「あの時」のことを語っている人がいないか、ちょっとWebを探してみたんですが、意外と少ないようです。
一人のプレイヤーとして、ちょっと当時の自分の記憶を書き出しておきたいと思います。長文ですのでお暇な時にでも。
ゲーメスト、という雑誌があります。
種々雑多、様々あるゲーム雑誌の中でも極めて希少だった、「アーケードゲーム専門誌」。ゲーセンの様々なゲームについて、紹介、攻略、考察、ネタと、あらゆる切り口での記事が載っていた雑誌。1999年の新声社の倒産により廃刊となり、後継のアルカディアも不定期発行となってから、もう一年余りが経ちました。
昔こんな記事を書きました。良かったらご一読ください。
そんなゲーメストには、ハイスコア集計のページがありました。
様々なアーケードタイトルのスコアラーがたたき出したハイスコアを、全国津々浦々の店舗対抗で集計するシステム。店舗別の全一を残したスコアには「星」というものが支給され、星をたくさん持っているゲーセン(=凄腕スコアラーがたくさんそろっているゲーセン)はスコアラーの聖地になったりしていました。当時、全国規模でのアーケードゲームのハイスコア集計をしていたのは、ゲーメストとベーマガの二誌だけだった筈です。
まだ中高生だった私は、ゲーメストのハイスコアコーナーを読んでは、「スコアラー」という人種へのあこがれを高めていました。星をたくさん持っているゲーセンにわざわざ遠征して、スコアラーの超絶プレイを垣間見たりもしていました。「ワンコインクリア」というものを青息吐息の目標としていた自分とは、まったく別の次元でゲームを遊んでいるプレイヤーたち。自分でも遊んだことのあるゲームタイトルで、「え?これどうやったの?」というスコアを平然と誌上に掲載しているプレイヤーたち。
私は、人生で一度だけ、とあるタイトルで、彼らの世界に割り込もうと血道を挙げたことがあります。
そのゲームの名前は、「ダライアス外伝」といいました。
ダライアス外伝が発売されてすぐ、そのすさまじい完成度に魅了され切った私は、すぐに「これはただワンコインクリア狙ってるだけじゃ勿体ないぞ」と思いました。ダライアス外伝の面白さは、ただ「ボスを倒す」だけで満足していたそれまでの自分を、どこか違う領域に引きずり込んでいくような魅力をもっていました。
初回プレイであっさりワンコインクリアできた「ファイアーバレル(低難易度シューとして有名)」を除けば、自分としては記録的な速さでワンコインクリアを達成出来た私は、すぐに「スコア狙い」のプレイに足を踏み入れていきました。ボスのパーツ破壊のパターンを研究しました。復活砲台の稼ぎ方を研究しました。最初の内、同じ店の見知らぬ誰かとスコア争いをしていただけの私でしたが、やがてこう考えるようになりました。
全国一を、とれないもんかな。
大それた思いつきだったと思います。それでも、このゲームなら、もしかすると遠い世界に分け入っていけるかも知れない。単なるクリアラー(クリアするだけで満足してしまう人)だった私にそう思わせるだけの力が、ダライアス外伝にはあったのです。
当時のハイスコア集計において、ダライアス外伝は、最終ゾーン別にハイスコアが集計されていました。私はそんな中でも、初回の集計時点で激戦区になっているゾーンは避け、比較的スコアラーがやり込んでいないゾーンを狙うことにしました。あちらこちらの有名ゲーセンをめぐり、時にはスコアラーのプレイをチラ見し、どのゾーンでどんなスコアが出ているかを探りつつ、ひたすらにスコア狙いを追及しました。当時ゴーストライターのアルバイトをしていたのですが、そこで得た収入はすべてダラ外につぎ込みました。当時は本当に、一日の中でダライアス外伝に触れていない時間がごく僅かだったと思います。
結果だけいうと、この努力は一度だけ実を結びました。ハイスコア集計の初期の段階のどさくさで、私はとあるゾーンで、一度だけ全国一のスコアをとることが出来たのです。ゲーセンのオヤジに登録してもらったそのスコアには、全一の証拠である「★」が、私にとっては燦然と輝いていました。私が通っていたそのゲーセンは、全国ではほぼ無名のゲーセンで、私がとったその★が、多分歴代で3つか4つ目くらいの★だったと思います。
そう、たった一度だけ。私にとってはゲーマー人生のすべてを賭けていたに等しいそのスコアは、翌月には遥かトップ集団からおいていかれるだけのスコアになっていました。一度だけの全一に満足してしまった面もあったと思いますが、それ以降、私のスコアは全国一にかすりもしなくなりました。
そんな中、「あの時」がきました。
とあるバグによる、無敵技の発覚。
早ければCゾーンで無敵になれてしまうそのバグは、何の前触れもなく、唐突にダラ外プレイヤーの間で発見されました。そして、即ハイスコアには結びつかないものの、「無敵バグ」という存在と、「バグを利用したスコアかどうか、判断する手段が基本的には無い」という事実は、ハイスコア集計においては影響がでか過ぎました。
そして、ゲーメストには、「盛り上がっているところ大変残念ですが、ダライアス外伝のハイスコア集計は今月までとします」というテキストが掲載されることになりました。
最初に見た時は、そこまでの驚きでもなかった、と思うんです。
上記した通り、私がハイスコアに絡んでいたのはごくごく初期の一回切りで、それ以降は全国レベルのスコアに全くついていけなくなっていました。無敵バグの影響でスコア集計が打ち切られたからといって、私にとって直接の影響はありません。スコア集計打ち切り自体も、例えば永パの発覚とか、カンストの達成とか、そこまで珍しいものでもありませんでした。
記事を読んで少ししてから、腹の底から、何かわけのわからない感情が浮かび上がってきました。それ程衝撃を受けたつもりでもないのに、いつまで経っても、ハイスコア集計のページを閉じることが出来ませんでした。私は、自室の床に座り込んで、ゲーメストのハイスコア集計のページを見つめながら、いつまでも訳のわからない感情と戦っていました。
それは、悔しさ、だったかも知れません。憤り、だったかも知れません。無念さ、だったかも知れません。諦め、だったかも知れません。とにかく私は、自分が最も好きである「ダライアス外伝」というタイトルのハイスコアが、もうゲーメストで集計されないのだ、というその単純な事実に、それまでのゲーム人生でも一度もなかったショックを受けたのです。
今から思うと、私は単純に、もうスコアラーたちの神業をハイスコア集計コーナーで追いかけることが出来ないのだ、ということが、ただひたすらに残念だったのだと思います。自分でも、たった一度は手をかけることが出来たステージが、失われてしまうことが悔しかったのだと思います。
それでも、時にはスコア欄にダライアス外伝のスコアが載ることはあったのですが、それに★がつくことはもうありませんでした。
あれから、大体20年くらいが経ちました。随分長い時間だったと思います。
「あの時」受けたショックは、今でも、私の30年くらいのゲーマー生活の中で、最大のものであり続けています。あれ以来、私がゲームで頂点を目指そうとすることは無くなってしまいましたが、それでもダライアス外伝のたった一度のハイスコアは、私の中で大切な財産のままです。
当時、ハイスコア欄で見かけた数々の名前たちの中には、今でもゲームを続け、ゲームにかかわり続けている人もいれば、もうとっくにゲームに触ることはなくなってしまった、という人もいるだろうけれど。
それでも、「ハイスコア」という一つの価値を追い求めて、互いに凌ぎを削ったあの経験は、本当に貴重なものだったなあ、と。「あの時」のことがあろうがなかろうが、それだけは、何年経っても変わらないのだと。
そんなことを思ったのです。