことではありますが、いまはとりあえず有用なものとしまして――きわめて重大なことであります。

ユーロ圏はいま大いに、1998年、1999年ごろの日本のように見えているのであります。経済の基礎 fundamentals が似ているのです。

労働年齢の人口は縮小しつつあります。投資を促進するような技術の牽引役 Technological drivers of investment は強力であるようには思われません。弱さがずっと続いているように思われるのです。

欧州中央銀行は、非常に賢明な人物によって運営され、非常な効力を持っているのではありますけれども、インフレ目標を達成することができずにいます。

欧州経済が良好とみえる時期がくることもあるのですが、その状況というのはまさしく…。成長というのが…。ますます、長期的停滞 the secular stagnation という概念そのものに見えるようになってきているのです。マネーがきわめて緩和的なのに弱さが蔓延しているのですから。

アメリカ合衆国はマシに思われますし、ずっとうまくやってきました。とはいっても我々は、それもいろいろな比較の中に置いて見なくてはなりません。

雇用の増加は良好でしたが、生産量の伸びは大したものではない。我々アメリカへも弱さが入り込みつつあるのだという、いろいろな兆候があるのです。

インフレは依然として目標値以下ですし、賃金も大して伸びてはいません。ということは、我々アメリカも絶好調とはとても言えないのです。その理由はすぐ説明いたします。

よその国の問題によって我々の足が引っ張られるであろうと考えられる、一つの理由があります。さまざまな新興市場は大いに問題を抱えており、とりわけ最大の新興市場がそうなのです。つまりあなた方のお隣です。

中国は暴発寸前であると言われ…。何年にも渡って、調整が大きな問題となるであろうこと、つまり非常に高い投資の…経済を支え続けられないであろうというのが周知のことでありました。

彼らは、いまだこれに対処する術を見つけてはいません。中国の政策は相当に危なっかしいもの erratic に思われます。いま起きつつあること併せて考えると、それはよい兆候ではないのです。

主要経済大国どうしの相互依存 interdependence は、私の意見では、極めて広範なものです。通常、私やその他〔の経済学者〕の見解というのは、「相互依存性は限定的なものである。なぜなら、こんにちでさえ、国際的な取引の流量というのはそれほど大きくないからだ」というものです。今日でさえ、主要経済大国のそれぞれは、GDPのほんの数%を他国へと輸出しているにすぎないのです。ですが、投資家たちの思考 perception が「弱さがこれからも続きそうだ」という方へ傾くならば、そこからの影響はずっと大きなものとなります。

もしも、ユーロ圏の諸問題が、いまだけのものではなく、非常に長期間にわたるものになりそうだと考えられるようになったならば、ユーロ圏の利率はきわめて低くなります。長期債さえもです。いま現在、ドイツの十年国債の利率は約0.2%です。

これが何を意味するのかというと、どの国であれ、その経済が比較的に強いと考えられたならば、その国は大量の資本の流入の受け手となりがちなのであり、それによって通貨は押し上げられるということです。そして通貨高は、その国の競争力を弱くして、〔経済の弱さという〕問題を分かち合うことになってしまうのです。

ドルが劇的に上昇したのはご存知だと思います。さほど好ましからざる経済状況にある国でさえ、自分が他国からの資本の流入の受け手となっていることや、緩和しようという自分の努力が掘り崩されていることを目の当たりにしているかもしれないのです。

ですから、我々の知るとおり、黒田氏があらゆる手を尽くされているにもかかわらず、日本円が上昇したことは――それは日本の視点からは非常に不幸な現象なのですけれども――、他の主要経済大国の弱さによって引き起こされたことなのです。

中国には特別な問題があります。大きな困難を抱えているのです。中国は〔世界経済の〕強さの源泉であると考えられてきたのですが、つい最近までは――私が正しければ――通貨を安く抑える操作をしていると非難されてきました。

ところがそれとは反対に、いまや中国は巨額の資本流出に直面しており、通貨を支えるために介入しています。2015年の資本逃避は約1兆ドルにも上ったと我々は推測しています。

中国は莫大な準備金を保有していますが、莫大と無限は違います。どういう意味かというと、人民元の下落ということが現実味のある見通しとなり、そうなれば我々みんなの生活に困難が降り掛かってくるということです。つまり、相互依存性のすべてがここにあります。

金融政策というのが、ほとんどの国で、「不本意ながら唯一の可能な手段 the only game in town 」でした。財政政策は政治的に無力化させられているから、というのが彼らの口癖です。

ここ日本では、さほどそういう状況ではないのですが、それでもやはり、「3本の矢〔金融政策、財政政策、成長戦略〕」のうち圧倒的に最大のものは金融政策でした。黒田氏はこの重責の大部分を遂行しました。

我々が目にしているのは、金融政策の限界です。

非伝統的な手法を試みるとき、それを推し進めることはできるけれども、効果はだんだんと小さくなり、困難なものとなることを、我々は知りつつあるのです。

マイナス金利についてですが、これが可能であると判明したのは注目すべきことです。
私はまさしく、これは正しい動きであったと考えますが、しかし、これをさらに推し進めてゆくことは非常に難しいのです。マイナス金利の影響は限定的なものであることが明らかになりつつあるからです。

他の国に目を移してみましょう。ヨーロッパにも非常に本質的なバンカー〔マリオ・ドラギ〕がいるにもかからず、ECBは牽引力を失いつつあるように思われます。ここ日本でも、私よりもみなさんがご存知の通り、インフレ期待は後退しつつあるように思われます。賃金上昇も、あるべき値より低いのです。

我々は、世界的な弱さへの対処の試みとなるべき、最大のテコ principal lever たる政策が、我々が希望していたほどの効力を持っていなかったことを目の当たりにしつつあるのです。それどころか、ひょっとしたら、このところ発揮しているように見えた効果さえも実は持っていないのかもしれないということを目の当たりにしているのです。

では財政政策についてです。

過去7年間に我々が目にしたすべてが、財政政策は有効であり続けたことを示しています。それも、こうした状況のなかではとりわけ有効なのです。これを採用するのは非常に難しいことです。数年間は不良債権を抱えることになり、政治的な対立があり、ヨーロッパは国ごとに分断されており、アメリカは政党間の分断があり…。それでも、財政政策は有効であり、目下の世界的な状況こそはまさに、経済が本当に、本当に財政の支援を必要としているときなのです。

財政による支援よりも、長期的な予算問題を優先すべし、という考えは、今は極めて見当違いなものと私には思われます。

私がお話していますのが、ここ日本の消費税のことであるのは言うまでもありません。

これら全ての事柄から、2つのことが帰結します。

私が構造改革について何も申し上げなかったことにお気づきかと存じます。私が構造改革に反対であるからというわけではありません。そうではないのですが、需要を喚起するという最重要課題 critical issue からはだいぶ的を外れたものと考えられるからなのです。

ある種の構造改革は民間投資に拍車をかけることもあるかもしれません。それはよいのですが、そう強調されるほどのものであることは稀です。

また他の種類のいろいろな改革、つまりアベノミクスですが、将来の労働力を拡大することによって、人口学的な逆風を相殺する助けになります。

そうしたことの全ては良いことなのですが、私がたいへんに心配しているのは、構造改革の話は、ときに、第一に差し迫った問題に対処しないための口実になることがあるということです。第一に差し迫った問題というのは、十分な需要、デフレや低インフレとの戦い、不十分なインフレとの戦いといった、金融政策にかかわるものなのです。

しかし私が申し上げましたように、それ〔金融政策〕には限界があり、財政政策の面で、この差し迫った必要に、いままでよりももっと焦点を当てる必要があるのです。

最後の一点です。リスクが非対称であることを理解することが、きわめて重要であると言わせていただきたいと思います。

私が悲観的すぎるだけであって、いろんなことがうまくいって、需要はもっと強くなり、自然に回復する、ということだってありえなくはありません。〔しかしその反対に、〕私が描写したよりもさらに事態が悪化するということだってありえなくはないのです。中国が爆発的な崩壊をするとか、ただ単純に需要が私のかなり陰気な予測よりもさらに弱くなる、とかいったふうにです。この2つの帰結はまったく異なるものとなるでしょう。

もし世界経済が成長を始めてインフレ率が上昇したならば、我々は何をすべきかわかっています。黒田氏も、イエレン氏も、ドラギ氏も、それに対処する手段を持っています。〔しかしその反対に、〕もし世界がもっと弱いことが明らかになったならば、我々は深刻なトラブルに陥っていることになります。というのも、そのとき我々は有効な手段を持っていないからです。

これが何を意味するかというと、もし間違うならば、緩和的 expansionary すぎたという間違い方をすることが非常に重要だということです。

これは、私の古くからの同僚であるラリー・サマーズがよくした議論でありますが、私もこれを述べさせていただくものであります。

〔つまり、〕何が起きるだろうかと予測することだけが大事なのではなくて、どう予測するにせよ、予測が間違っていたら何が起きてしまうのか、ということが大事なのです。かりに事態が悪い方へ転んだ場合にも、それに対処する余地があるということが、非常に、非常に重要なことなのです。

ですから、いまは緩和すべきときなのです。可能な限り協調的 coordinated な緩和であるべきです。G7が近づいていることは存じ上げています。理想は、みんなが強調的な財政拡大政策 fiscal expansion について合意することですが、実際にはそれは日本とカナダということになるかもしれません。それ以外の誰かが今の時点で実行の準備があるかどうか、私にはわかりません。ですが、議論は the language 〔声明は?〕、その方向へ押し進めるよう試みることはできるはずです。

日本こそまさに集中しつづける必要があります。アベノミクスの最初からの諸目標が今でも最重要 primal なのです。デフレのサイクルから脱出することが「最重要目標 Goal Number 1」なのです。他の全てはそれを待たねばなりません。さてそれでは討論に移りましょう。ありがとうございました。

(司会)クルーグマン教授、ありがとうございました。我々のために大いに時間を節約していただきました。それではここからは討論といたしましょう。


(安倍首相)クルーグマン教授には、二年ほど前にもお目にかかりました。当時、日本は、デフレから抜け出せるように、2%というインフレ目標を設定したのでした。

そのころの我々の議論はこういうものでした。ロケットは大気圏の外に出なくてはならない、と。つまり、日本経済をデフレから脱却させ浮揚させるための脱出速度 escape velocity を獲得する必要があり、我々はそのための十分な速度を求めているのだと。

それが我々の話し合っていた最重要課題の一つでした。

これからは hence 〔そのようなわけで?〕、日本以外の世界は財政支出について考えてきましたし、日本も協調的な仕方で財政支出を対等なものにするべきです。私たちはそれについて話し合ってきました。

しかし私たちは、累積債務を懸念しています。それが一つの不安の源となっています。これについてはどうすべきでしょうか? とはいえ、黒田総裁はマイナス金利の導入という政策を採り、日本の10年国債は目下マイナス金利に転じています。ですから、私たちはこの状況を利用して、日本は財政支出を準備すべきである、と。これが今、日本のなかで、一部の人々が言っていることです。これについて何か見解をお持ちでしょうか?この点について着目はされていたでしょうか?

(クルーグマン教授)まさしくその通りです Very much so 。債務があろうとも今こそ支出をという主張は、たいへん強力なものです。これは複数の理由から真なのであります。

第1に、財政による刺激策は、デフレ脱却の金融政策への一助として非常に重要です。金融一本でやるのは難しいということを、我々は目にしてきたのです。

第2に、金利が非常に低い。低いどころか、日本における実質金利は、非常に長期の債券にいたるまでマイナスです。なされるべき支出があるのです。

あるビジネスが、非常に低い借入コストと実際の投資機会に直面したならば、「これはまさに支出の好機である」と考えることでしょう。これは日本〔という国〕にさえ当てはまるのです。

そして第3に私が指摘したい点は、債務についての懸念です。私はこれをただ無視しようというのではありませんが、我々が日本のみならず他の先進国からも学んだことがらがあります。それは、安定した先進国が自国通貨で借入をしたならば、財政危機に至るまでは非常に長い道のりがある、ということです。

人々は2000年ごろから日本国債が下落するほうへ賭けをしてきました。その人たちはみな、ひどい損失を被りました。市場〔国債市場〕の頑健さは非常に強いのです。〔日本国債下落という〕シナリオを描くのさえ難しい。

もし誰かが「日本はギリシャみたいになる」と言ったならば、「どうしたらそうなるの」と聞き返すのみです。日本は自国通貨を持っているのです。起こりうる最悪のことといえば、円が下落することですが、それは日本の視点からはよいことなのです。私としましては、心配すべきことではないと考えます。

最後に、長期的な財政状態への懸念という点についてです。デフレ、あるいは不十分なインフレから起こる問題の一つに、少なくとも日本の実質金利は高すぎるということがあります。そこから脱出する方法は、持続的なプラス金利を達成することです。

みなさんがご存知のように、私は2%以上であるべきだと考えます。その数字が2である必要はないにせよ、ともかくそれを達成する必要があります。

この目標と比較するならば、今後2、3年の予算収支がどうであるかというのは、ずっと重要性が低いのです。

それどころか、いま現在が低金利であるということは、次のことを意味します。つまり、将来の〔財政〕状態の重みというのはデフレ脱却に掛かっているわけですが、それは現在の予算とくらべてずっと高いものになるということです。

私に言わせていただけるなら、いまは財政収支を心配すべきときではないのです。


(司会)ありがとうございました。財務相、おねがいいたします。


(麻生財務大臣)私の知るところでは、1930年代のアメリカも同様にデフレという状況でありました。そしてニューディール政策が当時のルーズベルト大統領によって導入されました。その結果、それはかなりの効果を発揮したのですが、それにまつわる最大の問題としまして、起業家たちや経営者たちが長期にわたって、貸出を受けて設備投資するということをしなくなった、ということがあります。それは1930年代の終わりまで続きました。日本でもその状況が起きているのです。

日本企業の稼ぎだした収益は過去最高に達しましたが、しかし彼らは、それを設備投資へ支出しようとはしていません。日本は、企業という部分では大きな収入が手元にあるのです。それは賃金上昇や、配当や、設備投資に使われるべきなのですが、企業はそれをしていません。

現金や預金を手放そうとはしないのです。内部留保は積み上がる一方です。1930年代のアメリカでも同じ状況が起きたのです。 この問題を打開したのは何だったのでしょうか? 戦争です! 第二次世界大戦が1940年代に起こり、それが米国にとっての解決策となりました。

では、日本の企業家たちを見てみましょう。彼らはデフレマインドに捕らわれています。マインド mindset を切り替えて設備投資を始めるべきなのです。我々が求めているのはそのキッカケです。それが最大の懸案なのです。

(クルーグマン教授)第二次世界大戦ということをマクロ的経済学的な視点からみるならば、そのもっとも重要な点は、それが非常に大きな財政刺激策であったということです。それが戦争であったという事実は非常に不幸なことであるのですけれども。しかし単純に言って、その戦争は財政刺激策となったし、他の方法では財政刺激策はなされなかったということなのです。

それどころか、1930年代に起きたのはこういうことだったのです。つまり、ニューディール政策において、ルーズベルト大統領は財政刺激策を1937年に引っ込めます。なぜかというと、現在とおなじく、予算をバランスさせよという声が多数だったからです。

それは恐ろしい過ちでした。不況の第二波を引き起こしたのです。

言うまでもなく、我々が求めているのは、戦争ではなしにそのようなことを達成するということです。

日本の民間セクターにおける賃金を上げるように仕向けるためのインセンティブかとも思いますが、これまでなされてきたような道徳的な説得以上の手段を用いようという話が盛んになされてきました。私は、なにが有効なのかという制度設計上の詳細についての知識はないものの、そうした手段を試みることには確かに賛同するものであります。それは一つ起こりうることと言えます。

それは別にしても、企業の収益と、企業の投資のあいだの結びつきは、つねに弱いものでした。生産能力を拡大すべき理由を見出さないかぎり、高収益の企業は投資をすべきだと期待する理由は今までもなかったのであります。

そしていま起きているのは、彼らがデフレマインドを持っているということです。日本の成長は弱いだろうと、彼らは考えているのです。賃金の振る舞いを見れば明らかです。彼ら〔企業〕は、日本が非常に低い、マイナスのインフレ〔デフレ〕へと逆戻りするであろうと予測している――あるいは少なくともそういう恐怖を持っている――のです。

これが、脱出速度ということです。 十分な達成によって脱出速度を得る、ということで私が言いたかったことの一部がこれなのです。ロケットが地上に逆戻りしないだけの十分な速さという意味での脱出速度です。


(安倍首相)日本について申し上げますと、2014年に、消費税が5%から8%に引き上げられました。それにともなう駆け込み需要がありました。そのすぐ後には、消費を落ち込ませる効果を目の当たりにすることとなりました。今もなおその影響が尾を引いています。

私たちは、消費税をさらに引き上げることを考えていますが、一年半の延期がなされています。しかしヨーロッパの場合、VAT〔付加価値税〕の引き上げは、日本ほど大きな影響はありませんでした。なぜ日本ではこれほど大きな影響があったのでしょうか?

それはデフレが20年ものあいだ続いたからです。その上、今はもはやデフレ的な状況ではないとはいえ、私たちはデフレから完全に脱却してはいないのです。

このような状況に私たちが捕らわれているのは、これが理由だとお考えになりますか?

(クルーグマン教授)VATの引き上げが日本の回復をこれほど大きく阻害したのはなぜなのか、私にはよくわかりません。

大衆が、政策が緩和的 expansionary ではないことのしるし、つまり一連のあらゆる緩和的な手段を中断 breakするものと捉えたせいかもしれません。しかしそれは私にはわかりません。あえて申し上げますと、なぜ需要を上昇させるのが難しいのかということについて、日本の経済の基礎にその理由がまさしくある fundamental reasons のです。人口推移 demography は飛び抜けて好ましからざるものですし、労働年齢人口はいまや毎年1%以上も縮小しています。

いま、ヨーロッパは〔日本と〕同じ方向に動いていますし、米国においてさえ、我々は、労働年齢人口の成長が急速な悪化を目の当たりにしています。

しかし、日本がなぜ特別な困難を抱えているのかということには理由があるのです。本質的に、日本がこの状況に陥ったのは1990年代であり、その他の諸国は2008年まではそうならなかったことには、理由があるのです。

しかしそれは、対処法がないということを意味するものではありません。それが意味するのは、ただ、そこから脱出するためには極めて精力的な、持続的で積極的な諸政策が必要とされるということなのです。


(男性1)財政刺激策についてですが、G7諸国のうちには、財政刺激策の余地を十分にもつ国がいくつかあります。ドイツ、米国、英国といった国です。しかし、あなたが仰ったとおり、それらの国のどこも、今後数カ月先といった範囲では、大きな刺激策を採ることはありそうにない。刺激策の余地を十分に持つそうした国々でのさらなる刺激策のためには、我々はどのように主張すべきだと思いますか?


(クルーグマン教授)そうした主張をするのは非常に難しいでしょう。ドイツの場合、彼らはまったく別の知的宇宙 a different intellectual universe に住んでいるのですから、それについて話をするのは非常に難しい。

米国の場合、オバマ大統領はインフラ支出の増大を好んでいることを私は断言いたします。それどころか、経済学者たちの会議の冒頭でオバマ大統領はこう口火を切ったことさえあるのです。「みなさんのアイデアをお聞きしたい。インフラに一兆ドル支出するべきだなんて言わないでくれよ。私もそう考えるけど、議会を通すことができないからな」と。つまり米国の問題はそういうことです。

それでもこの主張は、最低でも、財政引き締めへの圧力を鈍らせることはできると信じるべきです。国々のあいだにも説得ということの役割はあります。私が言いたいのは、通念 conventional wisdom というのは――言うなれば政策担当者たちのコミュニティ policy community の気分というのは――、ふたたび刺激策という主張の方向に移りつつあり、そちらの方向へとさらに動かすことは可能かもしれないということです。

私自身の国〔米国〕について言えば、大統領選が迫っており、なにか本当にひどいことが起こりかねません。しかしそれとは逆に、今年の終わりには、今の議会よりもずっと議事進行妨害的 obstructionist ではないような議会を得ているということも、大いにありうるのです。ですから米国は、マクロ経済的な政策について、より希望の持てるパートナーであるかもしれません。 私自身はまさにそう希望いたします。


(菅官房長官)資源価格の低下があり、途上国はとりわけ大きな打撃を受けました。商品価格の下落からくる衝撃について、なにか見通しをお持ちでしょうか? どんな影響を経済へ与えるかとお尋ねしてもよろしいでしょうか?


(クルーグマン教授)いくつかの新興市場は深刻な衝撃を受けました。興味深いことですが、最も重要で最も大きな新興市場、つまり中国は、資源輸入国であるということです。ですから、中国にとって全体としては実は好ましいことなのですが、ブラジルとアフリカにとっては深刻な影響があります。

多くの人びとに関わることがらですから重要なお話ではありますが、先進国への経済的な逆流という点では、今ひとつ明らかではありません。地政学的な心配をすべきかもしれません。

一つ、好ましからざるサプライズがありました。それは、原油価格の下落は、かつて我々が考えていたような好ましい事柄ではなかったということです。

その理由は、原油価格をこれほど押し下げた理由と大いに関係しています。つまり「水圧破砕法 fracking 」の大流行です。とりわけ米国においてはエネルギーが重要な投資セクターですので、原油価格の下落は一方では消費を促すものの、投資に打撃を与えるものですから、かつてほどは好ましいことではないのです。

しかしながら、私の考えはこうです。資源価格の下落は、地政学的な展開を理解するという視点からは大ごとであり、世界の多数の人々にとって非常に重要なことであるのですが、我々が直面している先進諸国の問題としては、そこまで大きなものではない。先進国で問題となっているのは需要の問題だからです。つまりこういうことです。資源価格に起きたことはショックではあるけれども、我々の経済に吹き付ける下降気流はそこからきているのではない、と。


(安倍首相)では、EUについてです。ヨーロッパという共同体について、悲観的な見解の人々がいます。EUは単一の通貨を持っていますが、そのせいでギリシャ問題が起きました。

そうした国の政策に対して、他の国々は、限られた選択肢しか持っていなかったのです。ギリシャ問題は、経済の基礎構造からして fundamentally 、EU内部で繰り返される persist と考える人たちもいます。この状況をどのように見られますか。


(クルーグマン教授)非常に深刻な問題であり、解決されていません。ユーロは、ギリシャだけでなくもっと大きな国々にとっても、大きな制約 constraint となっています。

フランスには緩和する財政余地があるかもしれません。次の点を除けば本当に、まったく深刻な問題ではないのです。つまり、ユーロのせいで、動くための能力や強さを持っていないように思われる、ということを除けば。

そうでありえたのに、ずっと難しくなっているとさえ言いたくなります。もしフランスが自国通貨を持っていたら問題はありませんでした。フランスであれば、ドイツよりも30ベーシスポイントかそこら高いだけの金利で借入ができます。彼らは、資金調達の難しい国なのではなくて、ユーロという制約のせいで動くことができないのです。

まさにこの点については、あなた方〔日本〕はずっと強い立場にあります。

私の考えでは、ヨーロッパの問題は、ユーロを超えたところに行ってしまいました。何かというと、目下のところヨーロッパでは、難民危機によって、経済問題は背景へ追いやられてしまったのです。シェンゲン協定、開かれた国境といったことがらにも危機を及ぼしています。

これはある面では、ユーロの問題にも類似しています。ヨーロッパというプロジェクトのほころびなのです。

彼らは、非常に開かれた統合システムを創ったにもかかわらず、それを有効なものとするべき諸制度を用意しませんでした。そのためヨーロッパは、かなり麻痺したものとなり、我々みんなの問題を一つ増やしてしまったのです。

事実上、ヨーロッパの政策におけるただ一人の効力あるプレーヤーは、ヨーロッパ中央銀行のマリオ・ドラギです。彼は非常によいプレーヤーですが、本当にはどの政府も背後となっているわけではないので、限られた射程しか持っていないのです。

最後にもうひとつだけ、懸念すべき事柄として申し上げるべきかと存じます。二ヶ月後には、イギリスがEUを去る方へと投票が決するということは、大いに可能性があります。これは不確実性を大きくするものであり、世界経済の足をさらに引っ張ります。

もし我々が、G7のメンバーのうち、誰が本当に効果的に動くことができ、頭脳明晰であるかと言うとするならば、現在のところ、それは日本とカナダである、と私は考えます。

米国はそのトップに素晴らしいリーダーシップを持ってはいますが、狂った議会を持っているせいで、生きることは困難なものとなっています。


(司会)会合メンバーから他の質問はないでしょうか? 首相はいかがでしょうか?


(安倍首相)G7のころには、私たちが状況をどう分析するか、これから徹底した議論をしなくてはならないのは、もちろんであります。クルーグマン教授、国際社会は、財政余地 fiscal space 〔財政支出 fiscal spend のミスタイプ?〕において協調すべきであり、それが可能である国は財政的に支出をする。このメッセージは極めて重要です。

これが教授のメッセージの本質となるかと、私は考えますし、私はあなたのメッセージに賛成するものです。ですから、我々は他の国々と協調し、協力することでしょう。もちろん、国によって問題は様々であり、状況は異なります。

結局のところ、これはオフレコですが、ドイツは、財政的な機動性において、最も大きな余地を有しています。これから私は、ドイツを訪問することを計画しています。私は彼らと話し、さらなる財政出勤 fiscal mobilization の政策について、いかにして共に歩むか、説得しなくてはならないでしょう。

あなたには何かアイデアはないでしょうか?

(クルーグマン教授)それは難しいことであり、またこれも言わせていただきたいのですが、メルケル議長もまた、他の諸問題にすっかり気を取られています。それについても彼女は非常に優秀ですが、ありえないほど困難な状況なのです。

私がもう一つ、触れるべきであった事柄があります。少なくとも、この領域では、合意可能な形 accessible form での刺激策を手に入れるか、少なくとも提起することがありうるのです。つまり気候環境政策 climate policy という領域です。ある意味では、これ以上に重要な問題など何もないということに加えて、先進世界の全域におけるグリーン・テクノロジーへの移行という、民間投資のインセンティブでありうるのです。

少なくとも、たぶん、前に進むことが望ましいとの声明を…。我々はパリ協定 Paris ACCORD を持っていますし、その線で何かを起こすことができるのかもしれません。もっとよいご提案ができればよいのにと残念に思います。見事な外交術というのは、私の専門とするところではないものですから…。

(安倍首相)たしかに、気候環境政策というのは、民間投資を刺激する一つの領域でありえます。ですから我々は、その線についても議論いたしたいと思います。たとえばですが、ドイツは、難民問題のために…。たとえば難民のための住宅投資や、難民のための教育投資というのは、財政政策という観点からは有効なものとお考えになりますか?


(クルーグマン教授)はい。それは刺激となります。〔しかし、〕もし実際にコストを算出してみたら、あまり大きなものとはならないと思います。難民問題は、社会的な不安のせいで、とてつもない緊張を生み出しています。しかし、こう言ってよいものならば、難民の面倒を見ることは、大きな財政刺激策となるほどのコストがかからないのです――なんだか奇妙な台詞ですが――。瑣末な金額というわけではありませんが、そこまで大きくはならない。

我々がこれ〔難民問題〕を目の当たりにしたとき、〔フランスの〕オランド大統領は、「この危機に対応するため、我々は財政規律を緩めるべきだ」と発言していました。

しばらくの間、我々はみな、これは緊縮財政 austerity の終わりを告げるものではないかということで、一種の興奮を覚えました。ところが、重大な転換となるほどに大きな数字はぜんぜん出てこなかったのです。

戦争に並ぶほどの財政〔支出〕を探し求めるなら、それは難民問題ではありません。難民問題は、甚大な社会的・政治的な緊張ではありますが、金額という面ではそこまでのものではないのです。

(司会)クルーグマン教授、ありがとうございました。今日いただきました貴重なご助言に感謝いたします。事務局の方、我々はこのすぐあとに記者会見へ移ります。ご了解いただければと思います。当然ながら、安倍総理が仰ったことは機密扱いとなりますremain confidential 。ありがとうございます。お越しいただいたみなさまに感謝申し上げます。


〔おわり〕


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