文/岡本亮輔(北海道大学准教授)
ダークツーリズムの流行
最近、「ダークツーリズム」という言葉が一般のメディアでも用いられるようになっている。
元々はイギリスの研究者が用い始めた言葉だ。しっくりとくる日本語訳はまだない。あえて訳せば「暗い場所への旅」「闇を見る旅」といったところだろうか。
この言葉を日本でメジャーにしたのは、東日本大震災後における思想家・東浩紀氏らによる『福島第一原発観光地化計画』『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』といった一連の著作だ。その後、観光研究者の井出明氏が関わって、『DARK tourism JAPAN』というムックが創刊された。
先月出たばかりの『世界ダークツーリズム』では、アウシュヴィッツ(古市憲寿氏)、サラエボ(角田光代氏)、グランド・ゼロ(森達也氏)などが気鋭の論客に論じられている。また、今月刊行の『宗教と現代がわかる本2016』では、聖地・沖縄・戦争が特集され、井出氏が論考を寄せている。
筆者が個人的に関わったところでは、立命館大学人文科学研究所では、ダークツーリズムをテーマに継続的にシンポジウムが開催され、論集が発行されている。また、NHK Eテレ「ニッポンのジレンマ」のツーリズム研究の収録では、写真家・佐藤健寿氏の「奇界遺産」をきっかけにダークツーリズムが話題に上がった。
このように、ダークツーリズムは流行のようになりつつあるが、学問的定義はまだ定まっていない。とはいえ、大量死や事故などの悲劇の現場を訪れ、そこで起きた出来事の記憶を継承する営みという点に関しては、多くの論者が同意しているように思われる。
こうした観点から、戦跡、慰霊碑、津波や震災の被災地、事故現場、大量虐殺のあった場所などがダークツーリズムの対象として注目されている。
観光は基本的には娯楽であり、明るいイメージの実践だ。しかし、少し考えてみると、決して明るいことばかりではない。観光の際、それなりに暗い場所を訪れることがある。