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梓はマーズが気を失ったのを確認すると、立ち上がって隣にいる栞奈に言う。
「栞奈さん、姉さんを運んでついてきてよ」
「分かったわ」
栞奈はマーズを軽く持ち上げると、梓の後を追う。
「どうだった、姉さんは」
「うーん、どうかしら。この子、力を使えないみたいだし才能無いんじゃない」
梓は驚いて栞奈を見る。
「え、姉さんまだ力使えないの」
「私にナイフで切りかかった時に使ってなかったのを見ると、そう考えるのが妥当じゃないかしら」
「はは、さすが姉さんだ」
「さすが?」
「だって姉さんはCIA最強のエージェントだよ、何度も死地を乗り越えてるはずなんだ。それを全部、力を使わずに生きてるっていうなら、目覚めた時はもっとすごいことになるはずだ」
「力に目覚めなかったらどうするの」
「それはないよ、仮にもあの人の血を引いてるんだから、遅かれ早かれ目覚めるはずさ」
「目覚めたら、やるの?」
「決まってるでしょ、私達はそういう運命にあるんだから。歯車はもうとっくに動き出しているんだ、誰にも止めることはできないよ」
指令室内で大佐は何度もマーズにコールを送っていた。
マーズ側が通信機のスイッチを入れないと通信ができないが、コールを送ると振動でマーズに伝えることができるからだ。
2度、3度と送ってもマーズは通信機をオンにしない。
「あの、どうかしたんですか」
隣でパセリが訊いた。
「あ、いやな、マーズにずっとコール送ってんのに、全然通信せえへんねや」
パセリは顔を青くする。
「え、それってもしかして」
アイカも訊いた。
「敵に捕まったってことかしら」
大佐は言いづらそうに答える。
「まあ、それか。死んだか」
「大丈夫、その心配はないわ」アイカはもっていた片手ほどの大きさがあるタブレットを見せる「これを見て、彼女の心拍数を表示してるものよ。ちょっと下がってるけど、死んではないわ」
パセリはほっと胸をなでおろす。
「はぁ、よかったです」
大佐は訊いた。
「なんやそれ、そんなんあったんか」
「ええ、彼女に通信機付きのカプセルを飲んでもらったの。タイムラグは大きいけど正確な数字よ。彼女は捕まっただけね。けど、ここからどうするのかしら」
「どうするもこうするもあれへん、マーズが捕まったんならもうどうしようもない、上の連中が向こうの要望をのむか、のまへんかや」
「その要望って何なのかしら」
「そんなん局長に聞いてや」
マーズが目を覚ますと、薄暗い部屋の天井が映った。どこか、船員室にあるベッドの上に寝かされているようだった
立ち上がろうとしたが、体に痛みが走る。
「うっ」
「まだ動かない方がいいよ」
声の方に視線を向けると、マーズが気を失う直前に見た女が隣に立っていた。
「あなたが…梓?」
梓は微笑を浮かべて答える。
「そうだよ、姉さん」
「姉さん?私はあなたなんて知らないよ」
マーズは孤児だった。里親が見つかる6歳まで孤児院で育ち。里親のもとにもほかに子供はいなかった。
梓は首を振って答える。
「いや、私の姉さんさ。私は知ってるんだ、姉さん以上ね」
「何それ、どういう意味」
「焦らないでいいよ、後でゆっくり教えてあげるから、私たちの目的も運命も全部ね。だから今はゆっくり休んで」そう言うと梓は立ち上がり、ドアを開くとマーズに手を振る「じゃあね」
梓が出ていくと、外から鍵が閉められる音がした。
目的?運命?彼女は何を言ってるんだろうか。
梓の話には興味があった、もしかすると自分を生んだ母親の話かも知れなかったからだ。だが、それ以上にマーズにはやり遂げなければならないことがあった。
CIAのミッション、それと大佐との約束。
歯を食いしばりながら体を起こし、全身を手で押さえて骨が折れてないかを確認する。押し込むたびに痛みが走るが、どうやらどこも折れてはいないようだった。
体は大丈夫だったが、問題は武器だ。
拳銃もナイフもない状況で、どうこの場を脱出するか考えていた。
とりあえず、どうにかしてドアを開かせなければならない。
立ち上がり、ふらふらになりながらもドアまで歩いて寄りかかり、ドアを拳でたたいた。
「だれか!誰か…いない?」
ドアの丸い窓から監守らしき敵が顔を出して訊いた。
「なんだ」
「み、水。水がほしい」
「水?」
「ずっと飲んでないの…さっきから頭がくらくらする。気分が悪い、お願いします、水をください」
「ダメだ、梓様から何があっても開けるなと言われてる」
「お願い…もう、頭が…痛くて」
「何と言おうとダメだ」
「お願いします…本当に」
「だから!…ん」
敵は困った表情を見せた後、窓から見えなくなる。
数分すると、また窓から顔を出して言う。
「おい、ドアから離れろ」
「持ってきてくれたの?」
「そうだ、だからベッドまで下がれ」
「ありがとう」
マーズは立ち上がりつつも、右の靴を脱いでかかとの部分を踏んで、ベッドに座った。
敵はドアを開き、その場に紙コップを置いた後、ドアを閉じようとした瞬間、マーズは右足を振り、靴を飛ばした。
靴はコップをはじいてドアに挟まり、敵はドアが閉まらないことに驚いたのか、何度も強くドアを閉めようとする。
マーズは走り、ドアの隙間から手を伸ばして敵の手を握り引き込むと、ドアに頭を挟み込み力の限り閉める。
ドアが大きな音を立てて揺れると、敵は気を失いその場に倒れ、マーズはつぶやく。
「ごめんね」
敵を部屋の中に運ぶと、M16と鍵を奪ってドアを閉め、鍵をかけた。
時より襲う体の痛みに耐えながらも自分が持ってきた装備はないかと、周りの部屋を探していると。近くの大部屋にすべての装備が机の上に置かれてあった。
装備し終えると、通信機のスイッチを入れる。
「こちらマーズ」
すぐに大佐の声がした。
「マーズ!無事やったんか」
「まあ、まだ体は痛いけど無事だったよ」
大佐は安堵の吐息を吐きながら言った。
「そうか、よかった」
「大丈夫だったんですか!」
「脱出できたのね!」
パセリとアイカの混ざった声が聞えた。
「うん、無事だよ。ごめんね心配かけて」
アイカはため息を吐いて答える。
「はぁ、心配させないでよ」
「心配してくれてたんだ」
「私を待ってる彼の次にね」
「十分だよ、ありがとう」
通信機越しからパセリのすすり泣く声が聞えて、マーズは訊く。
「パセリさん、泣いてるの」
「うぅ、当たり前じゃないですか、もう会えないかと思ったんですから」
「本当にごめんね」
「いえ、マーズさんが悪いわけじゃないですから。絶対に生きて帰ってきてくださいね」
「うん」
大佐が訊く。
「マーズ、今の状況を教えてくれるか」
「うん、敵の攻撃で体はまだ痛いけど、装備は全部取り戻した。戦えるよ」
「攻撃って、撃たれたんか」
「ううん、なんか体を回転させながら、肩のあたりをぶつけられて吹き飛ばされた。車がぶつかったみたいにすごい衝撃で、それで気絶してたみたい」
「車って…それは八極拳の鉄山靠やな。かなり近づかなあたらへんやろ、あんたは攻撃せえへんかったんか」
「その時はナイフしか持ってなくて」
「なるほど…さすがにヴォイドを奪還するのはもう無理やろう、あんたを吹っ飛ばせるぐらいの敵がおるし、あんたも体力的にきついやろうしな。栗金団博士を脱出させることを第一に考えて行動しい。無理はさせたくない、でもあんた以外にできる人間はおらんねや、こんなことしか言えんけど、がんばってや」
「うん、わかってる。切るね」
「ああ」
マーズはガバメントをもって部屋を出て、ゆっくりと廊下を進んでいった。
2度、階段を下り、さらに廊下を進んでいると、足音が聞こえた。
廊下の先にある曲がり角の先からだった。
曲がり角のぎりぎりまで行き、敵がいることを想定して銃を構えて出るが、そこには誰もいなかった。
確かに足音がしたはずなのに、誰もいない?
そう思った瞬間、頭の後ろに何かを当てられると同時に、声がした。
「動くな」
マーズは固まった。
いったい、いつの間に。
「お嬢様を襲うつもりだったか」
女はそう聞いてきた。
「お嬢様、梓のこと?」
「しらばっくれるな侵入者、桜お嬢様を狙ってきたんだろう」
「誰の事、知らないけど」
「ふん、この竜牙をだませると――」
マーズは体を回転させて、左手で竜牙の拳銃を左に押しつつ、ガバメントを持った右手で首のあたりを押し込んで竜牙を押し倒した。
すぐに倒れた竜牙に撃とうとしたが、一瞬にして目の前から消えた。
え、消えた。
とっさに床に落ちていた竜牙の拳銃を拾い、廊下を走った。
いくつか角を曲がり、近くの部屋に入った。中は大量のボンベがある部屋で、血にまみれた死体が2つ放置されてあった。
どうやらヴォイドを制圧する際に、シャールが殺した兵士のようだった。
そんな部屋で気分はよくないが、ドアの横に座りとりあえず状況を確認する。
竜牙から奪った拳銃はグロック18だった。とても軽く銃身が四角い銃だ、マーズはそれをポーチにしまった。
マーズは竜牙が消えたことを振り返る。
いつの間にか、一瞬で消えてしまった。一瞬で透明になったのか、それともその場から消えたのか。
マーズはポジコの前例と合わせ、竜牙は超能力的なものを使えるのだと考えた。
信じがたいが、事実起きてることを見ると、そう考えるしかない。
敵が見えないか急に現れる以上、部屋の外には出たくなかった。かといってここでじっとしているわけにはいかない。
ドアを開けて、いつも以上に周りを警戒し、進んでいく。
少し進むと、何か風を切る音が聞えた瞬間、左の肩が焼けるような痛みが走る。
見ると切り傷があり、血が出ていた。
敵が近くに?
傷を押さえて走りだし。何度か角を曲がると止まり、膝を曲げて肩を見る。
幸い、傷は浅かった。
敵が見えないのでは、いくら警戒しても、攻撃を避けることなんてできない。
そう考えていると、どこからか竜牙の声がした。
「この当たりにいるわよね、マーズ。さっきはよくも私を出し抜いてくれたわね。簡単には殺さないわ、ゆっくりといたぶってあげる。あなたはもう逃げられないわ」
頭の中が冷たくなり、冷汗がほほをつたった。
マーズはどうすればいいのかわからなった、見えない敵など想定したことなんてないからだ。
少なくとも、相手の位置さえわかれば…。
マーズは少し考えた後、来た道をゆっくりと戻りだす。
警戒はあまりしない、しても無駄だからだ。その代り、全身の感覚を研ぎ澄ます。
ゆっくり歩いていると、今度は右の肩に痛みが走る。それを感じた瞬間、自分の右側に迅速に5回引き金を引く。
すると、右ほほに弾丸がかすめた後が付いた竜牙が視界に映った。
どうやら、驚いて能力を解いてしまったようだった。
すぐに見えなくなるが、いるであろう場所に向かい撃ち続けた。
弾倉が空になったが、死体は現れない。どうやら逃がしたらしい。
竜牙は深く傷ついたほほの血をぬぐう。同時にふつふつと怒りがわきだす。
お嬢様を狙われ、なおかつ出し抜かれ、顔にも傷をつけられた。
相手の実力を見誤っていた。もはや遊んでいる場合ではない、次の一撃でのど元を切り、確実に殺す。
反撃はできても、最初の一撃をかわすことはできないだろう。
すぐに廊下を歩き、角を曲がるときょろきょろと周りを見ているマーズがいた。
マーズはこちらを見ているが、どうせ見えないので問題はない。足音をたてないように歩き、のど元を突こうとした瞬間、あることに気づく。
マーズがこちらに向けて銃口を向けていた。
あれ、見えて――。
2発の空を切る弾丸の音を聞いた後、竜牙は倒れた。
目の前に倒れる竜牙を見る。左目と右肩から大量に血を出しているが、まだ息はあるようだ。
マーズは言う。
「私はあなたに傷を負ってほしかったの、血が落ちる程度の」マーズは竜牙が歩いたであろう場所にある、数滴の血痕を見る「自身のことを透明にできても、落ちた血までは消せない。後はめぼしいところを撃っただけ。それだけだよ」
竜牙の頭に、標準を合わせる。
「ごめ…あ」
すでに竜牙は息絶えていた。
「ごめんね」
マーズは悲しそうな顔でそう言うと、振り返って廊下を進みだした。
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