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トランプ現象解題(2)ー意気揚々と撤退する米国

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笑えない課題

米大統領選の共和党予備選においてトランプ氏の快進撃が続いています。山場と言われた予備選を次々に制し、代議員レースにおいても他候補を大きく引き離しています。トランプ氏と共に、茶会党系のクルーズ上院議員と、穏健派のケーシック知事が予備選を継続していますから、まだ確定とまではいきませんが、トランプ氏の優勢はゆるぎないものになりつつあります。米メディアにおいて発せられる問いも、トランプ氏を止めるにはどうすればいいかというものから、トランプ氏が本選の候補者となり、大統領になることの意味は何かというものへと変わって来ています。

米大統領が国際社会に与える影響は絶大ですから、日本を含む世界中の外交官や研究者が、「トランプ大統領」が意味するところについて考え始めています。これにはちょっとしたブラック・ユーモアを感じずにはいられません。反エリート主義を原動力とし、大衆の暴力的な本能に訴えることで支持を広げているトランプ氏の言動や人脈を、世界中のエリート達がせっせと分析しているのです。もちろん、「トランプ大統領」の下での米国や世界を想像すれば、それは決して笑いごとではないのだけれど。

大方が早期にたどりつく結論は、トランプ氏の言動には通常の政策的な意味においての一貫性はないということです。バカバカしく、匙を投げたくなる欲求をぐっと我慢して観察を続けると、しかし、見えてくるものはあります。重要なのは、タテ(歴史)とヨコ(各国比較)の視点を持つことです。


トランプ外交を理解する4つの核

米国の歴史には、これまでも既存の権力に挑戦するポピュリストが現れてきました。独立当初の米国における北東部支配に抵抗したジャクソン大統領は、ジャクソニアン・デモクラシーという言葉が示すように米国の民主制のあり方を再定義しました。20世紀においても、反共の恐怖を煽って米国における自由主義を破綻の危機にまで追いやったマッカーシー上院議員や、公民権運動に抵抗した白人至上主義者のウォレス知事がいます。今では共和党の英雄へと祭り上げられているレーガン大統領にだって、トランプ氏と類似する傾向がなかったわけではありません。今後何が起きそうかということについて、彼らの言動から学ぶことはできるはずです。

また、各国を見渡しても、新興国を中心にいわゆるストロングマン支配の例はいくらでも存在します。南米にも、東南アジアにも、東欧にも、民主的な制度の中から大衆の支持を得る形で登場した指導者がいました。彼らは軍人出身であり、俳優出身であり、ビジネスマン出身の億万長者であり、トランプ氏とも多くの共通点を持っていました。重要な違いは、彼らが米国ほど民主的な諸制度が発達した国から出てきたわけではないということと、同時に世界最強の軍隊の最高指揮権者ではなかったということです。

米国や各国におけるストロングマン支配に共通する傾向は、彼らが既に存在する力学を利用する形で権力を得たということです。火のないところに煙は立たず、怒りのないところにトランプは現れないのです。であるからこそ、トランプ現象を理解することは、すなわち米国政治を理解することであり、その世界的な影響を考察することは国際社会の現在について理解することにつながるのです。

トランプ外交について、類似のストロングマン支配の例も念頭に置きながら考えてみると、4つほど核が存在するのではないかと思っています。順に追っていきましょう。


短期的・直接的な国益理解

第一は、米国の国益を短期的・直接的に定義する発想に立っているということです。この傾向には、トランプ氏のビジネスマンとしての発想と、今日における米大企業経営のあり方が影響しています。このような発想に立つと、国益とは明確に定義できるものでなければならず、各国との貿易収支のような定量的な指標に注目が集まります。例えば、米国の対中国や対メキシコの貿易赤字の大きな部分は、それぞれの国に進出している米国企業による対米輸出であって、米国企業のグローバルな競争力の一つの現れです。しかし、なかなかそういう発想は採られないようです。

同じ理由で、同盟国に対する防衛負担ということもやり玉にあがりやすい。トランプ氏自身、「日本、ドイツ、韓国をぜんぶ防衛することなどできないよ」とやや投げやりな発言をしています。今後、米国は同盟国の防衛義務に関わるコストは何億ドルなのか、それによって米国はどれだけの利益を得ているのか、という問いが発せられるでしょう。その問いはやがて、米国との同盟を通じて同盟国は自らの防衛負担をいくら軽減させられているのかとなり、何故その分の負担を同盟国に要求しないのかということにつながっていくはずです。

国際的な組織や仕組みへも懐疑的な目が向けることになるでしょう。「米国が国際的な制度作りを主導することが米国自身の長期的な国益につながっている」という命題は、第二次世界大戦後の国際社会の基盤となってきた発想です。TPPに代表される国内調整が難しい案件も、最後はこのような国益認識で押し通されてきたのでした。国益を認識する発想の転換は米国のあらゆる政策に影響するはずです。

今後の米国外交は、米大企業の経営者が四半期ごとの成果をウォールストリートのアナリスト達に求められているのと同じノリで進められるでしょう。個別の案件は、米国の貿易赤字をいくら減らし、防衛費をいくら節約できたかによって評価されるはずです。米国が派遣するビジネス界出身の外交官達が世界中で机を叩いて、その成果を追い求めることでしょう。


「普通の大国」としての孤立主義

第二は、孤立主義です。トランプの外交政策は、米国大衆の孤立主義的な本能をエネルギー源としています。トランプ氏は、イラク戦争を大失敗であったとして糾弾してきましたし、当時の共和党出身のジョージ・W・ブッシュ大統領は弾劾されるべきであったというところまで踏み込んでいます。そして、イラクや中東のゴタゴタに巻き込まれるくらいであれば、米国内のインフラ整備や公衆衛生を優先するべきであったというのです。

この発想は、従来の米国政治の常識からするとリベラル側の発想そのものです。重要なことは、トランプ氏の存在に引きずられて共和党全体が孤立主義的な方向へと傾いていっていることです。

米国外交は孤立主義的な傾向(≒モンロー主義)と、世界に積極的に関わっていく理想主義(≒ウィルソン主義)の間で揺れ動いてきたというのはよく言われることですが、トランプ外交によってこのバランスが大きく崩れる可能性が出てきたのではないか。第一次世界大戦の戦後処理をウィルソン大統領が仕切ったのが、米国が世界的な帝国となった端緒でした。ちょうど100年前のことです。100年間続いた帝国としての米国が仕切る世界が本質的に変わろうとしているのではないか、ということです。

オバマ外交は、帝国としてのコストやリスクを負うことには消極的ですが、帝国としての地位は手放さないことを目指しています。そこにちぐはぐな印象を覚えるのは、本質的に、無理筋なことをしようとしているからです。トランプ外交は、オバマ外交の中途半端さを、ある意味開き直ることで、塗り替えることになるのではないか。それは、帝国としての外交ではなく、「普通の大国」としての外交ということです。

先に挙げた短期的・直接的な国益理解も、こういった背景を理解すれば納得感が出てくるのかもしれません。個別国との間の貿易赤字も、同盟国への防衛負担も、帝国としてであれば合理性がある政策でした。米国自身が、世界的な自由貿易体制や、国際社会全体としての秩序と平和の最大の受益者であったからです。しかし、自らを「普通の大国」として定義したならば、利害計算の前提が異なってくるのです。


タブーへの挑戦と経緯論の軽視

第三は、タブーへの挑戦する姿勢です。トランプ外交について、全体としては懐疑的で悲観的な私ですが、前向きな可能性を見出すとすれば、米国ならではのチャレンジ・スピリットを感じる部分です。この感覚は、変転著しいビジネスの世界で培われてきたものであり、外交エリート達の経緯論を軽視し、そこに現状否定のエネルギーをぶつけるから生じるものです。

かつてのレーガン大統領は、デタントの流れを断ち切って新冷戦へと舵をきりました。ミサイルや核兵器の体系を近代化し、巨額の国防費を投じて宇宙兵器の開発を進めるスター・ウォーズ計画を推進しました。当時は東西陣営の緊張を高める危険な政策であると非難されることが多かったけれど、結果として、軍拡競争についていけなかったソ連の崩壊を招き、冷戦終結を早めたのでした。

トランプ外交のタブーへの挑戦を通じて、膠着状態に国際情勢にある種のパラダイム転換を促すことができるかもしれない。目下、安全保障の最前線は二極化しています。一方には、サイバー戦と宇宙戦の脅威があるのだけれど、ここには冷戦期に作られた条約や諸制度によって合理的な政策追求が制限されているところがあります。例えば、宇宙空間の平和利用原則は、中国の軍拡によってほとんど有名無実化しているにもかかわらず、既存の仕組みに拘泥してしまうことで、本当の脅威が隠されてしまっています。

また、安全保障のもう一つの最前線はテロですが、米国の既存の条約体系はテロの脅威を正面から見据えたものとなっていません。北大西洋条約機構(=NATO)についても、日米安全保障条約についても、本質的には冷戦期のソ連の脅威への対処を想定しています。例えば、サイバー攻撃とテロ攻撃を組み合わせて日本の原発が攻撃されたとき、日米同盟は有効に対処できるのか。日本海沿岸に分散立地されている日本の原発は、数十人規模の特殊部隊によって簡単に占拠されてしまうでしょう。専門家であれば誰でもわかっていることです。原発テロとは、一瞬で日本国民全体が人質となる事態です。それは日米を問わず、エリートの専門家達が経緯論を優先するあまり、正面から向き合ってこなかった脅威です。

トランプ氏の存在によって、このような事態に、合理的に、光を当てられるかもしれない。これまでの経緯論に縛られたごまかしを白日の下に晒すことは一定の意味があることです。


 属人的なヒロイズム

第四は、トランプ氏の属人的なヒロイズムが米外交にどのように影響するのかという視点です。ストロングマン支配の大きな特徴がここにあります。連綿と積み上げられてきた国家としての利害計算が、リーダー個人としての利害計算によって覆る可能性が出てくるということです。このヒロイズムの厄介な点は、どのような方向に作用するか読みにくいところです。米外交は強硬にもなり得るし、急に腰砕けになって妥協主義的になることもあり得ます。

TPPについて、トランプ氏は口をきわめて批判しており、条約交渉を進めた米国側の担当者を無能呼ばわりしています。同氏が大統領となれば、日本に具体的な妥協を迫ってくるでしょうし、無理筋の数値目標を突き付けてくることもあるでしょう。経済交渉の際に安保を絡めることでプレッシャーをかけるというのは米交渉者の常套手段ですが、今度は大統領レベルでそのような脅しが行われるかもしれない。そのような展開において、果たして日本側の交渉者が持ちこたえられるかどうか。

日本からすれば、反対に、米国が急に腰砕けになるのも困りものです。自らのヒロイズムを貫徹するために、中国と、あるいは北朝鮮と筋悪の合意を取り仕切ってしまう事態も想定されるからです。いかにもありそうなのが北朝鮮問題の解決に向け、意気揚々と北京に乗り込んだ「トランプ大統領」が、中国と「手打ち」をしてしまう事態です。中国はしたたかですから、日本、韓国、台湾などにとって重要なテーマにおいて米国は軒並み妥協してしまうのではないか。そのような妥協も、より狭く定義された「普通の大国」と自己定義する米国にとってはたいした妥協ではないという整理になってしまう。まさに、東アジアのコミットメントから、「意気揚々と撤退する米国」というモチーフです。

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