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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

五章 ローレル迷宮編

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ネクストリノン


 彩律さんがくれた手形の威力はとんでもなかった。
 いっそ首から掛けて歩けばトラブルが向こうから避けてくれるとも一瞬考えた。
 けれどそれをやると、やってくる厄介事は漏れなく手形以上の代物って最悪な事態になりかねない。
 道端の小石を蹴ったら国宝に当たって砕ける。
 コントみたいな字面の出来事が現実に起きるから異世界は困る。

「ほっほう、中々くつろげそうな部屋ですな。良い宿が空いていて幸運でした」

「いつぞやのログハウスよりは余程まともなのは確かですね。主人もぼったくろうとしていませんでした」

 ミズハでひとまず一泊の宿を取ることにした僕らは、街並み見物だの名物の味見だのしながら宿探しを開始。
 ここで雰囲気が良い、とかコスパが良い、とか料理が美味い、とか色々条件を絞って探し歩くのも旅の醍醐味の一つ。
 ……まあ現代ならネットで出発前に全部出来ちゃうんだけどね。
 この異国の地で以前識と学園を目指した時みたいにそれをやるんかなと思っていたら、そうはならなかった。
 巴がこそこそ僕らを尾行してきていた兵士の人を無造作に摘まんできて一言。

「当地で一番の宿はどこかの?」

 これで決まった。
 その宿でこれまた澪が一言。

「一番の部屋を用意なさい」

 はい、おしまい。
 そりゃね、良い部屋の筈ですよ。
 空いている訳ですよ。
 お高い旅館を自ら指定して、そこで尚お高い部屋を注文すればさ。
 この街にとっての特別な時期ならともかく、オフシーズンらしき今頃はばっちり空いてるっての。
 ついでにあの手形もちらつかせて摘まんだ兵士さんも後ろに控えさせていたんだから宿の主人も大変な思いだっただろうな……。
 すみませんでした。

「ふむふむ。やはり他国とは様式が随分と異なっておる。これは、あれじゃな。旅館、旅籠。そういうものを参考にしとる訳ですな、若?」

「廊下は板張りだったけど、部屋は畳まである。全く同じ物ではなさそうだけど……参考にしたのは間違いないだろうね」

 やや赤茶けた色ながら見た目は正に畳。
 この辺で取れるい草の代用品がその色なのか、もっと違う色で畳みに近づけてもここが限界なのか、それはわからない。
 香りも似ているけれど違う。
 ただそれはあくまで僕の知る畳と比べてであって、ここローレルではこれが畳の役割を果たしている物なのは間違いない。
 部屋の構成がそのまま和室のそれだから。
 ……やっぱり、ローレルで賢人と扱われてきた日本人の中には元の世界を懐かしんで、せめてもの再現を望んだ人もいるんだ。
 ドワーフとも良好な関係を築いているこの国なら石や煉瓦をもっと上手に使えそうなものなのに、木造の家が大半を占めているし。
 色合いも味もそのままなアンコも見つけた。
 ただし餅の中身とかじゃなく、主にケーキなんかに使われているようだった。
 地方によっては餅の中に入れて食べる所もあるんだとか。
 あとパンにも入れてた。
 あんパン。
 まんまの味で物凄く懐かしさを感じた。
 日本人、異世界で一番追求するのは故郷の味なのか。
 それとも純粋に美味い物を求めてるのか。
 この分なら醤油とか、味噌もどこかの地方レベルでなら見つけられそうな気がする。
 過去この国で一生を過ごした日本人達の爪痕、いや足跡を見て回るのも……良いかも知れないな。
 ツィーゲの状況が急変するようならすぐにでもあっちに戻らなきゃいけないけど、傭兵団との商談がまとまってからなら少しくらい……。

「おーー!」

「あら!」

 ?
 僕がつい物思いに耽っていると、部屋を見て回っていた巴と澪が歓声を上げた。

「二人とも、どうした?」

「いやー、これは嬉しい誤算。素晴らしい物を見つけてしまいました」

「これはもう、久しぶりですわねぇうふふふ」

「ええっと……う、これはっ!?」

 流石は街一番の宿、の特上な部屋というべきか。
 部屋の一角、木戸を開けたその先にはこれまた懐かしく……そしてこの世界でも見覚えあるものが在った。

「露天風呂付きとは粋ではありませんか」

「一度ご一緒してから、中々お背中を流す機会がありませんでしたけど。今夜はゆるりとお世話させて頂けそうですわ」

 おおう、マジか。
 一回ケリュネオンの山の中で無様を晒して以来、密かに混浴を避けてきたというのに。
 出会い頭の事故にも程がある。
 こじんまりとしながらも綺麗に組まれた岩風呂と、檜かそれに似た木で作られた風呂。
 今も湯を注がれながら湯気を放っていた。
 たっかい旅館にはこういう部屋もあるってテレビで見た記憶はあるけど……まさか自分が泊まる事になるとは。
 しかも女性二人と。
 ……なんて状況なのか。
 はっはっは、もげろ。
 とか指さして悔しがりながら叫んだであろう状況、しかし何故かその指先に僕自身がいるというミステリー。

「飯屋を探して街の様子を見て回り、そして最後は温泉で疲れを取る! 最高の初日ですな」

「最後が最高なら他は駄目でも十分です」

「……今度はのぼせないよう、善処します。二人も自重してください」

「前回の事ならお気になさらず! 何、最初は誰もがそんなもの。要は慣れです、慣れ」

「それに、もしそうなってもちゃんと介抱致します。遠慮無く湯に当たってくださいませ」

 ……自重する気が微塵もない。
 僕の言葉の前半しか聞いてないのが丸わかりだ。
 都合の悪い言葉は聞かない振りか……丁寧にお願いしたのにこれはひどい。
 絶野の時は、そうか。
 出た先でトアの妹、リノンを拾ったんだっけ。
 それから襲撃とか、色々あったな。
 あ、そうか。
 今回もリノンみたいに誰かを拾えばいいのか。
 誰かトラブって落ちてますように。 





◇◆◇◆◇◆◇◆





「あれですかな」

「なんですかな、巴さん」

 呆れたように呟く巴に、僕はそう返した。

「宿を取る、飯に出る。この二つは若にとって何か事を起こすフラグというヤツなんでしょうかな」

「人聞きが悪いな。事を起こすというか、事が起きるというか。何にしても僕がやらかした訳じゃないだろ」

 こっそり願ってはいたけど。

「若様、若様」

 澪が耳元で囁く。

「何、澪」

「今回のコレは、見なかった事にしません? こっそり通りの脇に避けておけば、きっと他の誰かが何とかします」

「珍しく気が合うな、澪。若、今回はそれでよいかと儂も思いますがどうでしょう」

「……お前らね、どんだけ早く戻りたいんだよ」

『一刻も早くです!』

 絶妙にハモった。
 夕食で味噌仕立ての鍋らしき名物を頂いた後。
 美味かった、ああ美味かったと月並みな感想を口にしつつ僕ら三人は宿への帰路についていた。
 ミズハは結構治安が良いらしく夜でも人通りがそれなりにあったんだけど、一本二本と細い方に道を変えればそこはそれ、危険な空気も漂ってくる。
 巴と澪は早く宿に戻りたいらしく、明らかに近道できそうな道に足を進めた訳だ。
 僕ジャナイヨ?
 巴と澪がそう言い出したんだからね?
 で、即エンカウントと。
 はっはっは。
 そこにはおもちゃみたいな剣を持つ子どもと、数人の大人が対峙していた。
 子どもが持つ剣にはいっちょ前に魔力の光が宿っている。
 どれほどの効果があるのか知らないけど、暗闇で自分の居場所を照らしてしまうのはどうかと思うな。
 それが有利に働く事が絶対ないともいわないけど。

「これが酔っ払い同士の喧嘩ならともかく、見ただけで犯罪の臭いがするだろ?」

「むしろ良からぬ行いの臭いしかしませんが……ああ、何故儂はあそこでほんの数分を我慢できんかったのか」

「よく見れば子どもの方はエルフに見えなくもないかもしれないとも言い切れないかも……はぁ、確かに露天風呂は逃げませんものね。あれですね、慌てる乞食は貰いが少ない、でしたっけ?」

「そんなところかのう……しかし、あの連中も随分とのんびりしている様ですが、さてさて……」

 やる気ないな、二人とも。
 澪はもう何を言っているのはわからない位落胆してるし。
 巴も全身から面倒臭いとオーラを出している。
 だが助ける。
 むしろそこの子、僕を救ってくれ、いろんな意味で。
 けど確かに。
 巴の言う通り、何というかのんびりした襲撃者だな。
 こっちにも気付いてないみたいだ。

「姫様、どうかお戻り下さい! 何かお考えの事がございましたらお命じ頂ければただちに――」

「五月蠅い五月蠅い! 私自らが赴き検地を監督するのです! 人を雇う金も個人的に出すのです! 心配はいらぬのです!」

 ですです、五月蠅い子だな。
 にしても検地? それとも見地?
 後者ならともかく前者は子どもに出来る事じゃないよな。
 それに……姫様?
 リノンと同じようなのが落ちてたと思ったけど……ちょっと、いや随分状況が違いそうな気がしてきたような……。

「姫様の身に万一の事あらばこのショウゲツ、旦那様にどのようにお詫びをすれば――」

「お父様なら大好きな若葉饅頭でも上げておけば私の事なんて気にしないのです!!」

「っ、それはあんまりなお言葉! 姫様!!」

 ……前言撤回。
 よく観察すると大人の方は男女混成。
 一応剣を抜いてるのもいるけど、片刃の剣を刃を子どもに向けないようにしてる。
 で、子どもの方は魔力の宿った剣を抜いて振り回しては大人達を牽制。
 うん、関わりたくないヤツだ、これ。

「……」

「良からぬ臭いも消えたようだし、微笑ましい見世物だったって事で帰ろうか」

 あれに巻き込まれるなら混浴のがマシだと僕の直感が言っている。

「……」

 しかし無言の巴はいそいそ帰ろうとしてくれた澪と違ってその場を動かない。
 動いてくれない。
 というかニンマリし始めた。
 あ、こいつ記憶読んだな。

「ともあれ! そのようなものを振り回されても退けません! アカシ、ユヅキ。力尽くでも姫をカンナオイまで連れ帰る。お怪我はさせるでないぞ!」

「御意!」

「承知致しました!」

 何か、内の巴と澪みたいだな。
 アカシとユヅキ、二人の女性が子どもに向けて駆け出す。
 無力化はしても怪我はさせないようだし、明らかに犯罪でもなさそうだ。
 放置放置が最良ですよっと。

「あいや、待たれい!!」

 はい!?
 うお、巴がいねえ!?
 隣を見たらもうそこには巴の姿がない。
 さっきカンナオイとか、この国での一番の長期滞在先になりそうな街の名前まで聞こえたからより一層のスルー安定だったのに。

「がっ!?」

「か、っはぁ!」

 ノー!
 アカシさんとユヅキさんが子どもの手前で崩れ落ちた!
 と・も・えだー!
 ふわりと。
 足下に柔らかな暖気が届く。
 予想通りというか、何というか。
 ぼんやり光る剣を持つ姫様の前に二刀の大きい方を抜き放った巴の姿。
 以前指摘するまでは巴は結構脇差しの方、白藤を多用していた。
 が、脇差しの持つ意味の一端だとかを話した後は、大きい方、八重黒龍を良く抜くようになった。
 まあどちらにしても素手で大概何とかなるヤツだから余程抜くこともない。
 なのに今回わざわざ抜いた。
 あの剣は太古の山火事を真っ正面から受け止めて耐えきったとかいう不思議樹木が芯に使われているドワーフ仕様の刀。
 金属より硬く、鍛えられる上に山火事に負けない木とか何一つ理解不能な素材だと思う。
 白藤と対になるよう火属性の刀。

「幼子一人を大勢で囲むなぞ、それが大人のする事か! 恥を知れ!」

 ……状況を聞いていた癖に何という言いぐさ。

「大丈夫か、幼子。もう安心じゃ、儂が守ってやろう」

「待て待て待て! 事情がある、子細は申せぬが、事情がある! 決してその御方を傷付けようなどとは――」

「武器を抜き、多勢をもって子を脅す者の言葉など聞くに値せん!」

 ……ショウゲツさんって人。
 最後まで話をさせてもらえない星の下に生まれたんじゃなかろうか。
 泣ける。
 あ、駄目だ。
 黒目が上にいく。
 つまり白目な気分。
 巴が刀を一閃する。
 生じた熱波がショウゲツさん達を後ろの方の建物まで吹っ飛ばした。
 突然の事にまともな悲鳴一つない。
 ああ、辛うじて炭にする程の悪行には手を染めなかったか。
 その気なら奥に見える僕らの泊まってる宿まで灰になってるだろうしな。
 あいつもそこまではやらなかったようだ。

「怪我はないか?」

「……」

「はて、幼子よ。どこか」

「凄い……凄いのです! まるで伝説の剣豪イオリのような強さなのです!!」

「お、剣豪。良い響きの言葉じゃの」

「あ、でも爺……いえいえ! あの無頼の者ども、大丈夫でしょうか」

「無論、峰打ちじゃ」

「うわあ……!」

 引いてる方じゃなくて感動してる方のうわあ、来ました。
 ここからでも子どもの目がキラキラしてるのがわかる。
 しかし巴、打撲と火傷は結構なもんだと思うけど、峰打ちでいいのか?
 アカシさんとユヅキさんもそこそこの負傷だよ?
 ……まあ巴の事だ。
 峰打ちは無外流仕様だとでも言い出すだけか。
 腱を斬って峰打ちってのも、とんだ戦国仕様だと思う。
 死んでないって点では加減はされてるけどさ。

「若様……」

「ああ、宿に戻ろっか」

 澪が僕の服の端っこを摘まんでた。
 何かを訴えるような目の内容を読んで答える。
 多分あの子も一緒にだろうけど。

「良かった、お風呂は無しになるかと思っていました。お背中お背中♪」

 ……あれ?
 寒いから早く帰りましょう、じゃなかったの?

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