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【社会】<老いて追われる>(3) 給付切られ負担倍増
もう自分の顔も分からないかもしれないが、中宮(なかみや)繁さん(80)=金沢市=は今日も妻の玉子さん(88)を訪ねる。 市内にある特別養護老人ホーム「なんぶやすらぎホーム」。七、八年前に現れた玉子さんの認知症はずいぶん進んだ。それでも、マスク姿の中宮さんは指でピストルの形をつくり、妻に向かって「強盗だ。パーン」。時々「ふふっ」と返ってくる笑顔がうれしい。 だが今、この妻の居場所が、中宮さんに重くのしかかっている。「月額六万五千円だったのが、十三万三千円だよ。年に八十万円以上の負担増だ」 昨年八月、中宮さんがやすらぎホームに支払う利用料が一気に二倍以上になった。介護保険法の改正で、特養などの比較的収入の低い入所者に支給している「補足給付」が制限されたためだ。夫婦の住民票を二つに分ける「世帯分離」をしたうえで、入所者本人の収入がわずかであれば支給されていたが、配偶者に住民税を課される程度の収入などがあると、給付が認められなくなった。 中宮さん夫妻の月収は、二人の年金から税や保険料を引いて十九万円。「その中で、特養の利用料が七万円近くアップすることが、どれほどつらいか」。実際、ホームの利用料を払えば残りは五万円余り。さらに中宮さんの食費や自宅の光熱費、医療費、ガソリン代などを引いていくと、月に七、八万円のマイナスに陥った。制度変更による特養の負担増が、そのまま赤字になった形だ。 「中流の暮らし、普通の老後のつもりだったんだが」と中宮さんは言う。 九歳で終戦を迎えた。父親の仕事で中国にいた一家は故郷の金沢に引き揚げ、自身は二十歳のころ上京。新聞配達で稼ぐ苦しい暮らしの中、東京に呼び寄せたのが、地元で知り合っていた玉子さんだった。 「助けにいきます」。求婚の手紙の返事に、八歳年上の妻が、そう書いてくれたのを覚えている。 高度成長期を迎え、三十歳すぎに電線会社の正社員に。土日もなく働き、妻はパートと内職で三人の子どもを育て上げた。六十歳の定年を機に故郷へ戻って、二十年。現役時に積み上げた貯金が底をついたころ、今回の負担増にのみ込まれた。 厚生労働省によると、昨年八月を境に、補足給付の認定者は百二十万人から八十九万人に減った。その多くが、厳しくなった給付要件で対象から外れた人たちだとみられる。担当の介護保険計画課は制度変更について「介護保険制度の持続性を高めるため」と述べ、給付費の抑制が目的の一つだったことを認める。 「国の財政や介護保険の収支が厳しいのは分かる。でも、これでは蓄えがなくなったら死ねと言われているようなものだ」と中宮さん。月々の赤字は、次男(54)からの援助で当面しのぐが、「これ以上、子どもたちに迷惑かけられない」。 自身も足腰が衰える中、一玉十八円のうどんを探しにスーパーへ出かけ、玉子さんの面会に足を運ぶ日々。妻をいつまで預けられるのか、そして自分にもしものことがあったら−。 「助けにきました」。求婚から六十年、人生を支えてくれた妻に、今はそう言える自信がない。 PR情報
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