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ナツミズム

持ち物はキャリーケースひとつに収まるだけのミニマリスト。女子ながらApple製品・スマホ・ガジェットなどのデジタルモノ好き。



「とりあえず3年」に価値はある?そこに価値生み出せるかは自分次第

オピニオン 社会人

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今の会社に入社して4年が経とうとしている。

入社したら「とりあえず3年」というふうに聞くし、なんとなく入社時そんなふうに考えちゃいますよね。私も後輩には何度もそう言ってきています。

 

「とりあえず3年」には賛否両論の意見があるけれど、私は賛成派。

  

毎日「辞めたい」と思いながら働いていた

春に今の会社を退職します。

今から分かりきっているんですけど、絶対辞めたことを後悔する時がきます。

大卒の学歴のない私がここまで這い上がれたのは今の会社のおかげ。 今の会社での職歴はこれからの私にとってプラスにしかならない。

今の会社にいればこれからもっと成長できるし、頑張ればもっと上に行ける。

引用:夢を追いかけるのに、誰かの反対を真に受ける必要なんてない。 - ナツミズム 

以前こんな文章を書きました。こんな文章を書くんだから会社のことが大好きなんだなって思われたかもしれない。

しかしこんなこと書いておきながらなんですけど、私は会社のことがどうしても好きになれません。

いい会社だと言っているけど、それは客観的に考えた時やっとそう思えるだけであって普段はそんなこと全然考えられません。なんだこの会社!と思っていつも働いている。

 

 

社会人3年目はほぼ毎日辞めたいと思っていました。

与えられた立場にプレッシャーを感じながら毎日本当に大変で、だけど立ち止まれない状況だったから「もし失敗するようなことがあれば会社辞めます」とか上司にいっちょまえな事言って自ら逃げ場をなくしたり。

同じ仕事を任された同期とはほぼ毎日仕事中にも関わらず喧嘩して、揃って上司に呼び出される事も度々。

 

毎日仕事が嫌だった。だけどそれでも1回も「辞めたい」とは口に出さなかったし、会社を休んだりも絶対しなかった。

なんかもう意地でした。なんとかしてやるって。

この頃1回だけ、熱が40度近くある中働いたんですよ。会社に「熱があっても出勤しろ」と言われたわけじゃなく、熱があることに気づかなくて!(笑)

それくらい必死で、こんなに必死に働いてても上手くいかない自分が嫌いで、喧嘩ばかりだったはずの同期なのによく愚痴をこぼしてました。

 

それでも得られたものってなんだろう

「辞めたい」と思いながらでもここまで続けてきた。すごく大変でしたが、いい意味でも悪い意味でも「社会」を知れました。 

学んだことはあげだすとキリがないくらいたくさんあって、本当に詰め込まれた感があります。

例えば社会人の常識である敬語やあいさつから、飲み会の席でのビールの注ぎ方とかね。あと女性特有のドロドロした世界もドン引きするくらい見てきました。(社会ってゲスい!ちなみに女性だけじゃなく男性もゲスい←)

よくパンクしなかったなって思うくらい。

  

社会人3年目の毎日辛かった時のことは、ただただ「耐えてよかった」と思っています。

「耐えることができる力」はきっと今後の強みになります。

そしてその頃喧嘩ばかりしていた同期とは、それがあったからこそ本気でぶつかり合えるようになりました。社内で一番大事な存在です。

 

辞めたいと思いながらも働くことは無駄なのか?

間違いなく無駄じゃない。必ず意味はある。

社会は強いものが残る世界ではない。耐えたものが強くなる世界。

社会は全然楽しいだけじゃない苦しいことがたくさんある場所だけど、苦しみながらもそれに耐えることによって確実に強くなれるのです。

 

「よかった」と思う事は、実際その時そう思えることももちろんあります。

だけどそれよりも、その時は「よかった」と思えなかった苦い思い出が後になってようやく「よかった」と思えるようになる事の方が圧倒的に多いと思うんです。

頑張っているからこそそう思うことができます。耐えることは間違いなく意味があるんです。

 

辞めたいと思ったらすぐ辞めな!とか言う人もたくさんいるけれど、もっとしっかり考えるべき。 

自分には合わなかったって考えることは楽だけど、それは逃げでもあることをしっかり知っておかないと甘い自分を許すだけの何も出来ない弱虫な人間になってしまいます。

そんな人間になりたいの?

耐えることはこの先どんなことをするにしても絶対に必要になります。何かある度に毎回逃げれるわけがない。

 

今ここにきて、やっと「とりあえず3年」の意味を見つけた

社会人なってからの3年間に意味があるかないかっていうのは、大学生活が意味のある時間だったかっていうのと同じ。

自分が何をどれだけ学べたかということ。待っているだけでは何も学べない。

ただただ過ぎた時間だったならただの無駄でしかないけれど、一生懸命頑張って苦しいながらも耐えて得たものがあるならばそれは「経験」として立派な強みになる。

 

何度も言うけど、今の会社に入って本当に辛いことがたくさんあって大変だった。これが社会なんだと身にしみて感じました。

だけど私はしっかり前を向いていた。必死に頑張ってきた。

もうすぐ私は今の会社を退職することになりますが、その瞬間まで大変な思いをするんだろうし会社への不満も消えないと思う。

だけどやっと耐えることから解放されるのに、私はきっと感謝の気持ちでいっぱいで泣きながら離れることになるでしょう。

辛いことがいっぱいあったけど辛かったとことも私にとってはいい経験なんです。

 

まとめ 

「とりあえず3年」に意味があったのか、価値があったのかを知ることができるのは3年経ってから。

3年という長い時間に「とりあえず3年頑張った方がいいのかな?」と迷っているとするならその時間は究極に無駄です。そんなこと考えるなら会社で成長する自分の姿を想像して、とにかく前を向いて頑張るしかない。

その3年に価値を生み出せるのも、棒に振るのも自分次第。

 

迷うな!努力した分必ず得られるものがある。

迷ってなんかいないで、がむしゃらに頑張って3年後の成長したかっこいい自分に会いに行くしかないでしょ!