「保育園落ちたの私だ」
・・ホントに、何度も落ちた(涙)
その時の絶望と、差し迫った危機に対する恐れは今も忘れられない。
空きのあったところにやむなく入れたら、そこが諸々問題あり、小児科の先生から指摘され即退園。また待機児童に逆戻りしたこともあったのだが、その後しばらくして園長が捕まった・・・ということをニュースで知ったというビックリな経験や、芦屋から神戸に選挙区を変えた時には、行政をまたいでの転園となったが、神戸では空きがなく、結局丸1年、夫は芦屋のマンション、ワタクシは神戸の武揚ビル(懐かしすぎる!)と保育園入所のためだけに別居を強いられ、二重生活を送ったりもした。
よく政治家に言うと、口利きで優先的に保育園に入れると思う人は多いだろうが、いえいえ全くそんなことはありません。
少なくともワタクシは同じように保活をし、失敗し、順番待ちをしました。
その他にも、兄弟が同じ保育園に入れず、一次保育を利用したり、ベビーホテルや、シッターさんに頼ったり、最後はどうしようもなくなって、どっかは空いているホテルの託児室を利用したこともある。・・・た、高っ
一方で、信頼できる認可保育園を見つけ、「運良く」空きが出て入園することができたら、以降は親子共々ガッチリとサポートを受けることができる。
保育園は時間から時間、子どもを預かってもらうだけの場所ではない。人と人とが出会い、成長する場所でもあることを考えると、このすばらしい機会を全ての親子が共有できたら、と心から思う。
だが・・現実はまさに生きるか死ぬかの「椅子取りゲーム」。
ワタクシが悩んだ時から10年経っても、状況はさして変わっていない。
兵庫県議会議員だった時も国会議員だった時も、認定こども園や子ども・子育て新システム等々、行政の現場で政策的転換をさまざま行なって来た。あれだけの議論してきたのに、なぜ抜本的なところで対応ができないのか。
財源の話を背景に受け入れのパイの話に終始していた議論から、保育士さんの待遇改善他も含めてより広範になってきている。
保育行政は子どもたちの命がかかっているからこそ、一気にできない事情はあるものの、逆に言えばこの間の試行錯誤には結論が出ていいはずである。
どんな状況でも、外に向かって「死ね」という言葉を発することには違和感がある。
しかし、子どもたちを育てる親にその言葉を吐かせるまで追いつめてしまっていることにこそ、総理はじめ政治家は気がつくべきなのである。
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