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最初に登壇した旭プロダクションの橋本航平は、アナログからデジタルへの移行を終えた現場のアニメーターとして自らの体験談を語った。
「ぼくの場合は、建物を描くときに便利なパース定規(セルシスの「CLIP STUDIO PAINT」が実現する機能)の存在を知って、デジタル作画にのめりこみました。加えて、紙をペラペラめくって動きを確認する代わりに、コンピューター画面では簡易的なアニメーション再生(プレヴュー)が可能になります。プレヴューができると描くモチヴェーションは上がる。だからデジタル作画を覚えた途端、1日あたりの作画枚数が劇的に増えたアニメーターもいます」
旭プロダクションはデジタル作画のみで稼働するスタジオを宮城県白石に構え、すでに量産体制に入っている。だから言葉に説得力がある。同スタジオにて動画検査を担う鈴木理人は、アニメーターの育成手順が大きく変化したと証言する。
「駆け出しのアニメーターが動画を覚える場合、絵の上手い下手以前に(後工程に適した)均質な線を描く訓練が必要になります。ですがデジタル作画の場合、線の太さや入りと抜き(線の両端の美しさ)についてはツールが肩代わりしてくれる。だからツールの使い方さえ覚えれば、いきなり作品で使われる作画の現場に入って腕を磨くことになります」
旭プロダクションのシステム管理を担う濱雄紀は、デジタル作画が後工程に及ぼす効率アップに言及する。
「鉛筆で描かれた紙からスキャンする場合、線の濃淡のせいで途切れてしまった線を後で継ぎ足したり、紙の汚れを取り除くといった作業が必要になります。一方、最初からペンタブレットを使いデジタルで作画すればその必要はなくなる。仕上の工程は作品にもよりますがかなりのスピードアップが見込めます」
続いて、AdobeのFLASHを活用するワークフローに取り組むアニメ監督・りょーちもは、違った切り口でデジタル作画のメリットを語った。
「FLASHの場合、描いた線がラスタデータ(膨大な点の集合)ではなくベクターデータ(曲線を現す数式の集合)だからデータが軽くて、拡大縮小に強い。後工程での修正を含め、作業効率が抜群にいい。もちろん導入にはいろいろと不都合もあります。けれどFLASHは内部でプログラミングが可能。だからカスタマイズして便利にできる」
こんな風に、デジタル作画を支持するアニメーターやプロダクションのプレゼンでACTFは和やかに進んだ。誰もがペーパーレスのすばらしさを謳った。しかし本来なら業界を牽引するべき立場にある古参たちの名前はそこにない。あの会社や、あのアニメーターはどうしてここにいないのだろう。はからずも、神風動画の代表水崎淳平が登壇し、自らの立場を明確にした途端、問題の存在が浮き彫りになった。
「うちはガラパゴスなんです。かなり変わったことをやっていると思う。だから退職もできない(笑)」
神風動画はデジタルの表現を究めた気鋭の制作会社だ。人気作「ジョジョの奇妙な冒険」における美麗なオープニングは記憶に新しい。ところで同社は少人数で発足した後、短い尺(長くても数分程度)の仕事に絞ってキャリアを重ねてきた。おかげで外注に頼らず内製にこだわることが可能になり、そのスタイルを維持したまま10年が経過している。つまり、だからこそ、デジタル作画の導入に臆することなく取り組めたのだ。
そろそろ業界のネガティヴな面に触れておく必要がある。映画やテレビシリーズといった尺の長い作品を手掛けるアニメ制作会社の多くは、社内で作画のすべてをこなしきれない。だから腕のいいフリーランスのアニメーターへ外注することが常識となっている。逆に、社内の作画チームが暇になると(クビにするわけにもいかないので)ほかの制作会社から下請け業務を引き受ける。まさに「持ちつ持たれつ」。その際、やりとりに使われるのは鉛筆で描かれた紙と、紙束が詰まったいわゆる「カット袋」なのだ。
なぜ紙と鉛筆か? どうして神風動画のように、Photoshopへダイレクトに描き込むといった大胆な進化をとげられないのか? 理由は明白で、腕のいいフリーランスのアニメーター、あるいは外部との風通しを重視する制作会社は、身内だけで通用する特別なツールやノウハウに頼ることを望まないのだ。
紙と、鉛筆と、カット袋。古臭いがこなれたワークフローだからこそ、横の連携が──「持ちつ持たれつ」が維持しやすい。作品を超えて共通言語が保たれ、エコシステムが機能する。その伝統にメスを入れた途端、恐ろしいことが起こると誰もが感じている。だから神風動画の代表・水崎淳平は、自らの制作手法におけるガラパゴス的進化をして「会社を辞められない」と皮肉ったのだ。
一方、作画のスタイルが紙と鉛筆からペンタブレットに置き換わる可能性について「間違いなく進む」とぼくは断言できる。アニメに先行するかたちで、マンガの現場が片っ端から紙を捨ててペンタブレットに移行しつつあるからだ。無論、アニメーターにも紙と鉛筆で育った職人としての愛着やプライドがあるだろう。しかしそれも仕事があってこその話。必要に迫られれば乗り換えざるをえない。
ぶっちゃけて言えば、業界が一斉に「せーの」で導入を決めたなら──「明日から紙と鉛筆廃止ね」とやられたら──兎にも角にも追従せざるを得ない。そうできるなら(できてくれるなら)ソフトやハードの値段なんて些細な投資に過ぎない。ところがそうもいかないのが実情のようだ。ACTFの後半戦が、そのあたりを物語っている。
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