先週、経歴詐称で世間を騒がしたビジネスネーム「ショーン・マクアードル川上」こと、川上伸一郎さんを擁護(ようご)する声があがっている。
【茂木健一郎のオフィシャルブログ】
「世界を股にかけた年商30億円の一流コンサルタント」というふれこみだったが、現実の拠点は恵比寿の雑居ビルやらレンタルオフィス、Webサイトに「共同経営者」として紹介されていた「ジョン・G・マクガバン」なる人物たちもググって出てきたアカの他人……などなど経営コンサルタントとして完全に「アウト」の嘘が次々と露呈している。しかし、テレビやラジオで発言していた内容はしっかりとしていたし、人柄も素晴らしいのだから、ちょっとくらいの嘘は勘弁してやろうよ、みたいなことをおっしゃる方がいるのだ。
その代表が、脳科学者の茂木健一郎さんだ。
自身のブログで「お人柄や、ご発言の的確さなど、素敵だと思いました」と川上さんを絶賛したうえ、経歴詐称についても「学歴や、ハーフや、『ハーバードMBA』といったラベルをありがたがる、世間の価値基準に対する一種の『適応』だという感じ」とかばってみせたのだ。
人は信頼していた者に、「裏の顔」があることを告げられると、なかなか受け入れられない。そこで自分を納得させるため世の中や他人のせいだと考える。我が子の問題を告げられた親が、「うちの子に限って」と現実逃避して、教師やよその子に原因を求めるのはそのためだ。
そういう意味では、茂木さんのおっしゃることは心情的には理解できる。が、川上さんの「詐称」をラベル云々、適応云々という小難しい話にもっていくことにはかなり抵抗がある。
経歴や学歴を偽ることで、自分をより大きくみせ、よりよいポスト、仕事にありつこうというのは古今東西で確認されている現代社会の普遍的なインチキだ。
例えば、米国の調査会社「ハリス・ポール」によれば、履歴書のごまかしを見つけたことがあると回答した採用担当者は全体の48%。学歴詐称が一般的と回答したのは約3分の1にのぼっており、過去の職務内容や期間など経歴詐称になるともっと多かったという。
●実力があったとか、人柄が良いとかいう議論も無意味
実際に今から2年前、米ヤフーのCEOが実際に取得していなかったコンピュータ・サイエンスの学位を取ったと詐称していたことが判明してクビになった。大手健康食品会社ハーバライフの社長もMBAを取得しているとふれまわっていたが真っ赤なウソだった。「実力社会」なんていわれる米国にしてもライバルとの熾烈(しれつ)な競争で頭ひとつ飛び出るため、「学歴」や「経歴」というブランドに頼ることがある。そのため、川上さんのような「ブランディング」に走る者も少なくないのだ。彼らは単純に「成功したい」というエゴを満たすため嘘をつく。世間が求めたとか、ラベル云々など一切関係ない。
また、川上さんに経歴以上の実力があったとか、人柄が良いとかいう議論も無意味だ。基本的に経歴詐称をしてまで成功を手にしたような人というのは、「実力があって人柄もいい」と相場が決まっているからだ。
「経歴詐称」というのは、「実力ゼロ、人柄最悪」みたいな人間がおこなうことは少ない。世界的にみても、ある程度のキャリアや実力をもちながらも、そのポジションに満足できない者が手を出してしまう、「ドーピング」のようなものなのだ。
それは、お隣の韓国をみると分かりやすい。ご存じの方も多いかもしれないが、かの国は猛烈な学歴社会ということもあって、川上さんのようなインチキをする人がゴロゴロいる。
それが一気に露呈したのが2007年。「美術界のシンデレラ」なんて呼ばれていた大学教授の経歴詐称が明らかになったのをきっかけに、映画監督、女優、ラジオの人気司会者、さらには信者25万人を擁する僧侶などの経歴詐称も世に出たのだが、そこで注目すべきは、彼らのほとんどが、川上さん同様に「実力があって人柄もいい」という人だったという点だ。
例えば、人気英語講師だったイ・ジヨンさんなど川上さんと丸かぶりだ。
誰も認める語学力で、人気講師として多くの人々に英語を教えるかたわら、FMラジオ番組『グッドモーニング・ポップス」の司会を務めていたジヨンさんのプロフィールは、中学生の時に渡英し、ブライトン大学を卒業、1996年に言語学の修士課程を修了したというものだった。
しかし、現実は渡英した後、ランゲージスクールで1年間勉強し、ブライトン市の技術専門学校に1年間通ったというものだった。語学に関してはしっかりとした実力があるにもかかわらず、「講師ビジネス」の箔(はく)を付けるためついつい経歴を盛ってしまったのだ。
●経歴だけで成功をしたわけではない
そういうインチキに走ったジヨンさんだが、仕事ぶりは誠実そのもので、講義の前には徹夜で準備をして、週末には無料公開講座を開催。出席率のいい生徒にはさまざまな学習資料を追加提供するなど「営業」にも熱心だったという。カミングアウト後、ジヨンさんはこのように言っている。
「嘘で固めた学歴を実力でカバーするため、他人より一層努力した」
川上さんは2007年に『MBA講義生中継 経営戦略』(TAC出版)なる本を出している。MBAを取得していない人がMBA講義の本を出す。当然、そこには相当な努力があったはずだ。また、テレビやラジオだけではなく、多くの経営セミナーなどでも登壇している。さすがに、知識ゼロで60分や90分語れるわけはないし、受講した人間からもおかしいという声がでるはずだ。それがなかったということは、川上さんもジヨンさんも同様、人の何倍も努力をされたはずだというのは容易に想像できる。
「嘘」のカバーというのは、「人柄」にもあてはまる。韓国の経歴詐称問題の発端となった東国大のシン・ジョンア助教授は、川上さんと同様に高卒だったが、「米有名大学イエール大の西洋美術史の博士号」というウソの経歴を武器に、美術界でのしあがり、国際美術展「光州ビエンナーレ」の責任者という大役まで務めた。
もちろん、経歴だけで成功をしたわけではない。実力はもちろん、話術をはじめ抜群のコミュニケーション能力があった。シン助教授と同じ美術館に勤務した職員はこのように述べている。
彼女は、自分のキャリアにプラスになる人間には誠心誠意仕えた。美術界の大物たちとの会合ではイスに背をつけないようにして礼儀を尽くし、交際する価値ありとみると贈り物攻勢。大物の意見には異論を挟まず、尊敬しますといつも口にする。そんな態度を大物たちは気に入っていた。(AERA 2007年10月8日)
●経歴詐称をする人によくみられる特徴
川上さんにも同様のことがいえる。交流をもつ人たちの中で川上さんを悪く言う人はほとんどいない。スポーツジム仲間であるタレントの下田大気さんは、「物腰はすごく低く偉ぶらず好印象だった」と評価しているし、キャスターの堀潤さんもNHKを辞めたときに、真っ先に心配をして駆けつけてくれたことで「ファン」になったとテレビ番組でおっしゃっていた。
そう聞くと、川上さんは「いい人」なんだろうなと思うだろうが、実はこれも経歴詐称をする人によくみられる特徴だ。ウソで固めたキャリアをもつ人はその「後ろめたさ」から敵をつくらない。そこでどうするかというと、絵に描いたような完璧な「いい人」を演じる。経歴詐称が露呈しないように努力をするのと同じように、「あいつは怪しいぞ」と疑惑の目を向けられぬよう、誰からも愛される「キャラづくり」をするわけだ。
事件取材をしていた時、詐欺師やらとよく会ったが、「見るからに怪しい」という人はまずいなかった。腰が低く、誠実そうで、誤解を恐れずに言うと、スゴ腕の詐欺師であればあるほど「人間的魅力」に溢れた人が多かった。頭の回転も良く、人の心をとらえることに長けているからだ。
川上さんを詐欺師扱いしているわけではないが、彼の「いい人キャラ」と、これまで見てきた詐欺師の「人あたりの良さ」がデジャブというか妙にかぶってしまうのだ。
『MBA講義生中継 経営戦略』の中で、川上さんは一言も自身で、MBAを取得したとかは明言していない。著者プロフィールでも一切どこそこでMBAを取得したとかの言及はない。
よくこれでMBA講義という本が出せたなと驚く一方で、おそらくこれは川上さんなりの「リスクヘッジ」だったのではないかと思っている。
これならば「お前、MBAホルダーじゃないだろ」というツッコミがあっても、「いや、私は講師をしただけですし、どこにもそんなことを言ってませんよ」と逃げがうてる。
こういう「用心深さ」も、詐欺師とこれまた妙にかぶってしまう。
●「ショーンK」を再び目にする日
いずれにせよ、川上さんがずば抜けた「頭の良さ」と「人あたりの良さ」をもっているのは間違いない。ならば、このまま黙ってフェードアウトするようなタマではないだろう。
インチキを社会のせいにしてかばってくれる茂木さんのような「ファン」もいまだに多い。有名経営者とのコネもある。
韓国の経歴詐称問題の発端となったシン助教授は騒動後、手記を出した。さらに彼女をモデルにしたドラマも制作されている。「一流経営コンサルタント」である川上さんだ、当然、このあたりも頭に入れているはずだ。
我々が「ショーンK」を再び目にする日も、そう遠くないのもかしれない。
(窪田順生)
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