ア・ロング・バケイション大滝詠一

TAP the SONG

何も言わずに待ってくれた大滝詠一に「君は天然色」を書いて応えた松本隆

2016.03.25

1985年の11月から12月にかけて松本隆は朝日新聞の夕刊で、週1回の『新友旧交』というコラムを8週にわたって書いていた。

そのときに「待ってくれた大滝」と題して、アルバム『A LONG VACATION(ロング・ヴァケイション)』が誕生したときの経緯を明かしている。

大滝詠一について語ろうとすると、もう十数年のつきあいになるのに、彼のことを何も知らないような気がしてくる。
そういえば彼から家族のこととか、身の回りの雑事について聞いたことが無い。仕事以外のプライベートなことに関して口が重いのかもしれない。
一度だけ彼がぼくの家を訪ねてくれたことがある。
「今度作るアルバムは売れるものにしたいんだ。だから詩は松本に頼もうと思ってね」
「よろこんで協力させてもらうよ」
後にミリオン・セラーになった『ア・ロング・ヴァケーション』は、こんな会話から生まれた。
(「待ってくれた大滝」朝日新聞1985年12月18日夕刊(「新友・旧交」欄)


『ロング・ヴァケイション』は当初6枚のシングル盤をセットにした企画で、大瀧の誕生日である1980年7月28日と発売日が決まっていた。
ところが制作が順調に進んで歌入れが始まろうとしていた時期に、病弱だった松本の妹が心臓の発作で倒れるという出来事が起こった。
それは当時の大平首相が倒れた翌日のことで、偶然にも同じ病院の隣の病室に松本の妹は入院した。

大瀧から作詞の依頼を受けていた松本は急な事情を説明し、他の作詞家を探すようにと電話で連絡を入れた。
しかし、大瀧はこう応えたという。

「いいよ、おれのアルバムなんていつでも出せるんだから。
発売は半年延ばすから、ゆっくり看病してあげなよ。
今度のは松本の詩じゃなきゃ意味が無いんだ。
書けるようになるまで気長に待つさ」


それから数日後、松本の妹は息をひきとった。
妹の最期を病院で看取った後に歩いた渋谷の街が、松本には目の前が色を失ってモノクロームのように見えたという。

精神的なショックから立ち直るまでには、それから3か月ほどの時間がかかった。

その間、彼は何も言わずに待ってくれた。
あのアルバムの中の詩に人の心を打つ何かがあったとしたら、明るくポップなプールのジャケットの裏に、透明な哀しみと、それを支えてくれた友情が流れていたからだと思う。


大滝詠一の『ロング・ヴァケイション』は予定より8か月も遅れて、1981年3月21日にCBSソニー移籍第1弾として発売された。
アルバムの1曲目を飾ったのはゴージャスではなやいだサウンド、明るいポップスそのものという印象の「君は天然色」だ。

大瀧詠一 君は天然色

大瀧は「君は天然色」について、後にこう回顧している

この「天然色」の成功がなかりせば、『ロング・バケーション』 も、このCBSソニー時代も、輝かしいものにはならなかったであろうことを考えると、この曲には特別な感慨があります。


目の前が色を失って灰のように見えた世界から、松本が立ち直るきっかけとなったのが「君は天然色」である。
この歌詞には松本からの、亡くなった妹への祈りが込められているようだ。

モノクロームの世界から輝かしい天然色の世界へ戻してくれたのは、麗しの Color Girlだった。
それを書かせてくれたのは、天国へと旅立っていった妹だったのかもしれない。

 「君は天然色」
  作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一

 くちびるつんと尖らせて 何かたくらむ表情は
 別れの気配をポケットに匿していたから
 机の端のポラロイド 写真に話しかけてたら
 過ぎ去った過去 しゃくだけど今より眩しい
 想い出はモノクローム 色を点けてくれ
 もう一度 そばに来てはなやいで
 麗しの Color Girl


かつての盟友だった松本隆と組んだという話題もあってレコード店では、永井博によるジャケットのイラストレーションを使ったポスターやPOPがディスプレイ展開された。
そして夏までベストセラーを記録し、発売から5ヶ月後にアルバム・チャートで最高2位まで上昇した。

またアルバムと同日にシングル・カットされたリード・シングルの「君は天然色」は、後にロート製薬「新・Vロート」(1982年)、キリンビバレッジ「生茶」(2004年)、アサヒビール「すらっと」(2010年)のCMソングに使用されて、21世紀にはスタンダード・ソングになった。

そして3月21日というアルバムとシングルのレコード発売日は、ナイアガラ・レーベルにとって大切な記念日になっていく。
<参照コラム・3月21日は春分の日だが、いつの頃からか音楽ファンには「大滝詠一の日」になった> 



(注)アイキャッチ画像イラスト 永井博

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