Paul Krugman教授が来日中ですね。きょう首相官邸で行われる「国際金融経済分析会合」に出席されます。最近、日本経済や消費税について、何と言っているのかしら、と思って調べてみました。
NY Timesのコラムニストでもあるクルーグマン教授は、リーマンブラザーズの経営破綻から7年の2015年9月11日に Japan’s Economy, Crippled by Caution (日本経済、警戒感から機能不全に)を書いています。日本観を示すものはこれより最近のものは見つけられませんでした。
クルーグマン教授は一度、プリストン大学でお会いしたことがあります。
「日本に謝りたい。アメリカが物価の上がらない状態になって初めて日銀の苦悩が分かった」と言っていた2012 年の夏です。リュックサックを背負ってひとりでやってきて、とても気さくな方でした。
大きな政府を志向するクルーグマン教授は、去年9月の時点で日本に対して「消費増税は間違いだった」「もっと財政出動しろ」と主張しているので、消費税10 %への引き上げにも当然反対と思われます。
クルーグマン教授のJapan’s Economy, Crippled by Caution (オピニオン欄)はざっくりこんな感じです(全文の翻訳ではありません)。
観光客は、日本を訪れるといかに繁栄しているかに驚く。ちっとも景気が低迷しているように見えない。それはそうだ、景気は低迷していないので。
失業率は低く、経済成長は10年以上も鈍化しているが、それは高齢化に伴って労働人口が減っているからだ。 GDPを労働人口で割ると、日本はアメリカとさして変わらない。
(NY Timesより)
なのに、日本は依然として経済の罠にかかっている(Yet, Japan is still caught in an economic trap) 。デフレの長期化の結果、人々は現金を溜め込み、経済に何かショック が起きたとき、政策当局者の対応を難しくしている。が故に、多くの日本のビジネスマンは、中国経済の減速がスピルオーバーしてくることに恐怖を抱いている。日本はデフレから脱却しないといけない。ただ、皆さんが思うほど、ことはそう簡単ではない。
安倍首相は頑張っているが、まだ成功していない。その主な理由は、政策当局者が「責任」に対する昔ながらの考えと決別できていないことだと思う。立派な態度は日本経済を殺すことだってできる (Respectability, it turns out, can be an economy-killer)。
紙幣をどんどん刷れば良いと言うかもしれない。カギは新たな紙幣を何に使うか、である。そこで立派な態度(respectability)が邪魔になる。FRBや日銀が紙幣を刷ると、多くの場合、国債を購入する。通常であれば、国債を買った銀行は資金を世の中に供給することで、個人消費や実体経済を刺激する。景気があったまるに従い、賃金が上がり、物価も上がり出し、デフレ状態を脱することができる。
ところが、最近はどの主要国も設備投資需要の減退で、超低金利となっている。つまり、現金の山の上に寝ていても何らペナルティがないのだ。
ではどうすれば良いのか?多くの国ではいま量的緩和が導入されている。市場をお金でジャブジャブにして、これで少しリスクのある商品を買うというものだ。
狙いは2つある。資産価格を押し上げ、投資家と消費者の両方に「インフレがくるぞ」と思わせることで、寝かせている現金を使わせること。今のところ日本のみならず、アメリカでも欧州でも効果を発揮していない。
アベノミクスという大胆ではあるが、大胆さに欠ける政策は、日本経済を反転させるところまで行っていない。もっと確実に物価を上げる方法がある。
紙幣を刷る際に資産を買うのではなく、モノを買えば良いのだ。つまり、新たに刷ったお金で、財政赤字を穴埋めすれば良い。財政赤字はいわば洗浄できる。中央銀行が過去の借金を肩代わりしている間に政府は新たな借金をすれば良い。
なのに、誰もこれをやっていない。それどころか、主要国は、中央銀行が景気を刺激している傍らで、いっせいに財政規律を守ろうと主張し、景気の落ち込みに拍車をかけている。
安倍首相はほかのリーダーほどは伝統に縛られていないものの、彼ですら誤った消費増税でアベノミクスを後退させてしまった(Mr. Abe has been less conventional than most, but even he set his program back with an ill-advised tax increase)。
なぜか?財政規律は、急増する社会保障の削減の口実になるからだ。ただ、デフレを克服できない最大の理由は、伝統という呪縛(curse of conventionality) だと私は言いたい。
というのは、モノを買うために紙幣を刷ると言うと無責任に聞こえる(printing money to pay for stuff sounds irresponsible) 。そして、平時であればまさに無責任だ。私などがいくら、「今は平時でない」「デフレ経済下では伝統的な財政規律は危険な愚行 (dangerous folly)」と言ったところで、首を突っ込んで伝統を破ろうと主張する政策当局者は少ない。
その結果、金融危機(リーマンショック)から7年たっても、慎重さによって政策は機能不全となっている(policy is still crippled by caution)。立派な態度が世界経済を殺しているのだ(Respectability is killing the world economy)。
★2015年10月20日の NYタイムズのブログのRethinking Japan (日本再考)の中で、次のように財政赤字はどこかでの段階では対 GDP比(今は240%超) で縮小しないといけないとも書いています。フェアネスの観点から記します。
even those of us who believe that the risks of deficits have been wildly exaggerated would like to see the debt ratio stabilized and brought down at some point
(財政赤字のリスクがあまりに誇張され過ぎたと感じている私ですら、 GDP比の債務比率をどこかでの段階で安定させ、引き下げないといけないと思っている)
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