佐藤優はものすごい量の著作を世に出しているが、1冊目に読むのであれば『サバイバル宗教論』を推したい。
《目次》
佐藤優のルーツ「神学」
神学者の物の考え方を起点にして、私は外交官にもなりました。その後、鈴木宗男さんの事件で捕まったときも、この神学があったから耐え切れたと思っています。
佐藤優は同志社大学神学部と大学院でプロテスタント神学を学んだ。「世界の全てが、神学のフィールドである」と信じて外交官になり、外務省を追われて職業作家になってからも、神学を人間の救済(サバイバル)に生かすことを考え続けている。
『読書の技法』に詳しく書いてあるが、佐藤さんは月平均300冊、多いと月500冊以上という驚異的なスピードで読書によるインプットを重ねている。
【読書の技法】「知の巨人」佐藤優が毎月300冊以上も読破できる理由 - 引用書店
執筆スピードも半端なものではなく、共著も含めると1ヶ月1冊ペースで本を出しているのではないか。いったいどの本から読んだらいいのだろうか?
デビュー作『国家の罠』からというのもベタではあるものの、彼の作家になるまでの経緯が分かる体験談のためおすすめだ。しかし、一番のおすすめは『サバイバル宗教論』。この本をまず手に取ってほしい。
なぜなら、彼自身「神学者の物の考え方を起点にして、私は外交官になった」と書いているとおり、数多くの著作を生み出す専門性の軸となっている「外交」に関する技巧や経験のルーツが「神学」にあるからだ。
佐藤さんは「内在的論理」という言葉を好んで使う。著作を読み進める上で彼の「内在的論理」を知れる『サバイバル宗教論』からはじめるのは理にかなっている。
神学的な思考の特徴
一つ目の特徴として、通常の学問では、論理、整合性が高い方、理屈が通っている方が論争に勝つんですが、神学論争では常に論理的に弱い方、無茶なことを言う方が勝ちます。その勝ち方というのは滑稽で、軍隊が介入して弾圧を加えるとか、政治的圧力を加えるという形で問題を解決するんです。つまり、神学は非常に強く政治と結びついています。
二つ目の特徴は、神学的思考は積み重ね方式ではないということです。
常に論理が弱い方が勝つ、というのが一つ目の特徴だと佐藤さんは書いている。
論理が弱い方が暴力的に力技で決着をつける。そのうち何が議論されていたかが忘れ去られ、200年とか300年たったあとにまた同じ議論が蒸し返される。そのため「積み重ね方式ではない」というのが神学の二つ目の特徴らしい。
何が面白いかというと、この二つを自覚して佐藤さんが神学を専門としているところだ。「意味のないことに挑んでいくことに意味を認める」とも書いているのだが、この辺りの感覚は自分には分からない。分からないからこそ、どのような心境でそう考えるようになったのか興味をそそられる。
内在的論理としての宗教
本著にはタイトル通り、世界中の宗教や歴史、現代の世界がどのように形づくられてきたかが書かれている。
「コルプス・クリスチアヌム」と呼ばれる、EUやNATOなどのヨーロッパの有機体が結びつく元となっているユダヤ・キリスト教、ギリシャ古典哲学、ローマ法の3つの価値観。アッラーと自分との関係が日常生活に溶け込んでいるイスラーム教の価値観。そして、日本に土着化して、日本人の精神的伝統の根本となっている仏教の価値観。
個人の価値観というものは知らず知らずのうちに子供の頃から醸成されていて、その過程には宗教が深く絡みついている。日本人のわたしたちの常識は、日本に根づいている仏教、神道、人によっては日本式のキリスト教を少なからずルーツに形成されているのだ。
本著にあげられている例として恐ろしいとおもうのは、イランの核兵器について「お隠れになったイマームがあわられて、イランを守る、ということを本当にイランの政治エリートが信じているとすると、やっかいなことになる可能性がある」と語っているところだ。イスラームの常識は、日本人には測りきれないものがある。
ただ、よく聞かれる批判ではあるが、佐藤さんの解釈には現実に起こったことと彼の論理を無理矢理こじつけているんじゃないか、とおもわれる点がある。これには注意が必要だ。
例えば、「確かに口では誓ったが、心は近いに囚われておらぬ」という西洋的な視点は日本人の感覚にも通じるものがあって、これで政治家たちが約束を反故にすることを説明している箇所。
鳩山由紀夫が「私は総理をやめるとともに国会議員をやめる」と言って、やっぱりやめることにしたという事例なのだが、この約束の反故に深淵なる理由があるのだろうか。どうにもそうはおもえない。
結論としては、人の判断のもととなる内在的論理に宗教観は関わっているのだろうが、それは他人に正確にうかがい知れるものではない。互いの価値観を排除して戦争にならない程度に、いろいろな宗教があり、いろいろな考え方があることは理解すべきだ。しかし個人の思想は完全には理解できないものだと割り切る。これがバランスの良い考え方ではないだろうか。
『国家の罠』
佐藤優を読むならこれと、途中ですすめた『国家の罠』。体験談というのは紛れもなく当人にしか書けない貴重なもので、臨場感があるぶん読み応えもある。それにしても、ここまで詳細を覚えている彼の記憶力は凄まじい。