妻と娘2人失い苦悩続く 公判見通し立たず
埼玉県熊谷市で昨年9月に6人が殺害された事件で、妻の加藤美和子さん(当時41歳)と娘2人を同時に失った夫(43)が毎日新聞などの取材に応じ、悲痛な胸のうちを明かした。「家族のことをいつも考えていたいが、思い出すとつらい」。妻子が事件に巻き込まれてから16日で半年。夫は今も、終わりのない苦悩の中にいる。
今月11日、夫は生前の美和子さんとの約束を果たすため、市内の映画館に出掛けた。鑑賞したのは、妻が見たがっていた「信長協奏曲(コンツェルト)」。位牌(いはい)を手にスクリーンを眺めると、妻と一緒にいるような気がした。
しかし、殺害シーンになると、半年前の出来事がフラッシュバックした。「妻と娘たちは、怖い思いをしたんだろうな」。登場人物が別れるシーンには「自分ももう家族には会えない」と悲しみがこみ上げてきた。
亡くなった長女美咲さん(当時10歳)と次女春花さん(同7歳)とも、何度か映画を見た。最後に一緒に楽しんだのはアニメの「アナと雪の女王」。今でもテレビなどでテーマ曲が流れると、楽しかった思い出が頭に浮かび「これから一人で生きていくと思うと、先が見えない」とふさぎ込んでしまう。
事件は昨年9月14〜16日、市内の民家3軒で相次いで発生した。県警は16日午後5時半ごろ、加藤さん方の2階の窓から飛び降りたペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン容疑者(30)=殺人容疑などで逮捕=の身柄を確保したが、直後に室内から母子3人の遺体が見つかった。夫は当時、仕事で外出中だった。
事件後は自宅をそのままにして別の場所で生活しているが、孤独への恐怖と不眠などに悩まされ、現在も職場復帰できず休職中だ。時折4人で暮らした自宅に戻って遺品を整理しようとするが、手につかないという。「ここで(3人が)痛い思いをしたのかな」と思うと、胸が押しつぶされそうになるからだ。
事件直前、県警熊谷署がナカダ容疑者を任意聴取していながら逃走されたこと、同容疑者の住居侵入を地域住民に知らせていなかったことが、事件後に問題になった。夫は、県警が6人もの犠牲者を出した事件で対応にミスがあったと認めないまま、県内自治体との防犯協定締結を進めていることに違和感を覚えている。「県警からは謝罪もない。本当にこれで再発防止できるのか」
ナカダ容疑者の事件当時の精神状態を調べるため昨年12月に始まった鑑定留置は今月7日、5月13日まで約2カ月間延長されることになった。同容疑者を起訴するかどうかのさいたま地検の判断は先送りされ、公判開始の見通しは立たないが、「家族のため、裁判に向けてしっかり頑張る」と語った。【遠藤大志】