『いつ恋』大評判、低迷フジに復活の兆し 〜連ドラ“勝利の方程式”を捨てた勇気

2016年03月26日(土) 高堀 冬彦
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日テレとの激しい首位争いが契機

「1つのドラマで局全体の変化を語るのはオーバー」と思う人もいるだろうが、日本テレビの90年代からの台頭もバラエティー番組『マジカル頭脳パワー!!』(91年)が旋風を巻き起こしたことから始まった。局内に活気が生まれ、ほかのスタッフも刺激を受けた。

そもそもテレビの主戦場であるプライムタイム(午後7時~同11時)は週に28時間しかない。それ以上“売り場面積”は広げられない。1時間の番組が局全体のムードを変えるのはよくあることなのだ。それは過去の歴史でも証明されている。

振り返ると、80年代のフジ黄金期も「マイナス要素の掛け算」によって生まれた。たとえば、『笑っていいとも!』(82年~2014年)のタモリ(70)が昼向きのキャラクターだとは誰も思わなかった。スタッフも子会社出身のアウトサイダーが大半。タモリ自身、放送開始前は「3ヵ月で終わる」と信じて疑わなかったが、結果は大成功を収めた。

『北の国から』(81年~2002年)も同じ。都会暮らしを否定するような作品だったが、放送開始当時はバブル前夜で、東京への一極集中が加速しており、時代に逆行していた。田中邦衛(83)ら出演陣も華やかとは言いがたかった。誰もが知る名作だが、「プラス要素の足し算」方式では制作に踏み切れなかったことだろう。

なぜ、プラス要素の足し算が始まったのかというと、90年代前半から始まった日テレとの激しい首位争いが背景にあるのではないか。いつの間にか日テレに勝つことが目的化していた気がする。勝敗を最重要視したため、革新や冒険を避けるようになっていた気がする。破壊者から遠ざかってしまったのではないか。

勝ち負けに拘ったので、売れっ子の俳優や人気脚本家ばかりドラマに起用するようになり、過去のヒット作の続編、続々編も多くなった。その結果、局のイメージが保守的になる一方、バラエティーも含めて斬新な企画が生まれにくくなった気がする。

競争相手だった日テレにもフジとの勝ち負けを重視する空気が一時期あった。それによって世間を揺るがす事件まで起きた。バラエティー番組のプロデューサーが、視聴率を計るサンプル世帯を探し出し、自分の番組を見るよう依頼したのだ。いわゆる「視聴率買収事件」(2003年)である。

本人は懲戒免職。首脳陣の一部も引責辞任。社内は揺れに揺れた。その後はスタッフが萎縮したためか、翌2004年から7年間、トップの座をフジに奪われ続けた。

だが、結果的にこの負けが日テレにとっては良かったようだ。現在は露骨に視聴率獲得を目指すような番組が見当たらない。二番煎じの連ドラやバラエティー番組もない。また、合格水準の視聴率を得ている番組であろうが、将来性がないと判断するや、躊躇せず打ち切るようになった。これも勝ち負けを最重要視しなくなった表れだろう。

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