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CULTURE

外交官が明かす秘話 アメリカ人の心を震わせた日本の女子高生楽団

Text and photographs by Kimitake Nakamura
中村仁威  なかむら・きみたけ 1969年生まれ、92年外務省入省。現在、外務省国際協力局政策課長、世界吹奏楽協会第18回世界大会実行委員会参与。

ゲイブリエル大佐の指揮でリハーサル中の精華女子高校の吹奏楽団

ゲイブリエル大佐の指揮でリハーサル中の精華女子高校の吹奏楽団

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この音を米国人に、世界中の人々に聴かせたい! 高校の吹奏楽団の素晴らしい演奏に感動し、米国でのコンサートを思いついた外交官の中村仁威さんが、そのチャレンジの軌跡を振り返る。音楽の力で、国境を越えて人々の心を動かし、「世界への道」を大きく切り開いた女子高生たちの物語。

圧倒的な演奏にぶったまげた

「吹奏楽の甲子園」という催しをご存じだろうか。全国の中学・高校の吹奏楽団体が参加して演奏技術を競うコンクールで、年に一度行われる最も大きな大会であることから、高校野球の甲子園大会にちなんでそう呼ばれるようになった。

2008年10月19日、わたしはその「吹奏楽の甲子園」、正確に言えば「全日本吹奏楽コンクール 高校の部」を聴きに行った。もともと音楽が好きだったことに加え、当時、吹奏楽を始めたばかりの小学生の息子にせがまれたのだ。会場は東京・杉並の普門館(ふもんかん)という、5000人もの聴衆を収容できる巨大なホールだった。

全国各地から選ばれた楽団だけあって、若者たちの全力投球の演奏はどれも美しく、力強いものばかりだった。次から次へと聴き入って、技量に驚いたり感動したり……を繰り返していたが、さすがに息子は少し疲れてコックリコックリし始めたようだった。

そのときだった。突然響き渡った音の衝撃で、息子とわたしは飛び上がった。始まった演奏の音圧の高さと華やかさが圧倒的で、文字通りぶったまげたのだ。

「何だ、これは……」

わたしは絶句してしまった。息子も驚きのあまり目を丸くして、ぽかんとわたしの顔を覗き込んでいる。次々と湧き起こる音のうねりの中で、わたしは自分の心臓の鼓動が早まっていくのを感じていた。

ステージで一心不乱に演奏している楽団のメンバーはすべて女子で、男子はいない。こんな高校生離れしたレベルの凄い音を聴かせるなんて、どこの学校の楽団だろう?
我に返って手元のパンフレットを見ると、「精華女子高校」とあった。

この子たちをアメリカに連れていこう

彼女たちが演奏していたのは「フェスティバル・バリエーションズ」という曲だった。クロード・トーマス・スミスというアメリカの有名な作曲家の作品で、作られたのは1982年と比較的最近だが、吹奏楽を楽しむ人はおそらく全員知っている名曲だ。

ただし、知っていても演奏するのは非常に難しい曲なので、多くの人は生涯、演奏する機会がない。無理に演奏しても、普通は鑑賞に堪えないレベルのパフォーマンスにしかならない。ところが、みんなが憧れるその難曲に精華女子高校の楽団は果敢にチャレンジし、見事な音を響き渡らせていたのだ。

演奏が終わった。その途端、最高に格好良く走り抜けた55人の女子高生に、5000人の聴衆が、感嘆の声と嵐のような拍手喝采を浴びせた。

「そうだ、この子たちをアメリカへ連れて行こう」

突然、わたしの頭の中に突拍子もないアイディアが閃いた。実は当時のわたしには、アメリカの首都ワシントンDCにある日本国大使館に赴任するのでは、という話がちらほらあった。わたし自身もそれを希望していた。そこからの連想で、不意に、彼女たちの素晴らしい演奏をアメリカでも披露させたいと思ったのだ。

拍手はいつまでも鳴り止まない。周囲から「凄かったね」「感動したよ」といった声が上がっている。その中でわたしは「絶対にこの子たちの音をアメリカ人にも聴かせてやるんだ」という思いを強めていた。

もちろん、当事者や関係者の意思を聞いたわけでもなく、ひとり勝手に、である。
隣を見ると、父親が自分のアイディアと決心に興奮していることなど知らない息子が、まだ演奏からの感動が冷めやらぬ上気した面持ちのまま、小さな手でぱちぱちと拍手を続けていた。

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