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皇子の頼み事
「……なぜその悪魔が一緒なんだ」
苦虫を百匹は噛み潰したかのような苦々しい顔と声で、一目見るなりルイセリゼから目をそらすリオール。……そこまで?!
「あら、酷いことおっしゃいますのね、皇子様。わたくしとあなた様の仲ではございませんか」
ルイセリゼの言葉に、ぎょっとしてリオールを凝視するお付きのひとたち。そんなまわりの反応に気づいているのかいないのか、ころころ笑うルイセリゼは、皇子の態度などまったく気にした様子がない。
「誤解を招くような言い方をするな!……結婚したときいたが、お前を嫁にするとかどんな猛者だ?魔王か?」
何気にひどい言いぐさである。だが、リオールは真剣だ。
「ふふ、失礼ですわ、皇子。そういうあなた様の初恋は……」
「うわ、悪かった、ヤメロ」
あれは人生最大の汚点だ、とあわててルイセリゼを遮るリオール。どうでもいいけど、そこまで言われると気になるよ。誰なのさ、初恋。
しかし、自分たちの主人たる皇子が、名だたる豪商とはいえ、あくまでただの商人の娘にいいようにされているというのに、騎士や従者たちはさりげなく視線を逸らしたり、見ないふりをしている。顔色は一様に悪い。だが、次期国王とも噂される皇子付の従者がそれでいいのか?いや、ダメだろう。
なんともつっこみどころ満載だが、もちろん、リンだって余計なつっこみはしない。うん、むしろ面倒臭そうな感じしかしない。帰りたい。今すぐ帰っていいですか?
無言で回れ右したリンは、驚きの素早さで寄ってきたリオールに捕まった。
「はははは、どこにいくんだ?」
顔が怖いわ!あと近い!ルイセリゼを残して逃げることはできそうにない。
観念したリンは仕方なく話を聞くことにする。
「で、なに」
「まあ、大したことじゃない。とりあえず、座ったらどうだ」
「うー」
長居はしたくないのだが。
「まあ、いいや。ここまで来ちゃったしね」
改めてリンとルイセリゼはソファに座る。侍従さんが香りのいいお茶と美味しそうな菓子を出してくれた。
「頼み事はそんなに難しくない。ただの鑑定だ」
「鑑定?それくらい店でもしてくれるでしょ?」
なぜ目をそらす。
ライセリュート商店は優秀な鑑定人を抱えているし、さっきの店でも上級鑑定人は何人か待機していた。そもそも、忘れがちだがリオールは一国の皇子なのだ。いくらでも上級鑑定人につてはあるだろう。わざわざリンに頼る必要があるとは思えない。
「一般の鑑定人には匙をなげられた」
「……はあ?」
「王宮付の鑑定人にも逃げられた。無理に頼み込んで鑑定させたら、鑑定能力そのものが失われた」
なんだ、それは。鑑定能力が失われたということは、取得したスキルが無くなった?なんだか聞いたことある現象だな、とリンは頭を悩ますが、思い出せない。
「うーん、鑑定能力失った人はどうなったの?」
「能力が戻る兆しはない。古代精霊の欠片にも聞いたが、彼女にもどうにもできないし、鑑定も不可だと。仕方ないから年金を支給している。僕が無理をいったせいだしな。だが、その古代精霊の欠片がお前に言えばなんとかなるかもしれないと言ったんだ」
リオールはすでに迷宮に入ったらしい。危険らしい危険はなく、様々なアイテムや素材を手に入れてほくほくしながら帰ってきたが、その中の謎のアイテムがあったのだとか。鑑定できないだけならまだしも、鑑定人たちは口を揃えて持っているだけでも危険な気がするという。かといって、手放してもいつの間にか手元に戻ってきているらしい。
どこのホラーだ!呪いのアイテムなのだろうか。でもどっかで聞いたことあるなあ、とまたもや首を傾げるリンである。
「簡単じゃないじゃん!私だってやだよ、そんな危険そうなブツ」
大人しく呪われて(?)おくがいい、不運皇子よ。リンを巻き込まないまでほしいものである。
リオールが取り出したのは、宝石だった。
真珠に似た輝きを放つ、白く丸い宝石。大きさはリンゴくらいはあるだろうか。
美しい白い輝きを、真っ黒で禍々しい気配が覆っている。うん、明らかに呪われているよね!
「いやいや、おかしくない?なんでこんなあからさまに呪われてるアイテム拾うのさ」
「?何言ってる。綺麗な宝玉だろう。清浄な輝きを放っているから、まさか呪いのアイテムだとはおもわなかったんだ」
よくよく聞くと、どうやらリオールにはこの禍々しい気配が見えていないらしい。そこまで聞いてようやくリンは思い出した。
「あー、呪いシリーズの三回目かあ」
かつてゲームをしていたころ、呪いシリーズをコンプしよう!というイベントがあった。呪いシリーズは全部で五つ。弓、本、宝玉、剣、盾。すべてを集め、呪いを解くと強力な力が手にはいる、というイベントだった。別にすべてを集めなくても呪いを解くことは可能だったが、手順を間違えると、呪いが解けないどころか、強烈なペナルティをくう。
ペナルティは、所持金を全額ロスト、装備している武具をどれか一つロスト、所持しているアイテムをレアリティの高いものから三つロスト、セットしているスキルを一つロストのなかからランダムに選ばれる。
スキルロストはあたる確率はかなり低いが、うっかりこれにあたったプレイヤーで、光魔法を百以上まで育てていたのに、ロストして号泣した奴がいたとか。
スキルロストとかあり得ない、とスキルロストしたプレイヤーたちから猛抗議を食らった運営が、確か次のアップデートで修正すると発表していたはずだ。
鑑定人がスキルロストしたのは、現実だからか。ゲームとはなにかしら差異があるのだろう。身の安全のためにも、鑑定や呪いの解呪の前に調べられることは調べておかなくてはならない。
まあ、それはそれとして、イベントを思い出した途端、俄然やる気がでたリンである。
そう、このイベント、詳しいのはつまりリンも参加していたからである。パーティ推奨ではあるが、個人参加も可だったのだ。イベントにはあまり参加しなかったリンであるが、これだけはやる気満々でアイテムもありったけ突っ込んで参加した。主に、本と宝玉狙いで。景品がものすごく欲しかったのだ。
呪いを解いたあとの本は「ハッピーブック」、宝玉は「特殊召喚石」。
現実ではどうなのかわからないが、ゲームではこの二つのアイテムのおかげで、農園が倍になった。農作物の品質も二段階くらい向上した素晴らしいアイテムだったのだ。しかも調合にもお役立ちだった。
呪いシリーズがあるなら、もしかして、迷宮で本も見つかるかもしれない。本を見つけて呪いを解き、「ハッピーブック」が手にはいれば、ドワーフに聞くまでもなく果樹園の問題を解決できるかもしれない。育てにくいハーブなんかも育てられる可能性は高い。
「うははははは、やってみる価値はあるねえ」
イベント時はかなり苦労したが、消費した労力に見合うナイスな景品だったのだから。まあ、性能が高いぶん、制限も多かったけどね!
不運皇子のわりにはなかなかいい話を持ってくるものだ。
無表情で「うははははは」と笑う(?)リンに、周囲がドン引きしていることなど、まったく気づいていないリンなのだった。

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