産経WEST【関西の議論】より「異常と思わないのが異常」県警本部長も絶句…なぜ? “岡山特有”の用水路転落死亡事故
“岡山県特有の事故”がようやく問題視され始めた。岡山市で総延長約4000km、倉敷市で同じく約2100kmにのぼる用水路への転落死亡事故だ。死者は平成25年に13人、27年に12人に上り、いずれも全国ワースト1位。夜間照明がないなどの危険箇所は県内421カ所に上る。事故を防止しようと、県や県警、市町村の道路管理部門の担当者ら約90人が出席する「用水路等転落事故防止対策検討会議」が初開催され、課題が明らかになってきた。
3年間で31人が死亡
「(県外出身の県警)本部長から『異常だ』『異常だと思わないのが異常だ』といわれた。よそから来られた方は『(用水路が)異常に多い。転落して亡くなるのは異常だ』と思っていることを認識してほしい」。県警交通規制課は強い調子で問題提起した。
県警交通企画課によると、用水路などへの転落事故の死亡者は平成25年、27年に全国ワースト1位となり、25年からの3年間の累計では31人に上った。
交通事故死亡者全体に占める用水路などへの転落死者数の割合は、27年は約14%で全国平均(2.4%)の約6倍だった。転落事故に占める自転車の割合も83.3%で全国平均(34.3%)の約2倍という。
街灯なし 高齢者が被害
同課は転落事故の特徴として、夜間の発生▽高齢者▽自宅の近所-の3点を挙げて、注意を喚起した。
《27年の転落事故死者12人のうち約6割(7人)が夜間の発生で、うち9割(6人)の現場に照明施設がなかった。25年からの3年間では約6割(18人)が夜間の発生、うち8割(14人)の現場には街灯などが設置されていなかった。
そして、27年の事故の5割(6人)は高齢者で、うち5割(3人)が昼間に転落。過去3年間では5割(17人)が高齢者。うち6割(11人)が昼間の転落だった。
事故の発生場所は、自宅から2km以内の割合が27年で9割(11人)。過去3年間では8割(24人)に上り、自宅から2km以内の身近な生活圏内で転落しているのがうかがえる。このうち、1km以内が27年で8人、過去3年間で18人。500m以内が27年で4人、過去3年で12人という》
同課は、転落事故対策として「危険箇所の把握や市民らに用水路などへの転落事故が多発している現状などを広報・啓発する必要がある」と話した。
岡山特有の問題
転落事故に対しては、医療の現場からも問題提起が行われた。「全国で30近い施設で勤務してきたが、こんなに用水路に落ちた人が搬送されるところで働いたのは初めてで、衝撃を受けた。他県からきた他の医師も『自分が以前いた地方ではこんなことはなかった』と話す」。会議に出席した倉敷中央病院救命救急センターの市川元啓医師は、そう語った。
「岡山特有の問題では」と感じた市川医師は、26年1月1日から12月31日までに、同病院に搬送された救急患者のうち、外科系診療科で受け付けた患者のカルテや救急搬送記録から実際に用水路に落ちた人数や重傷度を調べた。
その結果、搬送された3708人のうち、66人が用水路に転落していたことが判明。そのうち、36人(54%)の患者は帰宅が可能だったが、30人(46%)は入院が必要だった。
《入院患者のうち、他の医療機関への「即日転院」は2人、同病院への入院が28人。そのうち、15人がICU(集中治療室)に入院するほど重傷だった。同病院に入院した患者28人の半数(14人)は自宅に退院できたが、13人は自宅には帰れず、他の医療機関に転院。1人は亡くなったという。
患者の年齢分布については、平均年齢が62.4歳で高齢者が多い傾向で、66人中、60~70代が29人(44%)、80代以上が15人(23%)だった。
入院・転院患者の年齢分布は、30人中、60~70代が16人(53%)、80代以上が6人(20%)。高齢者は一度、用水路に転落してけがをすると入院を必要とする可能性が高いという。
また、岡山大学病院救急科の平成24年4月~25年8月に、用水路に転落して搬送されたのは117例に上り、うち13例がICU入院を要し、2例が死亡したとの報告も紹介した》
柵の設置に問題も
「こういった状況を放置されているのはまずい」と、市川医師は平成27年8月に倉敷市長宛てに、同センター長名義の要望書を提出したという。
市川医師は「安全対策の障壁として、柵や蓋の設置で車が通れなくなったり用水路の清掃ができなくなったりして、住民生活が不便になる箇所も多数あり、柵などを設置したのに住民の苦情で撤去した例もあると聞いている」と話した。
そして「とにかく用水路が多く、岡山市だけで約4000kmなので、すべてに安全対策をするとなると、お金がいくらあっても足りないという問題がある」と指摘した。
市川医師は「県内にずっと住んでいる人は蓋がない用水路がいっぱいあるのが異常だとは思わないが、他の地方から来た人は違和感を覚えている」という。
さらに「データがないことが一番の問題。警察には通報があった事例の情報しか集まらない」と指摘。同病院に搬送された半数近くが歩行者だったことから、消防機関と連携して県内の救急搬送になった事案の全例調査と、「用水路転落防止月間」を作って県民への危険性の啓発を提案した。
統計は氷山の一角
市川医師の指摘を受けた県警交通規制課は、転落事故で過去3年間で31人が死亡したことについて「(自転車や自動二輪が統計の対象で)歩行者は含まれておらず、氷山の一角に過ぎない」と認めた。
同課によると、県警は25年8月、小学校低学年の女児が自転車で路側帯から、転落防止対策がされていない用水路に転落して重傷を負った事故を機に、同様の事故を防ごうと危険箇所の調査を開始したという。
危険箇所とは、夜間照明がなく車道と用水路などの境界の認識が困難▽下り坂やカーブで直進すれば用水路などに転落するおそれがある▽左折直後や進路上に用水路などがあり、気付かずに転落するおそれがある-のいずれかを満たす場所という。
調査の結果、27年12月現在で、県下421カ所を発見。そのうち、安全対策が済んでいるのは172カ所(40.8%)に過ぎないという。道路管理者別の危険箇所は、岡山市(北、中、東、南の各区の合計)が182カ所で最も多く、倉敷市113カ所、真庭市19カ所などという。
同課は「マスコミに取り上げられ、非常に県民の関心も高くなっている。すべての危険箇所になんらかの対策をして頂けるように水路利用者などの調整に取り組んでほしい」と自治体関係者に要請した。
「今までここで落ちた人はいない」で放置
有識者として参加した岡山大学大学院の橋本成仁准教授は「水路利用者や管理者からは否定的な意見が出てくる。年に2、3回の掃除を盾に許可してもらえない。それは『今までここで落ちた人はいない』という過去の成功体験の裏返しだ」と指摘した。
この会議で、県は転落事故の発生状況や被害の大きさ、傾向を分析するために県下の消防署に転落事故の搬送データの提供を依頼していることを明言。「用水路転落事故は人の生命、身体に関わる大変な案件。1件でもそのような案件を減らしたい」と語った。
その後、転落事故が多発した岡山市では、28年度当初予算案で用水路対策として約2億4000万円を計上。今後、市内61カ所での転落防止柵など設置する予定という。異常事態に対して、ようやく行政も動き始めている。
(産経WESTより)