3月21日(現地時間)に米Apple本社で行われたスペシャルイベントでは、「iPhone SE」と新型「iPad Pro」が発表された。
前者は片手で文字入力がしやすい4型ディスプレイに4Kビデオも撮れるカメラや高性能なA9プロセッサ、そしてApple Pay(日本非対応)などの先進機能を凝縮し、後者も9.7型ボディにApple Pencilのサポートや4つのスピーカーを含むiPad Proの特徴を詰め込んだ最新モデルだ。トピックの目玉は間違いなくこの2つだが、こちらの記事では既にいたる所で話題になっているこの2製品だけでなく、もう少し俯瞰(ふかん)した視点でAppleの最新発表を振り返ってみたい。
技術者でない人でも楽しむことができる家庭用パソコンの世界を切り開いたApple。同社はまもなく4月1日で創業40年を迎える。そして現在、世界で稼働しているApple製品の数は10億台に達したという。ティム・クックCEOが、3月21日の発表会で最初に語ったのは、成熟した企業としての「責任」の部分だった。
地味な話だし、興味の湧かない人も多いかもしれないが、一般の消費者の方々は、この後に書かれている文章が新発表のiPhoneやiPad Proを罪悪感を抱かずに安心して使える保証くらいのつもりで読んでもらえればと思う。
一方、製造業に関わる人々には、今後、避けて通れない全製造業の取るべき道のヒントとして読んでほしい。
「今やiPhoneは、我々の身体の延長のような存在になりつつある」
「だからこそ、そこに詰まった情報のプライバシーを守ることは我々の責務なのだ」
同日、Appleに対して、テロリストの情報を得るためにiPhoneのプライバシー機能を弱める請求をしていた米国FBIは、内部情報にアクセスする方法を見つけたとして請求を取り下げた。もし、FBIの主張していることが本当であるとすれば、Appleはプライバシー保護の裁判ではFBIに勝ったものの、プライバシー保護技術でFBIに敗れたことになる。これに対して21日の発表では、Appleは新型iPhoneに加えてiMessageなどのセキュリティ機能をさらに強化したiOS 9.3を発表し、FBIにもう一矢報いた形になった。
“10億台企業”の責任を感じるティム・クックCEOが2つ目に語ったのは「環境」の話だった。
これだけの数の製品を作るとなると、環境に与える影響も大きくなる。大量生産の工業製品のために、地球のそこかしこに巨大な穴が掘られ、森林が伐採され、水が汚されている。片方で凶暴に牙をむく天候不順を嘆きながら、もう一方で環境を破壊する工業製品を使うことは、実は矛盾した行為だ。
こうした問題に興味を持っていない人は気がついていないかもしれないが、Appleはここ数年、環境に対して驚くような取り組みを重ねてきた。新型iPhoneで使われる部材などが1つ1つの発表で語られる内容は少ないため、他社も「いずれはわが社でもできる」と思っていたかもしれない。しかし、今回のイベントで発表された内容をすぐに実践しようとしてできる企業は、なかなかないはずだ。
だからと言って、こうした取り組みを無視して製品を乱造し続けていいということではない。自動車業界など、多くの成熟業界に求められている社会的責任をそろそろテクノロジー業界も真剣に負わなければならない。そんな状況の中、今や古参テクノロジー企業となったAppleは、自ら大きな投資をし、手本を示してみせた。
2015年のWWDCで、たまたま会場内で仕事をしていたら、会場を視察に来たティム・クックCEOに遭遇。声をかけられたので、「アップルの環境の取り組みは他社にもまねして欲しい部分。もっと情報を発信して欲しい」とお願いした。
彼が私の願いを覚えていたなどと言うつもりはないが、今回、クック氏は奇しくもその話題を切り出した。
最初は事業で消費するエネルギーをどれだけ還元できているかの話だ。Appleは最終的には、事業の100%を再生可能エネルギーでまかなうことを目標にしていることが明かされた。現在、同社の93%の施設は再生可能エネルギーを利用しており、シンガポールでは高層ビルの屋上に設置された太陽光パネルの発電で同国内での事業で消費するエネルギー全てをまかなっているという。
世界中で展開しているApple直営店、Apple Storeは、カナダ、中国、オーストラリア、スペイン、英国、シンガポール、そして米国の7カ国の全店舗が再生可能エネルギーだけで運営されている。
製品の製造や販売だけではない、iCloudやiMessageなどのサービスで使われるAppleのサーバ群も、こうした再生可能エネルギーでまかなわれている。つまり、Appleの製品は購入するときはもちろん、買った後、使っている間も地球環境に対して与える影響が少なくて済む、というのだ。
エネルギーだけの話ではない。最近Appleは米国内で3.6万エーカー(1.4ヘクタール)もの森林を買収している。同社の製品パッケージには紙が使われているが、その紙をまかなうためのものだ。
また、ここ数年、Appleは新型のMacや新型のiPhone、iPadなどを発表する度に、構成パーツのほとんどがリサイクル可能な部品であることを製品あたり1枚のスライドを用意して説明し続けてきた(多くのメーカーは、まだこの部分にすら追いつけていない)。
もっとも、いくらAppleがリサイクル可能なパーツを使っていても、結局はそれらのパーツをきれいにバラすことができなければリサイクルにコストがかかってしまう。そんな中、Appleは使用済みiPhoneをきれいに分解するロボット「Liam」(リアム)を披露した。
これによってiPhoneで使われていたさまざまな部品が、パーツごとにさまざまな形で再生利用されていくという。Appleはこうして分解して得たパーツを、将来的にはAppleの製品としてリサイクルし、循環を作り出そうとしているようだ。
故スティーブ・ジョブズは初代Macを開発中、工場の片方からシリコンを入れると、それがロボット加工でMacになる工場を夢見て、ネクストでほぼ全自動の組み立て工場を作った。その後を継いだティム・クックCEOは、21世紀的な発想と責任感で、Apple製品を自動的にリサイクルする世界を描いているようだ。
実は筆者も2月に大分で行った講演で同様のことを語らせてもらったばかり。これからは日本の製造業も、新しく工場を作る場合、新しい製品を作る場合は、一気にはできないとしても、少しずつこうした環境に対する影響の縮小を検討していかなければ、いずれ環境基準が厳しくなったときに適応できなくなってしまうだろう。始められるところから一歩ずつ積み重ねていってほしい。
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