追憶の中に紡がれた言葉たち。
モノトーンの風景を照らすヘッドライトのような口跡。
それらは現実を呼び起こすのか、陽炎を見せるのか。
コンテンツマーケティングという名の漆黒の闇は
眠らぬ都会をあざ笑うかの如く、言の葉を鎖につなぐ。
さあ、行こうか。
あらたな戦いの地へ。
お父さん!!お母さん!!
目を開けてよ・・・!!
残念ながらおふたりはもう・・・。
親父・・・!
お袋・・・!
私・・・まだまだ、お父さんたちに教えてもらいたいことがたくさんあるのに・・・!!
なんで、私たちを置いて逝っちゃうの・・・!!!
ねえ・・・なんで・・・!!
・・・かみ・・・若女将・・・?
・・・あっ!
どうしたんだ?
今、ボーッとしてたよ。
も、申し訳ありません・・・!
いやいや、若女将も疲れることがあるんだろう。
むふぅ~、いやはや、しかし、この“みやび屋”の料理はいつ食べても美味いな。
ありがとうございます・・・!
お気に召していただき、大変恐縮です。
あっ、こちら、よろしければ、当館からのサービスでございます。
おっ!
こりゃあ、須原の地酒「喝采」じゃないか!
ほおおお、こりゃあうれしいね。
・・・しかし、若女将、大変だったな。
まさか、大旦那と女将があんなことになってしまうとはな・・・。
あの事故からもう半年か・・・。
・・・はい・・・。
おっと、すまねえ、若女将。
つい酒が回ってしまって、ツラいことを思い出させてしまった。
この旅館はな、俺にとって、思い出の旅館なんだ。
須原の中で3つの指に入る温泉旅館「みやび屋」。
ここにはな、実は先代の頃から毎年一回は通ってんだ。
最初に訪れたのは、嫁さんとの新婚旅行だっけな。
あの頃、俺は貧乏で、海外旅行へなんてとてもじゃないけど行けなかった。
そこで、国内で旅行先を探し、この須原を訪れることにしたんだ。
「新婚旅行で来た」と言った俺たちのために、ここみやび屋の旦那はとびきりのご馳走を用意し、心から歓迎してくれたもんだ。
旦那の懐の深さに惚れた俺は、それ以来、毎年この時期になると、この宿を訪れることにしているのさ。
そうでしたか・・・。
今年も当館へお泊まりいただき、本当にありがとうございます。
若女将よ、旅館の経営は大変だと思うが、なんとか、この旅館を守っていってくれよ。
頼んだぞ。
はいっ・・・!
お父さんとお母さんが亡くなってから、もう半年か・・・。
私、ちゃんと女将を務められているかな・・・。
あ、いけない、ホームページからの予約数を確認していなかったわ。
えーと・・・。
今日のホームページからのご予約は・・・。
2件か・・・。
はぁぁぁ・・・。
・・・。
あ、そうだ!
今夜はたしかムツミが帰ってくる日だったわね。
ただいま帰りましたよ~っと!
この声は・・・。
アネキ~、どこにいるんだい?
ムツミ!
アネキ~!
もうっ、帰ってくる時間くらい教えてくれれば、駅まで迎えに行ったのに。
へへへ、俺なんかのために大切な送迎車を使っちゃったら、お客さんが困るだろ?
お客さんっていっても、今日は2組のお客様しか宿泊されていないの。
2組・・・。
さあさ、早く荷物を置いて上がりなさい。
お茶でも入れるから。
ういっす!
それにしてもビックリしたわよ。
夢だったミュージシャンへの道をあきらめて、突然、ここへ戻ってくるって聞いたときは。
へへへ・・・。
まあ、親父の反対押し切って威勢よく上京したものの、オレのバンドのサウンドを理解してくれるプロデューサーに巡り会えなくてさ。
最近は都会の空気にも飽きてきたし、そろそろ帰ろうかと思ってたんだ。
そうなのね。
それにしても、親父とお袋が死んでから、もう半年か・・・。
親父たちには随分心配をかけたな・・・。
ムツミ・・・。
親父には結局、最後まで反対されたままだったけど、親父を説得してくれたのはアネキだった。
本来、この旅館を継ぐのは長男であるオレの役割だったのに、「私がこの旅館を継ぐから」と言ってくれた。
本当に感謝してるぜ。
ううん、私ってさ、ほら、とくに取り柄がないから。
ムツミには音楽の才能があるわけだし。
あっ、そうそう!
お父さんとお母さん、実はね、ムツミが上京してから、こっそりムツミの音楽活動を追ってたのよ。
こっそりムツミのバンドのホームページとか覗いちゃったりして。
えっ!?
そうだったのか!?
なんだよ、親父たち・・・。
・・・アネキ。
ここに来る前にメールしていたように、オレはここで働くぜ。
これまで好き勝手させてもらったんだ。
アネキにはこれ以上苦労させるわけにはいかねえ。
だから、私は大丈夫って言ってるじゃない。
それよりムツミ、あなた、ミュージシャンの夢・・・本当にあきらめちゃうの?
ああ。
もうキレイさっぱり未練はないさ!
・・・。
あれだけ音楽が好きだったムツミが、ミュージシャンを辞めちゃうなんて、信じられないけど・・・。
あのね、何度も言うとおり、うちの旅館のことは心配しなくても大丈夫よ。
最近、ようやく軌道に乗ってきたところだし。
・・・。
・・・アネキ、今日は“2組しか宿泊していない”って言ってたよな。
今日は土曜だぜ。
土曜にこんなに宿泊客が少なくて、本当に大丈夫なのかよ?
そ、それは・・・。
・・・まあ、安心しろよ。
実はオレ「Webマーケティング」に詳しいんだぜ。
この旅館にもっと人が来るようにしてやるよ!
Webマーケティング・・・?
ああ、うちのWebサイトをもっと多くの人に見てもらうようにするってことさ。
オレさあ、バンド活動をしていた頃、実はバンドのWebサイトの担当だったんだ。
ファンを増やすために、Webサイトでいろいろな情報を発信してたんだぜ。
そうだったのね。
まあ、詳しいことはオレに任せて、アネキは大船に乗ったつもりでいてくれよな!
・・・分かったわ。
さて・・・と。
じゃあ、早速、うちのサイトの状態でもチェックするかな。
そこのパソコン借りるぜ。
アネキ、たしか、うちの旅館は「旅休トラベル」への掲載は辞めたんだったよな。
うん・・・。
月額費用や予約手数料が年々高くなってきていたから、契約更新しなかったの・・・。
なるほど・・・。
じゃあ、今のところ、Webからの集客はうちの旅館のサイトからのみってわけか。
あ、うちのサイトには「アクセス解析」は入ってるか?
アクセス解析?
あ、ホームページにどれくらいの人が来ているかを見る画面のこと?
え・・・と、たしか、うちのホームページを作ってくれた業者さんが設定してくれていたはずよ。
あ、これだわ。
はい、これがIDとパスワード。
サンキュ。
なるほど、Google Analyticsを入れてんだな。
よっしゃ、ログインしたぜ。
「Google Analytics(グーグルアナリティクス)」とは、Googleが提供している無料のアクセス解析サービスのことである。
サイトにどれだけのユーザーが訪れたか? また、そのユーザーはどういったメディアを経由して訪れたか? といったデータを確認することができる。
なんだこりゃ!?
1日に20人くらいしか来てねーじゃねーか!
えっ?
それって少ないの?
当たり前さ・・・。
1日に20人しか来てないってことは、10人に1人が予約してくれたとしても、1日2組しか予約が入らないことになるぜ。
えっ・・・!
(だから、近頃ほとんど予約が入らなくなってたのかしら・・・)
うーん、うちのサイト、こうやって分析してみると、問題がいっぱいありそうだな・・・。
そ、そうなの・・・?
ま、いいや。
とりあえずはオレに任せてくれよな。
じゃあ、オレ、ちょっくら頭をリフレッシュさせるために、ひとっ風呂浴びてくるわ。
えっ!?
ちょ、ちょっと、ムツミ、今はまだお客様がお風呂を利用なさる時間よ。
まあまあ。
今日は2組しか泊まっていないんだろ?
今の時間だったら、多分、誰も入ってこないさ。
つーわけで、ひとっ風呂浴びてきま~っす。
んもう・・・。
さてとっ!
ひっさびさの我が家の温泉だぜ。
やっぱ自分ちに温泉があるってのは贅沢だよな~。
フン♪フン♪フ~ン♪っと。
ん?
んんんんん!!!?
・・・!!!!!!!
な、なななななななな、なんで、女の人が入っているんだ!?
・・・!
もしかして、今の時間帯、この風呂、女湯になってんのか・・・。
脱衣所にほかの人の服があるかちゃんと確認すりゃよかった・・・。
・・・また後で入りに来よう・・・。
しかし・・・キレイな姉ちゃんだったなあ・・・。
さっきは本当にビビったぜ・・・。
さーてと、気を取り直して、うちのサイトのアクセス解析でも見るか。
ふーん、なるほどね。
ここからのアクセスが少ないってわけか・・・。
よし!
まずは検索経由の集客の改善だな。
SEO(検索エンジン最適化)を軸にコンテンツを改修していくとすっか!
「SEO」とは「Search Engine Optimization(検索エンジン最適化)」の略称であり、Webサイトが検索結果でより多く露出する(上位表示する)ためにおこなう一連の施策を指す。
(実はオレ、ここに来る前に、栃木の温泉旅館のサイトをいくつかチェックしてきたんだよね。
SEOに力を入れているサイトはとくになさそうだったし、SEOさえなんとかすれば、うちのサイトはきっとよくなるはずだぜ)
お父さん、お母さん。
ムツミがね、帰ってきてくれたんだよ。
うちのホームページをなんとかしてくれるんだって。
でもね、うちの旅館、もうダメかもしれない・・・。
ムツミには隠していたんだけど、私が女将になってから、お客さんが減ってるの・・・。
やっぱり、私じゃダメなのかな・・・。
お父さんたちが大事にしてきた旅館なのに・・・!
その頃、温泉を後にしたあの女性は、誰かと電話をしていた。
ボーン、やっぱり、例の信号はこの旅館の一帯から出ているみたい。
・・・OK、ヴェロニカ。
オレもそちらへ向かう。
アネキ、おっはよー!
あら、ムツミ、早いのね。
早いもなにも、今日からはオレもこの旅館の一員として働くんだからな。
女将の弟だからといって、初日から重役出勤っていうわけにはいかないぜ。
ふふふ。
それはそうと、アネキ、オレ、うちのサイトを早速テコ入れしてみたんだ。
テコ入れ?
ああ、きっと近々、うちのサイトは「栃木 温泉」というキーワードで検索した際、上位表示し始めるぜ。
「栃木 温泉」で検索すると上位表示?
そ、そんなこと可能なの?
へへへ~。
それが可能なのさ。
「SEO(検索エンジン最適化)」をおこなったからな。
SEO?
ああ、検索エンジンで特定のキーワードを検索した際、そのキーワードで自分のサイトが上位表示しやすいように、サイトの中の文章などを書き換える作業のことさ。
じゃあ、うちのホームページを、そのSEOの効果が出るように触ってくれたってことなのね。
ああ。
改修後のサイトを見てみるかい?
え・・・と。
「栃木の温泉旅館みやび屋は栃木県須原にある温泉旅館でございます。創業から90年経った今も、栃木の温泉旅館の変わらぬ湯風景を守り続けております」
・・・。
なんだか、文章が不自然な感じがするんだけど・・・・。
そのSEOというものの効果を出すためには、「栃木 温泉」ってキーワードをこんなに入れなくちゃいけないの?
ああ、そうさ。
ちょっとくらい見栄えが悪くなっても、キーワードを詰め込むことが大事なんだ。
SEOにおいてはキーワードの出現率が大事。
一般的には、文章に対して5%前後がいいって言われているぜ。
5%・・・!
そんな明確な数字があるのね。
まあ、あくまでも目標値だけどな。
何にせよ、文章が多少変だったとしても、検索エンジンからのアクセスが増えたほうがうれしいだろ?
そ、それはそうかもしれないけれど・・・。
女将はいるか。
!?
な、なななななな、なんだこの人・・・!!?
あ、も、もしかして・・・片桐さんでしょうか?
ヴェロニカさんのお連れの方ですよね。
ああ。
(このオッサンの横にいる女の人、昨日、風呂で見かけた姉ちゃんじゃねーか。
このオッサンとどういう関係なんだ・・・?)
朝早くからごめんなさいね。
いえいえ、大丈夫です。
ちょうどフロント業務を始めようとしていたところですから。
それでは、片桐様のチェックインのお手続きをさせていただきますね。
え・・・と、ボーン・片桐様、ヴェロニカ様と同じお部屋で13泊ということですね。
ええ。
(ヴェロニカ・・・?
外国の人なのか・・・?
たしかに顔はハーフっぽいけどな・・・)
片桐様、こちらがお部屋の鍵でございます。
お部屋の設備に関しましては・・・。
あ、それは私から彼に説明しておくわね。
恐れ入ります。
あらためまして、この度は当館にご宿泊いただき、本当にありがとうございます。
当館の女将を務める「宮本皐月(サツキ)」と申します。
女将、昨日、ここのお風呂に入らせていただいたんだけど、すごく気持ちよかったわ。
ヴェロニカはそう言いながら、ムツミに目配せをした。
(・・・!
げ・・・風呂を覗いたこと、バレちゃってる・・・!?
い・・・いやいやいやいや、あれは不可抗力ってやつで・・・)
ありがとうございます!
そう言っていただけて、とってもうれしいです!
そのとき、女将の言葉を遮るかのように、ボーンが言葉を発した。
この旅館のサイトを管理しているのは誰だ?
え・・・あ、うちのホームページのことでしょうか?
以前は外部の制作会社に依頼をしていたのですが、今はそこにいる、私の弟が更新を担当しています。
あら、そちらの方は女将の弟さんだったのね。
ムツミ、ご挨拶しなさい。
お、おう。
え、えと・・・。
みやび屋の旦那の宮本睦美と申します。
姉のサツキと一緒にこの旅館を切り盛りしています。
睦美に皐月・・・。
旧暦の月を表しているのかしら。
四季を感じる素敵な名前ね。
ありがとうございます・・・!
実はうちの両親、自分たちの子供の名前には、この旅館「みやび屋」の名にちなんだ雅(みやび)な名前を付けようと決めていたみたいで。
へー!そうだったのか!
ちょっと!ムツミ!
あなた知らなかったの?
ふふふ。
そうなのね。
それにしても、あなたたち、経営者にしてはとても若いわよね。
先代の旦那さんや女将さんは、この旅館を見に来ることはあるの?
あ、先代は・・・私たちの両親は・・・。
半年前に事故で亡くなったんです・・・。
えっ・・・!?
・・・。
なので、今は私たちがこの旅館を引き継いでいます。
そうだったのね・・・。
ごめんなさいね、変なことを聞いてしまって。
いえいえ!
大丈夫です。
むしろ、こんな若いふたりでご不安を感じさせてしまって申し訳ございません。
もし、当館のご宿泊中に何かお気付きの点などございましたら、何でも結構ですので、ぜひ、ご指摘いただけるとうれしく思います。
・・・では、早速指摘させてもらおう。
この旅館のサイトは危ういな。
えっ・・・!?
ちょ、ちょっと、あんた!
な、なんだよ、いきなり・・・!
ムツミ!この方はお客様よ。
実はね、この旅館のサイト、さっき、ボーンと一緒に見ていたの。
今、サイトの至るところに「栃木 温泉」という言葉が入っているようだけれど、これは何か理由があるの?
あ、あれは、SEOの効果を上げるために足した言葉だけど・・・。
この旅館のサイトを「栃木 温泉」というキーワードで上位表示させたいのか?
あ、ああ。
そのとおりさ。
(なんだ、このオッサン、SEOに詳しいのか?)
このサイトは、その検索ワードでは上位表示できん。
・・・!?
えっ・・・!?
な、なぜだよ!?
なぜ、そんなことが言えるんだよ!?
ていうか、あんた、そもそも何者なんだ・・・?
こ、こらっ!ムツミ・・・!
ふふふ。
彼の名は「ボーン・片桐」。
世界最強のWebマーケッターよ。
せ、世界最強の・・・!?
Webマーケッター・・・!?
・・・ねえ、ボーン。
この旅館、料理も美味しいし、温泉も素敵なのよ。
これからしばらくお世話になることだし、少しだけサイト改善のアドバイスをしてあげてくれない?
・・・。
い、いや、アドバイスって言われても・・・。
とくに必要ねーし・・・。
坊や、ボーンの正規のコンサルティング料は1時間5万ドルなのよ。
もし、ボーンがアドバイスをくれるのなら、試しに聞いてみたら?
ご、5万ドル・・・?
(はあぁぁぁぁ!?日本円で、ご、500万円かよ!!)
今日から世話になる宿だ。
いいだろう。
チップ代わりに、なぜ、この旅館のサイトが上位表示できないのかを教えてやろう。
・・・。
・・・デスクはあるか?
ボーンがサツキに尋ねた。
あっ・・・え、えっと・・・。
ボーンのノートPCを開くために、デスクかテーブルをお借りできるかしら?
ノートPC・・・?
は、はい!
事務室のデスクでよろしければ・・・。
問題ない。
サツキはボーンとヴェロニカを事務室へ案内するため、歩き始めた。
あ、ムツミ!
片桐様のお荷物をお持ちして!
あ、ああ。
オッサン・・・じゃなかった、片桐様。
このアタッシュケース、運ばせてもらいますよ。
!!!???
(な、なんだ、このケース・・・!?
むちゃくちゃ重てえ・・・!
一帯何が入ってるんだ・・・!?)
大丈夫?
重いでしょ、そのケース。
運べるかしら?
ぐ・・・ぐぎぎぎぎぎ、だ、大丈夫ですよ・・・!
くれぐれも足の上には落とさないようにね。
そのケース、50kg近くあるから。
ご・・・50kg!!?
(このケースの中には何が入ってんだ・・・?)
運ぶのが大変なら、変わってやってもいいぞ。
い、いやいや、なんのこれしき・・・!
ぐ・・・ぐぎぎぎぎぎ・・・。
サツキはボーンとヴェロニカを事務室へ案内した。
ボーンたちが入室した後、ムツミもボーンのアタッシュケースを持って入ってきた。
ここが事務室ね。
散らかっていてすいません・・・!
普段お客様を入れることのない部屋なので、掃除が行き届いておらず、お恥ずかしい限りです。
あ、よろしければ、こちらのデスクをお使いいただけますか?
・・・分かった。
オ・・・オッサン・・・じゃなかった、片桐さん、ア、アタッシュケース、こ、ここに置かせていただきますよ・・・!
はあっ、はあっ・・・。
(ほんと、何が入ってるんだよ、このケース・・・)
・・・始めるぞ。
ボーンはそう言うと、アタッシュケースをデスクの上に置き、そのケースを開いた。
中から現れたのは、真っ黒なノートPCだった。
(えっ・・・!?
あのケースの中にはノートPCしか入っていない・・・!?)
!?
(てことは、あのケースがめちゃくちゃ重いってことなのか?
で、でも、今、ノートPCを置いたときにズシンって音がしたぞ・・・)
ふたりとも、ボーンのノートPCが気になる?
え、えっと・・・。
ボーンのノートPCはね。
39.9kgあるの。
さ・・・39.9kg!!?
そ・・・そんなノートPC、アキバでも見たことねえ・・・!
ど、どこに売ってんだよ・・・!?
ふふふ。
ボーンのノートPCは特注なの。
あるメーカーが、彼のためだけに作っているのよ。
特注のノートパソコン・・・!
突飛な質問かもしれないけど、もし、あなたたちがノートPCを使っているとして、ノートPCのセキュリティを守るために考えられる“最も強固なセキュリティ”って何かわかる?
セキュリティ・・・?
そう。
ウイルス対策ソフトを入れていても、ノートPC本体を盗まれたらどうしようもないし・・・。
えっ、まさか・・・!?
そう、最強のセキュリティとは、ノートPCを“物理的に重くすること”よ。
ボーンのノートPCの重さは39.9kgもあるの。
!!!!!
彼のノートPCの表面は鉛でコーティングされている。
でも、それはカモフラージュ。
あのノートPCの筐体は“金”でできているわ。
重金属である金の密度は19.32。
そこから算出した重量は39.9kgだ。
!!!
40kgのノートパソコン・・・。
私、生まれて初めて見ました・・・。
・・・40kgではない。
「39.9kg」だ。
(なんで0.1kgの差にこだわってんだ・・・?)
やがて、OSの起動音とともに、ボーンのノートPCの画面は白い光を点った。
お前はおそらく、SEOにはキーワードの出現頻度が大切だと考えているのだろう。
あ、ああ・・・。
5%前後がいいって聞いたぜ。
そんな化石のような知識は忘れろ。
か、化石・・・!?
この画面を見ておけ。
これからおまえたちに、なぜ、この旅館のサイトが「栃木 温泉」で上位表示できないかの理由を教えてやろう。
はああああああああ・・・!!!
くっ、来るわ!!
ボーンがエンターキーを叩いた瞬間、激しい風が巻き起こった。
きゃあっ!!
くっ・・・!
な、なんだ、今の風は・・・!
心配しないで。
彼のキータッチによる風圧だから。
キ、キータッチによる風圧・・・!?
この画面を見てみろ。
こ、これは・・・!?
ただの検索結果じゃねーか?
この画面がどうかしたっていうのかよ?
検索結果をよく見てみろ。
・・・!?
「旅休トラベル」や「温泉マニア.com」、「ららん.net」・・・。
・・・何か気付くことはあるか?
!?
あれっ!?旅館をまとめて紹介しているページばかりで、旅館単独のホームページが表示されていないわ・・・。
な、なんでだよ!?
なんで、こんな検索結果になってんだ!?
ははあ・・・。
あんたのブラウザ、パーソナライズされた検索結果が返ってんだな?
「シークレットモード」にして、もう一回検索してみてくれよ。
「シークレットモード」とは、検索時にパーソナライズドされた検索結果を表示しないための一時的な設定である。
“パーソナライズド”された検索結果とは、たとえば、Googleのアカウントを使ってログインしている際、個人の行動履歴などに応じてカスタムされた検索結果のことである。
この“パーソナライズド”された検索結果によっては、同じキーワードで検索したとしても、検索結果の情報がユーザーごとに異なってしまう。
この“パーソナライズド”された検索結果を表示させないためには、Googleのアカウントからログアウトした上で、Chromeなどのブラウザの「プライベートブラウジング(シークレットモード)」を使うとよい。
よく見て。
ボーンのブラウザはシークレットモードになってるわ。
えっ・・・!?
じゃ、じゃあ、なんでだよ・・・!
なんでこんな検索結果になってんだよ!?
「検索意図」の影響だ。
検索・・・!?
意図・・・?
・・・ヴェロニカ、説明してやってくれ。
OK、ボーン。
■検索意図と検索結果の関係
今の検索エンジンはね、検索エンジンを使うユーザーの満足度を高めるために、ユーザーがどういう「意図」をもって検索しているか?という「文脈」を推測して、検索結果を返しているの。
たとえば、「栃木 温泉」で検索する人たちの多くは、栃木の特定の温泉(旅館)を探そうとしているわけではなく、“栃木にはどんな温泉(旅館)があるのか?”という情報を幅広く知りたがっているわ。
だから、「栃木 温泉」の検索結果は、栃木にある温泉(旅館)をまとめて紹介したページや、クチコミサイトや比較サイト内にあるページが上位表示されやすいってわけ。
だって、栃木にある特定の温泉(旅館)の情報を知りたいのなら、普通は「栃木 温泉」などの広いキーワードで検索しないでしょ?
「みやび屋」の情報を知りたいのなら、「栃木 みやび屋」「みやび屋 温泉」といった店舗名(ブランド名)を含むキーワードで検索するはずよ。
そういうことを考えれば、「栃木 温泉」で検索した際の検索結果が、旅館をまとめて紹介しているページばかりになる理由も分かるでしょ?
ちなみに、Googleは自社の経営理念のページで、こんなことを語ってるわ。
「ユーザーに焦点を絞れば、他のものはみな後からついてくる」ってね。
ユーザーに焦点を絞れば・・・
他のものはみな後からついてくる・・・!?
そう。
SEOを成功させたいのなら、検索エンジンを使うユーザーの意図(文脈)を考えたコンテンツが必要ってことよ。
検索エンジンを使うユーザーの意図を考えたコンテンツ・・・!?
そ、そういえば、私も以前、箱根へ旅行しようとした際、「箱根 旅館」と検索して、箱根の旅館情報がまとまっているページばかりを見てました・・・。
今のSEOは“検索意図”がすべてだ。
“検索意図”がすべて・・・!
つ、つまり、うちのサイトが「栃木 温泉」で上位表示するためには、「栃木 温泉」で検索するユーザーの意図に合ったコンテンツが要るってことか・・・。
ムツミ、うちの旅館のホームページに、そんなコンテンツあったかしら・・・?
うーん・・・。
・・・なかったかも・・・。
ないなら作れ。
作る・・・?
つ、作れっていきなり言われてもだな・・・。
カンタンだ。
その検索ワードの裏に隠された意図を推測し、その意図に合ったコンテンツを作ればいい。
“検索ワードの裏に隠された意図を推測する”・・・!?
・・・今日から世話になる宿だ。
特別にヒントを教えてやろう。
(ボーン、もしかして、ここであの技を・・・!?)
・・・!
ふたりとも、ボーンから離れたほうがいいわよ!
へ!?
はあああああああああ・・・!!!
くっ・・・!!
またしても風圧が・・・!!
か、片桐さんは今、何をしているの・・・!?
ボーンは今、ブラウザに表示した検索結果を高速で切り替えながら、その検索結果に表示されたコンテンツ情報をマインドマップにまとめているの・・・!
マインドマップ・・・!?
情報や思考を一枚の地図(マップ)のようにまとめたものよ・・・!
はあああああああああああ!!!
す、すごいキータッチスピードだ・・・!!
ま、まぶしい・・・!!
この光は・・・!!?
ボーンのタイピングスピードがあまりにも早すぎて、グラフィックボードの描画スピードが追いついていないのよ・・・!
ふたりとも、目を瞑って!!
光で目がやられるわよ!!
くっ!!!
・・・!!!
・・・マインドマッピング、コンプリート。
・・・お・・・終わったのか・・・?
(い、今の風圧、うちの旅館の柱、大丈夫かな・・・)
女将。
は、はい・・・!!
このUSBメモリの中に、今のマインドマップのPDFを保存してある。
プリントアウトしてくれ。
わ、わかりました!
片桐さん、印刷しました!
よし、ふたりともそのマインドマップに目を通せ。
こ、これは・・・。
このマインドマップのとおりに、コンテンツを作ってみるんだな。
えーと、なになに・・・。
“栃木県内の温泉を探しているユーザーに対して、「栃木にはこんな温泉や温泉旅館がある」という情報を、栃木県で実際に旅館を営んでいるプロの視点で、できるだけ分かりやすく網羅的に提供するコンテンツ”。
・・・。
な、なんかややこしいんだけど、そんなコンテンツで本当に上位表示できるのか・・・?
ああ、そうだ。
少なくとも、キーワードの出現率にこだわる不自然なコンテンツよりはな。
(ム、ムカッ)
ユーザーは、自分が知りたい情報をできるだけ迅速かつ正確に収集しようとする。
その上で重要なのが、情報の「網羅性」「信頼性」「分かりやすさ」という3つの要素だ。
「網羅性」「信頼性」「分かりやすさ」・・・!?
ユーザーは検索したいわけではない。
自分の質問に対する答えが欲しいだけだ。
検索エンジンを「質問する場所」と考え、自分だったらどんな答えが欲しいかを考えてみろ。
自分だったら・・・。
どんな答えが欲しいかを考える・・・!?
そうだ。
たとえば、情報を網羅的にまとめれば、ユーザーは“情報(答え)を探す手間”を省くことができる。
それはユーザーにとっては都合がよいことだろう。
た、たしかに、情報が一箇所にまとめられていると便利です。
ただし、情報を網羅的にまとめるだけなら、誰にでもできる。
それでは他社と差別化ができん。
だから、みやび屋なりの“プロの視点”を大切にしたコンテンツにしろ。
みやび屋なりの・・・。
“プロの視点”・・・!
そうよ。
あなたたちは実際に旅館を営んでいる、いわば“旅館のプロ”。
普通に考えて、素人の視点で書かれた記事よりも、プロの視点で書かれた記事のほうが信頼できるでしょ?
な、なるほど・・・!
そして、そのコンテンツは、徹底的に“分かりやすさ”に気を配れ。
分かりやすさ・・・!?
どんなに優れたコンテンツも、分かりにくければ読んでもらえないってことよ。
分かりにくくて読みづらい記事よりも、分かりやすくて読みやすい記事のほうが、読みたくなるでしょ?
そ、それはそうなんだけど・・・。
(“分かりやすい”記事って、どうやって書くんだ・・・?)
と、とにかく、「網羅性」「信頼性」「分かりやすさ」、この3つを意識してコンテンツを作ればいいんだな・・・!?
そうだ。
この旅館のサイトのドメインなら、早ければ2週間くらいで上位表示できるかもしれんな。
に、2週間!?
そんなに早く上位表示できるのか!?
あ、あの・・・。
すいません・・・。
うち以外の温泉旅館のことをたくさん紹介してしまうと、うちへお客さんが来て下さるかがちょっと心配です・・・。
安心しろ。
このマインドマップには、成約(コンバージョン)につなげるためのヒントも入れておいた。
成約につなげるためのヒント・・・?
(さすが、ボーンね。
ただ、そのヒントをどこまで活かせるかどうかは、そこにいる弟さんの“ライティング力”に委ねられそうだけど)
よ、よし・・・。
ここに書かれているとおりにコンテンツを作れば本当に上位表示できるってんなら、今晩徹夜してでも、コンテンツを作ってやるぜ!
ムツミ、そんな無茶をして大丈夫?
大丈夫さ。
アネキにばかり苦労かけてた分、俺にもがんばらせてくれよ。
ムツミ・・・。
(・・・なーんつって、本当はな、こんなコンテンツで上位表示できるのかを試してやるんだ。
このオッサン、さっきからオレのことをバカにしやがって。
2週間でなんて上位表示できるわけねーっつーの)
ムツミ、おはよう。
・・・。
どうしたの?
ムツミ?
ア、アネキ、この検索結果を見てみろよ・・・。
えっ?
あっ、ああっ・・・!!
(おいおい、ウソだろ・・・?マジで上位表示してるよ・・・)
おはよう。
あ、ヴェロニカさん、おはようございます!
あら?どうしたの?
なんだか、うれしそうね。
さっき検索結果を見たら、ボーンさんが仰ったように、「栃木 温泉」のキーワードでうちのサイトが10位に表示されていたんです!
あら、そうなのね。
それはよかったわ。
予約の件数は増えたかしら?
あっ、予約の件数はこれから確認するところです!
(ふふふ。このコンテンツ、ボーンならどう評価するかしらね)
それにしても、ボーンさんって、本当にすごい方なんですね!
・・・一体、どういう方なんですか?
あら、言わなかったかしら?
ボーンはね。
「世界最強のWebマーケッター」よ。
・・・なんだ、このコンテンツは?
みやび屋・・・だと・・・!?
おい、エンドウ、これはどういうことアルか?
・・・!
こ、これは・・・!?
お、おい、井上、どうなっているんだ!?
我らのメディアはSEOに強いんじゃなかったのか!?
しょ、少々お待ちください!
む、むむむ。
これは一体・・・。
・・・ワタシはオマエタチに検索結果からみやび屋を締め出せと言っておいたはずアル。
も、申し訳ございません!!
至急原因を調査いたします・・・!!
こ、こら、井上!
は、ははーっ!!
・・・オマエタチの会社に、ワタシが何のために発注しているか忘れたわけではないアルな?
は、はい!!
も、勿論でございます・・・!
みやび屋のコンテンツが上位表示した理由を早急に調べたのち、ワタシに報告するアル。
は、はい!!
承知いたしました!!
・・・みやび屋の若女将。
どうしても、ワタシに反抗するつもりアルか・・・。
フフフ・・・。
おもしろいアルね・・・。
ボーン、ダメだわ。
この一帯から信号が発信されているはずなのに、まだ“アレ”が見つからないの。
・・・そうか。
やみくもに探すよりも、なぜ、“アレ”がここに移動したのか、その理由を推測したほうが早く発見できるのかも。
・・・。
ただ、17日前に、都内からこの旅館の付近に“アレ”が動いたことは確かなの。
でも、“アレ”はわずか100gの小さな物体、見つけるのには苦労しそうね。
・・・そうだな。
(まさか、オレのマシンにあんなものが隠されていたとはな・・・)
ヴェロニカ、どうやら探索は長引きそうだな。
宿泊を延長しておいてくれ。
OK、ボーン。
須原の温泉旅館「みやび屋」に現れた、謎のWebマーケッター「ボーン・片桐」。
彼とヴェロニカは、なぜ、みやび屋に訪れたのか?
そして、彼らが探す“あるモノ”とは何なのか?
みやび屋に忍び寄る、怪しき者たちの影。
今、みやび屋を巡る物語が、静かに、そして残酷に幕を上げる。
次回、沈黙のWebライティング第2話。
「ブラッシュアップの旋律」
今夜も俺のキータッチが加速するッ・・・!!