小説を読む時に、何を重視するかは人それぞれである。
単純に「面白い」小説を求めている人もいれば、「爽快さ」や「感動」を求める人もいる。
私は、その作家の「才能」をどうしても重視してしまう。天才的な文章、圧倒的な文才、言葉のセンス、リズム、洗練された文体。小説、というよりは、文芸的な視点から、物語を読んでいるのだ。
ここでは、そんな私が出会ってきた「圧倒的な文才」を感じた小説、あるいは作家を紹介していきたい。有名、無名問わず、思いつくままにピックアップした。ほとんどが、その作家の代表作といえるもので文庫化しているので、興味があればぜひ手にとってその文才に触れていただきたい。
1.わたくし率 イン歯ー、 または世界/川上未映子
川上未映子は天才だ。本作を読めばすぐわかる。その言葉選びのセンスは、到底凡人には辿り着けそうもない。
タイトルの『わたくし率 イン歯ー、 または世界』。読んだことのない人にはまったく何が何だかわからないだろう。しかし、この約15字ほどのタイトルからすでに、才気が溢れんばかりのオーラを放っている。
25年間歯を磨かずに過ごし、そしてなぜか歯科助手の仕事をしようとする女。彼女は、まだ身ごもってもいない子供への手紙を書いている。大阪弁の語り口は独特で、詩的で、リズム感がある。
一見、平凡な女の日常を、その思考過程を描写することでとんでもない作品に仕上がっている。すべてのページが、そのページだけ切り取っても、作品として成り立つような。こんな小説読んだことない。圧倒的。
2.乳と卵/川上未映子
第138回芥川賞受賞作。『わたくし率 イン歯ー、 または世界』とはうってかわって落ち着いた文体。本作は、川上未映子のセンスを感じるより、その物語の内容の凄さを感じたい。
東京に住む私のところにやってきた姉とその娘。姉は豊胸手術で頭がいっぱい。姉と仲の悪い娘は、半年前から口を開かず筆談のコミュニケーション。私はそんな姉親子を見て心配するが…。
ラストで感情を爆発させる娘の描写が凄い。
3.くっすん大黒/町田康
パンクを文壇で轟かせた男、町田康。もともとパンクロック歌手で、それが小説を書いてみたらものすごい小説が生まれたというわけだ。川上未映子が天才なら、町田康は鬼才。川上にも言えることだが、言葉のセンスとリズム感というのは、おそらく努力しても手に入らないのではないかと思う。一見粗野に見える文章は、よく読めばとても繊細で、しかもユーモアに溢れており、シュールな描写は、読みながら一人で爆笑してしまう。
『くっすん大黒』の主人公は、突然仕事が嫌になり、家で酒ばかり飲む毎日。奥さんに通帳やらなんやら一切を持って家出されたあとに残った金属製の大黒に主人公は悪態をつき始める。
デビュー作にして第116回芥川賞受賞作。パンク文学を感じろ。
4.屈辱ポンチ/町田康
本作は「けものがれ、俺らの猿と」と「屈辱ポンチ」の2篇を収録している。個人的には、「けものがれ…」の素晴らしさが際立つ。
「私はもっと有意義な人生を送りたい」と言う捨て台詞を残して英国留学に妻が旅立った以降、脚本家の身に起こる破茶目茶な物語。映画化もされている。
文庫版の巻末に収録されている保坂和志氏の解説が非常に的を射ている。
町田康の小説は面白い。しかし面白い理由は面白く書いているからではない。笑えるからでもない。真面目に書いているからだ。
町田康の小説からは、確かに真面目さが伝わってくる。しかし、どうしても笑えてしまうのだ。主人公の実直さがどうにもおかしい。一度読めばきっと好きになる。
5.彼岸先生/彼岸先生
夏目漱石の『こころ』をパロディ化した島田雅彦の代表作。
「先生」はポルノともSFともミステリーとも言える恋愛小説を書く小説家。川の対岸に住む19歳の「ぼく」と37歳の「先生」との師弟関係は、奇妙な曲線を描きながら進んでいく。
島田雅彦の小説は、嫌味のないナルシシズムを感じさせる。要するに格好いい。こんな文章を書きたいと思わせる。そして、本作に出てくる「先生」に対しても、「こんな大人になりたい」と思わせる格好良さがある。
村上春樹があそこまで売れるのに、島田雅彦が売れない理由があまり良くわからない。
6.優しいサヨクのための嬉遊曲/島田雅彦
島田雅彦のデビュー作。大学在学中に書いた本作が芥川賞候補となる。「彼岸先生」で島田雅彦の魅力に取り憑かれた人はこちらもぜひ。圧倒的な文才を感じるには最適。
※ハードカバー、文庫本ともに絶版のため、本作を収録した全集のリンクを貼っています
7.さようなら、ギャングたち/高橋源一郎
「現代日本文学でもっとも偉大な小説は?」と聞かれたら、私は間違いなく『さようなら、ギャングたち』を挙げる。ダントツ。他を寄せ付けない独走で1位。それくらいの衝撃だった。
この小説は、言ってみれば詩人が書いた小説だ。あなたが小説に対して「文芸的」な側面を求めているならば、きっと衝撃を受けるだろう。小説に「オチ」や「ストーリー」を求めている人にはまったく意味不明のまま終わるかもしれない。
詩の学校で詩を教える私と、「中島みゆきソング・ブック」という名前を付けられたガールフレンド、「ヘンリー4世」と呼ばれる猫の物語。読んでる途中、私は涙が止まらなかった。読む度に泣いてしまう。とても悲しい小説だ。
この作品が日本の現代文学に与えた影響は計り知れない。私が知るかぎり、「言葉」に対して、小説というフィールドでもっとも真摯に向き合った作家が、高橋源一郎だ。
8.マリ&フィフィの虐殺ソングブック/中原昌也
著者の小説デビュー作の短編集。
すごくぶっ飛んだ世界の出来事をスケッチとして小説にしたような作品。尖った文体からは、著者の、世界に対する反抗心が伺える。
ストーリーはない。本当にスケッチそのもの。しかし、その書き殴られた文章に、どうしようもなく才能を感じてしまうのだ。これは小説なのか?小説というよりも、小説というかたちをなした何か、と言ったほうがいいのかもしれない。
この小説ほど“あらすじ”を紹介するのが馬鹿馬鹿しい作品はない。日本のチャールズ・ブコウスキー。
9.インディヴィジュアル・プロジェクション/阿部和重
10.ニッポニアニッポン/阿部和重
阿部和重は現代日本文学を先頭で引っ張っていける実力のある作家である。しかし、残念ならが、文壇の評価と世間の人気に少しばかり乖離があるような気がする。
「インディヴィジュアル・プロジェクション」は、元スパイで映写技師のオヌマが過去にある組織から奪ったある物質をめぐって事件に巻き込まれる、手記の形式で進む小説である。まるで血の匂いのする文体、ハードで暴力的な文章ながらも、理路整然としたギャップが心地よい。
トキをめぐる青年の革命計画を描いた「ニッポニアニッポン」の2作が収録されたこの文庫は、阿部和重を知るには最良の一作だろう。
11.Q&A/恩田陸
「それでは、これからあなたに幾つかの質問をします。」から始まるこの小説は、何人かに対するインタビュー形式で物語が進行していく。それは、ある大きなショッピングセンターで起きた事件、あるいは事故のようなものに対する質問で、一体そこで何が起きたのか、なぜ起きたのか、ということがインタビューによって徐々に解き明かされていく。
私はこの小説は初めて読んだ時に、「すごい」と思った。今までに味わったことのない読後感だった。少しずつ、少しずつ、物語の全貌が見えてくるプロセスが、好奇心を強く刺激する。
この「引きこまれ方」は小説にしか出来ない技法だと思う。そして、それを完璧に成し遂げた恩田陸さんの才能に感服する。
12.カンバセイション・ピース/保坂和志
保坂和志をこのラインナップで紹介するのは、ちょっと異物感があるかもしれない。保坂和志の魅力は、文体や言葉のセンスではないからだ。しかしながら、本作の完成度は、物を語るという点において、才能を感じずにはいられない。それも文才だろう。
小説家の私が築50年の一軒家で妻と猫とその他いろいろな人達と暮らす日常を描く。日常の会話、風景が心地よい。まるで、その家で暮らしているような感覚になる。
何も起こらない。淡々と時は流れる。しかし、小説は本来、そういう日常を綴るものだったはずだ。
13.蹴りたい背中/綿矢りさ
第130回芥川賞受賞作。著者の容姿も相まって、昨今話題となった『火花』と同じくらいのブレイクだった。
「ハッ。っていうこのスタンス。」のような、瑞々しい表現がところどころに散りばめられている。
少しだけ背伸びをした、それでいてその年代の女子の心模様を忠実に描いた本作は、クラスで孤立する女子高生と、同じく友達のいない男子との、恋愛のような/そうではないようなコミュニケーションについて書かれている。
同時に芥川賞を受賞した金原ひとみの『ピアス』との比較において、綿矢りさの純文学者としての才能を、私は強く感じた。
14.コインロッカー・ベイビーズ/村上龍
村上龍の著作は膨大にあるけれど、私は『コインロッカー・ベイビーズ』を代表作に推す。デビュー作『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞を取った4年後に発表された本作は、傑作と呼ぶに相応しい。読んでいると、自分の体内にずっしりと重い爆薬が埋め込まれていって、物語が進むに従って、ゆっくりとスローモーションで爆発し続けているような感じ。そんな感じの衝撃を受けた。
コインロッカー幼児置き去り事件をモチーフにした、“置き去りにされた”子どもたちの物語。生々しくリアルな表現と、瑞々しい表現に才能を感じずに入られない。
村上龍を読んだことのない人は、本作だけでも是非読んで欲しい。
15.猛スピードで母は/長嶋有
第126回芥川賞受賞作。乾いた、無駄のない文体。長嶋有は、非常に、良い意味でモダンな作家である。
本作は、母子家庭の親子を描いている。少しぶっきらぼうで格好いい母親と、自己主張をあまりしない子供。どちらかというと小学生の子供目線で描かれている。長嶋有の小説で描かれる大人は、「子供の頃に思っていた、よくわからない大人」で、すごく懐かしい気持ちになる。私も子供の頃、こういう感情を抱いていたなあ、と思い起こさせる。
表題作に加えて収録されている中編「サイドカーに犬」も秀逸。
16.阿修羅ガール/舞城王太郎
舞城王太郎はいわゆる覆面作家で、メディアに出てきたこともないし、素性や経歴も一切明かされていない。私は、文章だけで勝負したいという著者のメッセージだと思っている。
舞城の小説は、ぶっ飛んでいる。読むと、「なんじゃこりゃ!」と発してしまうような、型破りな作風である。ノーヘルで大型バイクに乗って猛スピードでぶっ飛ばすような感覚。
好きでもないクラスメートの佐野明彦となぜか「やっちゃった」アイコは「自尊心」を傷つけられて、佐野の顔面に蹴りを入れ、ホテルから逃げ出す。翌日、佐野との一件で同級生たちにシメられそうになるアイコだが、逆に相手をボコって、佐野が失踪したことを知らされる。佐野の自宅には切断された指が送られてきたという。アイコは、思いを寄せる金田陽治とともに、佐野の行方を追うが…。
ジャンルに縛られない舞城王太郎の世界は、とてもカラフルだ。第16回三島由紀夫賞受賞作。
17.好き好き大好き超愛してる。/舞城王太郎
舞城王太郎の作品は、どうしても文壇に喧嘩を売ってしまう。第131回芥川賞の候補に上がった本作は、石原慎太郎にこう評された。
「多くの作品の中の会話がことさら現代的に幼稚化されているが、それが決して作品にアクチュアルな性格を付与してはいない。」「題名そのものまでが『好き好き大好き超愛してる。』にいたっては、うんざりである。」
芥川の選評でここまで酷評される作品もなかなかない。しかし、70歳を超えたおじいちゃんに、舞城王太郎の作品を理解しろという方が、酷かもしれない。
本作は『世界の中心で、愛を叫ぶ』をメタ化したSF純愛小説。
舞城王太郎は、「ちゃんとした」小説を求めている人には、オススメ出来ない。しかし、「ちゃんとしていない」小説を求めている人には、是非一度読んでみて欲しい。
18.優しくって少し ばか/原田宗典
原田宗典の『優しくって少し ばか』を読んで、私は小説というものが愛おしくてたまらなくなった。当時私は高校生だったが、この表題作は私を純文学という世界に引き連れて行ってくれた作品である。
朝、恋人が隣で眠るベッドで起きて、ちょっと熱があるから会社に電話して休もうとする…ベッドの上で恋人と戯れる。たったそれだけの話。しかし、文章のリズムが心地よくて、ずっと浸っていたい気持ちになる。
この作品から溢れる文才はすごい。キラキラしている。しかし、原田宗典はこの後、この路線での躍進はなく、エンタメ方面(『スメル男』など)でさらに名を轟かせた。私としては、こういう雰囲気の作品をもっと読みたかったので少し残念だったが。
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