(英フィナンシャル・タイムズ紙 2016年3月16日)

 日本の通商産業省は権勢の絶頂期にあった1970年代、スプーンをゴルフクラブに変えることができた。

 通産省は新潟県燕市の洋食器メーカーを説得して、スポーツ用品の製造に商売替えさせたのだ。それだけではない。同省の職員たちは同じ魔法をほかの業界に対しても使っていた。業界地図を描き変えたり、経済の一部門を屈服させて自分たちの思うままに動かしたりしていた。

 国内外の人にとって、これは世界一の高成長国で権力がどのように働いているかを示す例証であると同時に、不安な気持ちになる国家介入の表れでもあった。

 今、その通産省が、安倍晋三首相の庇護を得て帰ってきた。首相の景気刺激策「アベノミクス」の設計者たちが同省の復活を後押ししている。彼らによれば、同省のかつての魔法があちこちでもっと使われれば日本はもっと豊かになり、中国ともっと競えるようになるという。同省が権力を欲していることは間違いない。

 問題は、彼らが40年前のモデルをどこまで忠実に再現できるかだ。

「官僚機構の中で、今日、権力を手にして行使することにあれほど飢えている組織はほかにない」。与党・自民党に所属し、同省と強いつながりを持つある政治家はこう語る。「この国では1980年代以降見られなくなっていた自信と使命感を持って(あの省は)行動している。もちろん、それは真の権力と同じではない」

 国内企業同士の合併が最近急増し、日本企業による外国企業の買収が2015年に10兆円の大台に乗った様子を見て、今日の経済産業省は旧通産省時代の魔法をいくつか取り戻したと確信している人もいる。

 彼らの目には、富士通と東芝がパソコン事業を統合する話や、ライバルである東京鋼鉄の株式を大阪製鉄が公開買い付けすることなどが、経産省が「日本株式会社」を再び牛耳っている証拠に見えるのだ。

 これには外部の力が作用している。2011年の東日本大震災とその後の福島第一原子力発電所における原子炉のメルトダウン(炉心溶融)により、経産省が実行したがっていた類いの干渉が必要になったからだ。

 上記以外の合併案件はエネルギーや自動車部品、素材などの業界合理化を目指したもので、中には経産省介入の痕跡がしっかり残っているものもある。当事者は否定しているが、昨年12月に同時に近いタイミングで行われた2件の経営統合の決断は、そうした介入の一例だ。

 日本最大の石油精製会社JXホールディングスが東燃ゼネラル石油との経営統合計画を発表したのは、第2位の精製会社である出光興産と昭和シェル石油が同様な経営統合を決めた直後だった。

 経産省の内部では、次の企業優生学プログラムの対象候補としてガラス、原子力発電、化学業界の名前が挙がっている。また自動車業界アナリストたちの間には、経産省は最終的に、独フォルクスワーゲン(VW)が昨年手放したスズキの株式を購入するようトヨタ自動車を説得するのではないかとの見方がある。