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100万人を虐殺した3万人が、もうすぐ社会に戻ってくる 死刑を廃止した国で「和解」は実現するのか?(上)
From Aeon(USA) イーオン Text by Kenneth Miller
犠牲者の数、80万人から100万人。1994年、人類史最大の虐殺行為のひとつが遂行されたルワンダ。だがいま、この国は死刑を廃止し、虐殺の実行者たちを刑務所から社会に復帰させようとしている。その数、およそ3万人――。
想像を絶する規模の「和解」は果たして可能なのか。だが、囚人たちに向き合うためにこの地を訪れたソーシャルワーカーには、ある「策」があった。随行記者によるロング・ルポルタージュを掲載する。
虐殺者たちの「心のケア」
ガサボ刑務所の集会所は広々としている。何百人も収容可能なこの建物はレンガの壁で囲まれ、屋根は金属製、窓につけられた鉄格子の隙間からは緑の丘が見える。
しかし、5月のある午後、そこには虐殺の罪に問われた20人の囚人と、私を含めた数人の訪問者しかいなかった。みんなで輪になって椅子やベンチに座る。囚人の頭は刈りこまれ、その黒々とした肌は、着ているピンクやオレンジの囚人服とくっきりと対照をなしている。
私は隣に座っていたしわだらけの老囚人を見ながらこんなことを思っていた。
いったい何人を、どんな武器で、どれほどの憎悪で、彼は殺したのだろう――。
ガサボ刑務所には約5000人の囚人がいる。彼らの約半数が、あの恐ろしい民族浄化、ホロコーストにかかわる罪で投獄されているのだ。
1994年4月、ルワンダの多数派民族フツ族の指導者が部下に「少数派のツチ族を根絶やしにせよ」と命じた。
この指令の実行には、軍や警察、政府の支持を受けた民兵、そして多くの一般市民が加わった。虐殺には銃や手榴弾が使われることもあったが、鉈や釘の刺さった棍棒がよく用いられた。
3ヵ月後、ツチ族主導の反政府勢力、ルワンダ愛国戦線(RPF)が政権を握るまで、惨劇が終わることはなかった。
この間、80万人から100万におよぶ人々が虐殺されたと推定される。
新政府は13万人を逮捕したが、このうち約3万人はまだ収監されている。私の横に座っているこの男と同様、囚人のほとんどの刑期が15~20年である。つまり、まもなく釈放されるのだ。
囚人の大規模な釈放はこれが初めてではない。刑務所の混雑を緩和するため、2003~07年にかけて大量の囚人が釈放された。つまり、虐殺歴を持つ人間はすでに社会へと戻っている。
しかし、現在も収監されている者たちは、より残虐な罪を犯し、裁判でも罪を認めようとしなかったために長期の刑を言い渡された人間である。現在のルワンダ人がいう「ジェノサイド・イデオロギー」に強く傾倒していた彼らは、投獄されている間に、抜本的に変化した社会へと戻っていくことになる。
過去20年で、1000万人の人口を抱えるこのルワンダ共和国は、経済成長、医療や教育水準の向上、民族差別の厳格な禁止などにより、着実に国家再興への道を歩んできた。
それなのに、今になって重い罪を犯した囚人たちを釈放することで、また混乱の日々が戻ってくる恐れがあるのだ。あるルワンダ在住のビジネスマンは私にこう語った。
「私たち市民はみんな懸念しています。懸念せざるをえません」
現在、囚人たちは市民として生活するための教育プログラムの受講を義務づけられ、職業訓練なども受けられる。
だが、彼らの「心」に対する対策はほとんど施されていない。ルワンダは依然として貧しい国だ。囚人に質素な食事を出すのが精一杯で、とても丁寧なカウンセリングする余裕などない。
また、ルワンダ人は他人と話さずに一人で物事を決めるのを良しとする文化を持つ。「ルワンダ人は語らず」という格言は、国のどの地域でも通じるほどだ。
いちおうは臨床心理士スタッフのケアが受けられ、ソーシャルワーカーの訪問もあるとはいえ、誰も悩みや苦しみを打ち明けようとはしない。そもそも親密な友人にさえ話さないのだから、当然である。
今日は52歳の米国人ソーシャルワーカー、ジャレド・ザイデが「囚人たちと打ち解ける」試みを始めた。彼は囚人たちと握手し、日本風らしいおじぎをしてみせた。空気が柔らかくなったところで、彼は自己紹介を始めた。
「私は米国の多くの刑務所で活動しています。我々は囚人の人たちがともに分かち合い、互いに自分のことを話し合えるような方法を作り出せるよう努力しています。一人一人に耳を傾け、自分にとっての生きがいを伝えてもらう活動を行っているのです。この活動を私たちは『対話の輪』と呼んでいます」
ザイデはロサンゼルスを拠点とする非営利団体「センター・フォー・カウンシル」の所長である。センター・フォー・カウンシルが力を入れている「対話の輪」は、もともとはアボリジニ(オーストラリア原住民)の社会で対立を解消し、共同で意思決定をするために用いられたものだ。
基本はいたって単純である。参加者は輪になって座り、「トーキング・ピース」と呼ばれる、お題となる物を相手に手渡し、渡された者はそれについてじっくりと考える。それから、思いついたことを交互に口にしていく。このような対話は、ハワイでは「ホ・オポノポノ」、ジンバブエでは「ダレ」として知られている。
このコミュニケーションでは、深く他者の話を聞くことで、人はやがて共感を持つようになる。一方、他者に自分の話を聞いてもらうことで、自己に対する認識が深まるようになる。
そして、宗教や文化的アイデンティティに関係なく、こうした形の「神聖な空間」に集まることで、そこにいなければ見出せなかったような観点から自らを開放するのだ。
ロサンゼルスでは1992年に大暴動が起きたが、その後、何十もの学校が人種間の亀裂を埋めるためにこの集団対話を採用した。また、企業は社員を結束させる手段として活用しており、中東和平に携わる団体も、イスラエル人とパレスチナ人との理解を深めるために用いている。
さらに最近では、米国のカリフォルニア刑務所においても広まってきているのだ。
かつて、ベルギーに支配される前のルワンダにも「イビタラモ」という輪になってコミュニケーションを行う特有の文化があったという。
だから、虐殺という許し難い罪を犯し、今なお収監中の囚人を更生させるための有効な手段として、ルワンダ政府は集団対話に期待を寄せているのだ。
だが、虐殺を実行した囚人たちの罪は重すぎる。カリフォルニア式のコミュニケーションは、本当にルワンダの囚人たちへ効果をもたらすのだろうか?
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