フォト: Mala & Coki (Digital Mystikz)。テキサス州南東部の都市ヒューストンで開催されているパーティGritsyに出演した時のもの。2014年。
SOUND SYSTEM CULTURE
レゲエとダブステップの密接な繋がり
1950年代、カリブの移民であった"Duke Vin"ことヴィンセント・ジョージ・ホーブスが、ロンドンで初めてジャマイカ式のサウンドシステムを組み、大音量でスカや初期のレゲエを流したことで、そのカルチャーは市場で大きく発展し、現代の英国(イギリス)のダンスミュージックにとって欠かせないものとなった。その存在や功績は、広大なレゲエ・ミュージックのヒストリーの中で、今なお輝かしく語り継がれている。今回は、音楽ジャンルとして世界に広く認知されてからおよそ10年が経過した、ダブステップとレゲエの親密な繋がりをテーマに、いくつかのレーベル(プロジェクト)や曲を紹介しつつ、サウンドシステムのカルチャーについて触れてみたい。
曲: レゲエ / ダブの往年の名曲を、ダブステップのプロデューサーがアンオフィシャルでリミックス(リフィックス)し、レコードのみでリリースするというプロジェクト「War Siries」の1番。Bob Marleyの"War"と、Max Romeoの"One Step Forward"が収録されている。
1. ダブステップの誕生とそのサウンドの特質
その後、クロイドンのレコード・ショップであるBig Appleがレーベルとしてリリースを重ねたことや、英国の国営ラジオBBCで、DJジョン・ピールやメアリー・アン・ホブスがいち早くピックアップしたことで、ダブステップは音楽ジャンルとして徐々に認知・確立されてゆく。そのヒストリーについて全て触れることはできないが、ダブステップのサウンドの特色、すなわち極端に出力される低音域と、1980年代初期のルーツ・レゲエを彷彿とさせるドラムパターンや深いエフェクト処理には、当然それを鳴らしきるためのサウンド・システムと音量が、当初より必要不可欠であった。
フォト: 右からDJ Youngsta、MC Crazy D、Skepta、DJ Plastician。FWD>>が開催されていたPlastic Peopleにて。
2.サウンド・システムとダブ・プレート
現代のクラブ環境においてはこの限りではないが、元来サウンド・システムとは、ウーファーやスーパーツィーターを含んだ移動式の巨大スピーカーだけでなく、アンプやオーディオ・ミキサー、ターンテーブルや保有するレコード全てを差す言葉である。発祥の地であるジャマイカでは、曲をプレイするDJ / セレクター、曲を解説するなどしてオーディエンスを盛り上げるMC、スピーカーやアンプの状態、音量や音質を良好に保つエンジニアが一つのサウンド・クルーとして集まり、各々のショウはもちろん、レーベルを運営することで利益を得ていた。一般的にオーディオ機器が普及していなかった時代の島民にとって、ストリートで行われる彼らの大音量のショウは、音楽やレコードを鑑賞できる絶好の機会となり、そのカルチャーは時代と共に大きく発展することとなった。
1960年代以降はサウンド・システム同士の競争も過熱し、互いが持つサウンドの優劣を争う「サウンド・クラッシュ」が盛んに行われるようになる。サウンド・クラッシュとは、予め決められた同じ時間、同じラウンド数の中で、どちらのサウンドが盛り上がったのかをオーディエンスが判定するバトル形式のショウで、MCによる相手サイドへの挑発的な発言や、そのクルーだけが所有するダブ・プレートの投下によって、勝敗は大きく左右される。現在、新たなルールや形式のもと、大小さまざまなクラッシュが世界各国で開催されており、ダブステップのDJやアーティストも多く出演している。
オーディオ: 英国のリーズで開催されているパーティSub DubでのKahnとV.I.V.E.Kによるサウンド・クラッシュ。
Sub Dubを運営しているサウンド・システムはIration Steppas。
Sub Dubを運営しているサウンド・システムはIration Steppas。
インターネットが普及し、デジタルでの音楽のやり取りや購入が容易となった現代においても、サウンド・システムのカルチャーを継承するベースミュージックのシーンでは、ダブ・プレートが重要なファクターとなっている。限られたDJやプロデューサーのみにプレイすることが許された曲が、CDやデータなどのデジタル・フォーマットの場合、単に「ダブ」や「エクスクルーシヴ」と呼ばれる場合がほとんどだが、近年の目覚ましいマスタリング技術の向上や、レコード・リバイバルなどのムーブメントなども重なって、アセテートやバイナルでカットされるダブ・プレートの需要は、今なお衰えの兆しを見せていない。これには、サウンド・クラッシュのカルチャーも大きく影響している。
レゲエのサウンド・クラッシュで投下されるダブ・プレートの素材、アセテート盤と呼ばれるオーディオ・ディスクは、一般の塩化ビニル(レコード)よりも低コストかつ音質面で非常に優れているが、耐久性が低く、数十回程度しか良好な音質で再生することができない。ダブ・プレートは主に、新曲の事前プロモーションや市場調査、またはクラッシュで勝利するための"武器"としてカットされている。その円盤に刻まれるのは、リリースされていない音源や、一般には入手することのできないリミックス(バージョン)、新たなボーカルを特別に録音し、既存のリディムに乗せたものなど様々だ。「スペシャル」とも呼ばれるそのチューンの数々は、後に正式なリリースとして世に送り出されるものもある。
ダブ・プレートがカットされ、DJがいち早くクラッシュやナイトクラブ、ラジオでプレイし、それらがリリースされる頃には、既に最先端で別のスペシャルがオーディエンスを熱狂させている、というレゲエとサウンド・システムのカルチャーが生み出したサイクルは、現代のベースミュージックのシーンでも、その魅力の一部として受け継がれているのだ。
フォト: マスタリングスタジオ「Black Belt Mastering」社が保有するカッティング・マシン。黒く輝く円盤は10インチ・サイズのアセテート・ディスク。
3. レゲエのダブステップ・リミックスとリフィックス
リミックス(Remix)とリフィックス(Refix)の違いについても少し触れておきたい。一般的に、リミックスとは原曲のボーカルや音色、メロディなどを元に、全く新しいビートやドラムパターン、ベースラインやシンセなどを制作者が独自に組み替え、イメージとは異なった曲調に再構築することを言う。従って、原曲のBPMや音楽ジャンルに左右されず、自由度が高い。対してリフィックスは、マッシュアップやエディットと呼ばれる手法にも近く、原曲のイメージや構成を可能な限り崩さないまま、ベースをブーストさせたり、BPMに合わせたドラムトラックに差し替えたりしたバージョンのことを指す。厳密には異なるが、音楽手法としての「ダブ」の要素も含まれている。
最終的に制作者がどのような表記をするかだが、アンオフィシャルのものは単純に原曲のアーティスト名などを表記せず、それを匂わせるような曲名を用いてリミックス / リフィックスだということをリスナーやDJに気付かせる、といったパターンも多い。
オーディオ: SkreamがRinseのミックスCDシリーズの第2弾で使用した、Kultureの「Steppin' Outta Babylon」。
Ghetto Knowledgeというレーベルの1番としてリリースされ、「Babylon」の表記で収録されている。アンオフィシャルのリミックス。
同じリミックスでも、違ったパターンのものも存在する。Digital MystikzのMalaが主宰するレコード・レーベルDEEP MEDi MUSIK(ディープ・メディ・ミュージック)より、日本人プロデューサーGOTH-TRAD(ゴス・トラッド)がリリースした「Babylon Fall」というEPは、ダブステップのクラシックとして名高い作品だが、元々は、GOTH-TRADが所属していたダブ・バンドREBEL FAMILIAと、現代に生きる伝説のレゲエ・シンガーMax Romeo(マックス・ロメオ)との共作で、同タイトルの音源は2006年に既にリリースされている。この原曲を、ソロのDJやライブでプレイするために、自身でリミックスを制作。数年間エクスクルーシヴだったものが、Max Romeo本人の許可を得て、正式な音源として2011年に世に送り出されることとなった。曲名にリミックスの表記はなく、GOTH-TRAD feat. Max Romeo - Babylon Fall、とクレジットされている。
また、ベースミュージックの特別なバージョンの一つとして、原曲を制作したアーティスト本人が、それを再構築したもの、通称VIP(ヴィーアイピー: Variation In Productionの略)ミックスと呼ばれるものも存在する。ダブ・プレートと同じく強力な武器の一つで、通常、限られたDJとプロデューサーにしか渡ることがなく、リリースされることは少ない。ブリストルのKahn(カーン)が、ジャマイカのボーカリストRanking Toyanのライブ音源の声をサンプリングして生み出したアンセム・チューン「Dread」は、複数パターンのVIPミックスが制作されていることでも有名だ。
オーディオ: フルアルバム「NEW EPOCH」にも収録されたGOTH-TRAD名曲「Babylon Fall」
4. 新たなダブステップの形: サウンド・システム・ミュージック
これまで触れてきたように、レゲエのカルチャーとダブステップは密接な繋がりを持って、互いに影響し合い、今なお成長を続けている。その脈動を網羅することは難しく、1978年に設立されたUKのレゲエ・レーベル、Greensleeves Recordsがリリースしたコンピレーション、「Greensleeves Dubstep」や、ポーランドのプロデューサー、Radikal Guru(ラディカル・グル)ことMateusz Millerを輩出したレーベルMoonshine Recordings、ハンガリーのプロデューサーDJ Madd(ディージェイ・マッド)が運営するRoots & Futureや、そのサイド・プロジェクトである1DROP(ワン・ドロップ)など、ここでは貢献してきた動きの一部だけを紹介するのみとなってしまうが、この記事の読者がサウンドのルーツを知ることで、ダブステップやレゲエに興味を持って頂ければ、筆者としてこれ以上の喜びはない。
締めの文章になってしまったが、もう暫くお付き合い頂きたい。"今なお成長を続けている"、というのは、曖昧にするための決まり文句ではなく、特にこの数年で頭角を表してきた、新たなダブステップの形、通称「サウンド・システム・ミュージック」の事を指している。単にシステムとも呼ばれるそのサウンドが生まれたのは、ロンドンのプロデューサーV.I.V.E.K(ヴィヴェック)が立ち上げたレーベル、SYSTEM MUSICの作品やパーティのコンセプトに起因するところが大きい。
人間の低音の可聴域は20hzが限界(20hzはもはや音ではなく振動として鼓膜に伝わる音の限界ライン)と言われているが、SYSTEM MUSICの作品の多くは、一般的な音楽ではほぼ不要とされているか、意図的にカットされている30hz~50hz付近の深い音域までベースラインを組み入れ、レコードに収録しているため、完璧にその「揺れ」を鳴らすには、性能の高いウーファーを備えたサウンド・システムが必要となる。言い換えれば、サウンド・システムを組んだパーティでなければ、真の姿が現れない音楽、ということだ。
フォト: 不定期で開催されているパーティSYSTEMのDJブース。2周年の時に撮影されたもの。サウンドシステムの反響音によるターンテーブルのハウリングを防ぐため、ケースの上に石版を重ねている。あまりの音量と低音による揺れで、天井から埃や見知らぬ素材が降ってくるのは、もはや毎回のお楽しみとなっているそうだ。
その関係性の深さから、サウンド・システム・ミュージックとダブステップは明確に線引されていないが、現在レコードでリリースされている作品は、サウンド・システムで鳴らすことを意図して制作されているものが多い。SYSTEM MUSICをはじめ、J:Kenzoが主催するバイナル・オンリーのレーベルLion Charge Recordings(ライオン・チャージ)やArtikal Music UK(アーティカル・ミュージック)、アメリカを拠点とするKruskのレーベルInnamind Recordings(イナマインド)などが、その主流となってムーブメントを起こしている。ここでも、レゲエとサウンド・システムのカルチャーが深く関わっているということは、もはや言うまでもないだろう。可能であれば、国内でも開催されているベースミュージックのパーティで、是非ともその「音」を体験してもらいたい。
最後に、この記事を読んで頂いた全ての方と、日頃よりサポートをしてくれているプロデューサー、オーガナイザー、レーベルオーナー、エンジニア、そしてリアルタイムで筆者を魅了してやまないダブステップとレゲエのカルチャーに大きな感謝を述べたい。例え僅かでも、シーンに携わる一人のDJとして、ダブステップという音楽ジャンルの魅力を伝えていくことが、カルチャーを守るための貢献になればと、心から願っている。(文: NOUSLESS)
オーディオ: Swindleが来日公演でもプレイしていた、マンチェスターの若きプロデューサーCompaによるBob Marleyの名曲「Exodus」のダブ・リミックス。もちろんアンオフィシャル。レコードのみの限定枚数で販売され、即完売となった。