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「医者の心づけ」慣習は本当に絶滅したのか

西川修一=文 PIXTA=写真

今どきどこの病院にも「お断り」の張り紙──。自分たち以外は、実は渡しているのか。医師は受け取っているのか。現役医師が本当のところを暴露する。

「税金がかからないお金は、やっぱデカい」

自身や親族が突然手術に直面したとする。いろいろ初めての体験をすることになるが、その際にいわゆる医師への「心づけ」「つけ届け」は気になる事柄の一つだ。

マニュアルのある話ではないし、今どきどこの病院にも「お断り」の張り紙はある。ネット上のQ&Aサイトでは、「必要でしょうか?」「いくらぐらいでしょうか?」という迷える質問に、「最近はなしでいいんじゃないか」「今どきあるわけないでしょう!」「医者にはかえって迷惑」といったストレートな返答が。

過去の因習なのか。それとも自分たち以外は、実は渡しているのか。医師は受け取っているのか。偉い人はやはり大枚を払っているのか。

「心づけはあるに決まってます」──きっぱりとそう答えるのは、首都圏内の大病院に勤める某内科医だ。

「医者が自分のサイトでよく『貰ってない』だの『突き返してる』だのと書いてますが、少なくとも、私の周囲の医師は上も同僚も後輩も基本的に全員いただいています。私が接してきたのが特殊な人ばかりとは思えないし、彼らとは『税金がかからないお金は、やっぱデカいよね』という会話になります。突き返すような人のほうが特殊ですね」

だから、逆に医師自身が患者として手術を受けた場合は、「九分九厘、現金か商品券を置いていきますよ。私自身が手術を受けたときは15(万円)、かみさんの出産のときも5(万円)置いていった」(同)という。

「もし出さなかったら、仲間内で『ふーん、そういう奴だったのね……』という評価が下される」

別の都内病院の勤務医が言う。

「親しい医師に母のがんを診てもらった際、母に『お菓子だけでいい?』ときかれて、『お菓子の袋に(現金を)一緒に入れとけ』とアドバイスした。その通りにやってましたよ」

もっとも手術後、その医師から母親が「ウチの妻からです」と手渡された菓子の箱の中に、渡した全額が入っていた。ならばとホテルの食事券等々10万円相当を直接自宅に郵送しておいた。「母を叱っておきました」とその勤務医は苦笑する。

「礼儀、礼節とかマナーの話です。友人宅に手ぶらで行くか、手土産の一つも持っていくかということとまったく同じ次元の話」(前出・内科医)

「金よこせ」と患者を人質に取るのではなく、何かを頼もうと思ったら、気持ちを入れたものを渡すものだということ。円滑な人間関係をつくるためであり、挨拶や礼儀、礼節の範疇だ……と繰り返した。

2カ月待ちのところを2週間にしてもらう

都市伝説のように囁かれるセレブリティの扱いも「挨拶」の範疇か。ある国会議員の秘書が語る。

「総理大臣や派閥領袖クラスが病気になったら最優先で対応してもらえる。病院には疾病の軽重とは別の論理で動いている部分があります」

厚生労働省が予算や人事に強い影響を及ぼす国立病院では、疾病の軽重、緊急性とは別に“要人”“口利き”が日常的に幅を利かせているという。

「例えば、有名な外科医のがん手術を、通常2カ月待ちのところを2週間にしてもらうことも可能。その際に『つけ届け』を渡しますが、受け取るか否かは個々の医師の判断次第」

この「口利き」は、厚生労働関係議員の数少ない利権の一つだというが、では、セレブではない一般人だと、金額がショボければ順番を後回しにされたり、ふて腐れた医師に手を抜かれたりするのだろうか?

「そこが大きな誤解なんです。保険診療ですから、あってもなくても、あるいは金額が多くても少なくても、医療行為としてはまったくおんなじことをやりますよ。『出さないから採血しない、薬はやらない』ということはないし、未熟な若手の練習台にするようなことは、日本においては、たぶんない」(同)

ただ、人と人の関わりである以上、微妙な影響は避けられないようだ。

「逆の立場だったらどうか考えてください。(心づけを)出した人と、何も出さない人とで同等に扱うか。例えば、治療の予約が一杯一杯の日に、頼まれてもう1人追加するかどうか。忙しいときにいきなりアポなしで来た家族と話をするか。本来のルールからすればやらなくていいこと。でも、感謝の気持ちを示されれば善意で融通を利かせてあげようと思いますが、それをしない人はノー」(同)

金額の多寡より渡すか、渡さないか。治療じたいに影響はないが、多少の差は覚悟すべきであるようだ。

この内科医によれば、所属する科によって貰える“確率”が違うとか。

「外科はやはり、一発の手術に対して現金を手渡される率は高い」

慢性の病気で何年も通院する患者だと、いきなり手渡す機会は少ない半面、長く付き合ううちに、年末にビール券や商品券が届いたり、子供の入学祝いをいただいたりと、次第にごく自然な人付き合いになるという。

「語弊があるけど、社会的にしっかりした立場にある人なら、必ずといっていいほど『ありがとうございました』と言っておいていく。一見してダメだとわかるサラリーマンは何もしない。金持ちで、個室でドーンと居座っていても、言葉遣いが横柄だったりきちんとしていない人も払わない。逆に『頼むよ!』と押し付けてくる人もいるけど」(前出・内科医)

では、その金額に「相場」はあるのか。前出の内科医の経験では「ピンキリ」だとか。著名人や芸能人、特に芸歴の長い著名俳優が手術の際に持参したのは30万円だったという。

「外科手術だともっと金額は上。トップクラスの外科医がそういう人の頭や心臓を切っていれば、おそらく3ケタいってると思う。医師が名を上げると“単価”が上がるのは、経済力のある患者が来るようになるから」

病気の種類と扱う科によって金額にバラつきがあり、手術が難しそうに“見える”外科はやはり高いという。消化器系や心臓血管外科、脳外科は高い。脳神経外科や神経内科、精神科はそもそも渡される機会が少ない。「外科と同様、手術には不可欠なはずの麻酔科まで持ってくる人はなかなかいない」(同)。

一般人の平均が3万~5万円。時々、少し余裕のある人に当たると10万円。「外科は一般人でも5から10かなあ」。ティッシュでくるんだり、病室の枕の下からお年玉の袋に入れた1000円札数枚を手渡す老人も。年齢が上の人ほど、手渡される率が高い。病院がどの所得層の居住区に立地しているかによっても額は変わってくる。

「そういう文化があるんです。だから受け取らないと怒り出す人もいます。金額は腕のよしあしというより、患者側の経済力次第。払える払えないの境界は微妙ですが、例えば生活保護を受けている人から貰わなくても、何とも思いませんよ」(同)

がん手術に500万円支払った地主の老女

ちなみに、手渡すのは通常は手術“前”だが、それではやりにくくなるという理由で“後”でないと受け取らない医師もいるという。

「某病院でがんの手術の心づけに500万円払った人がいるときいた。関東某県の地主のおばあちゃんで、1回診てもらうたびに100万ずつ払ってたらしい。もう手術もできない状態だったそうですが」(前出・内科医)

さすがに、そんな人は直接見たことはないという。

「私が民間だから貰っているという面はあります。国公立(病院)だと勤務医は公務員。貰ったら金額にかかわらずクビです。でも、勤務医の給料は安いし、それがあるから働ける。なければ生活が成立しない」(同)

ただ、ここ7~8年、心づけを持ってくる人じたいが激減したという。

「以前は2人に1人は必ず持ってきたけど、最近は10人に1人以下。手術は週に10件前後こなすこともありますが、受取額がゼロの週もあります。金額のトータルは激減しました」

きっかけは不明だが、10年ほど前から「いらない」「払わなくても関係ない」という世間の空気が影響し、病院側もお断りの張り紙で「健全」アピールを始めたという。が、「その張り紙を真に受けて何も持ってこない人には、“恩知らず”という感覚がホンネとしてはありますよ」。

心遣いは今もある。払わずとも支障ナシ……だが、その先は当人が「大人」か否かの分かれ目となる。

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