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閑話 それぞれの春祭り
ゴブリン達からなる、自衛隊音楽隊のファンファーレが鳴り響き、周囲を歓声が包み込む。
街の外れに作られた特設レース会場は、沢山の人でにぎわっていた。
春祭りの催し物の一つとして作られたこの場所は、それを考えても沢山の人でにぎわっている。
恐らく、周辺の農村からも人が集まってきているのだろう。
普段からは考えられないほどの人が集まり、熱い活気に満ちている。
その一角に、高く作られた舞台のようなものが設置されていた。
2mを越えるその上には、長机と椅子が乗せられている。
座っているのは、片手にメガホンを持ったキョウジとイツカだ。
イツカは軽く咳払いをすると、メガホンに口を近づけた。
「さあ、いよいよ始まりました、第一回春祭り賞。実況はわたくし、お酒大好きスヤマ・イツカと! 解説は」
「女装は嫌いスドウ・キョウジ、で、お送りします」
ただのメガホンなのだが、音はかなり大きく響き渡っていた。
鍛冶屋の親方が用意してくれたそれは、声を大きくする魔法の込められたものなのだという。
「というわけで御座いましてね! 今日はお祭り二日目! というわけで御座いまして。キョウジ君が仕組んだ魔獣を使ったレースなわけなんですけれども」
「説明的な台詞どうもありがとう御座います」
「いやー、賑わいましたねー! 沢山人来てくれてねっ! 盛り上がって何よりなんですけども」
「提案者としては鼻が高いですね」
そういうと、キョウジは嬉しそうに笑顔を作る。
言葉通り、このイベントは春祭りのために、キョウジが提案したものであった。
競争ごとは華もあるし、賭けの対象にも出来る。
大人も子供も楽しめるだろうという読みは、どうやら当たったようだった。
「しっかし、予想外に盛り上がってますねー。どうも村ごとに集まって熱い応援合戦が繰り広げられているようですけど、これはどういうことですか解説のキョウジさん」
「はい。実はレースに出走する魔獣と、その騎手に秘密があるんですねー」
「キョウジ君得意の悪巧みですね?」
「人聞きが悪いでしょう! そういう系じゃないですよ! えーと、今回走る魔獣と自衛隊の方々は、実は街から各村への連絡を担当している人達なんですよ」
「と、言いますと?」
「以前、盗賊の一件があって以降。自衛隊は街、各農村間の素早い連絡手段の確立を模索してきました。平時でも緊急時でも、お互いの意思疎通は必要ですからね」
「私はその事件知らないんですけど、えらい騒ぎだったみたいですな」
公の場なので、キョウジは例の一件を「盗賊」と言っていた。
イツカも事情だけは聞いていたので、特に突っ込みは入れない。
「そこで考案されたのが、イノシシライダーズです。普段から牧場のゴブリンさん達はイノシシ魔獣に跨っていますからね。それを利用して、連絡網を作ったんですよ」
「ほぉー、なるほどなるほど。ちなみにそのネーミングは?」
「ミツバちゃんです。一応自衛隊の副隊長なので」
どうやらミツバのネーミングセンスはお亡くなりになられている様だ。
「各村へ連絡に走るゴブリンさんとイノシシ魔獣は、基本的に固定なんです。勿論交代要員はいますが、まるまる村にはしかくしかくさん、って感じで。その方がちょっとした変化にも気が付きやすいですし、村の人たちとも顔なじみに成れますから、イロイロ円滑に仕事が出来ますしね」
「考えましたな」
「で! 今回のレースの話しに戻るんですが。なんと! 出走するのは各村へ向うイノシシライダーさん達なんです!」
「これは各村、応援にも気合が入る訳ですね」
「いつも顔を合わせているゴブリンさんが、他の村と競争をするわけですからね。一種代理戦争といってもいいと思います」
「応援合戦も白熱しますねー。この賑やかさは各農村から応援隊が来てるからなんですねー」
人ごみのほうへと注意を向ければ、各村ごとに集団になって応援の声を上げているのがわかった。
横断幕を振っているものや、声をそろえた応援歌の熱唱など、力の入り方はすさまじい事になっている。
冬の間にたまった憂さをここで晴らそうとでもしているかのようだ。
「人が集まれば酒も食い物も売れる! 賭け事もやってるから、ソッチも儲かる! もう万々歳だぁーね」
「配当金は既に国に提出した計算式の通りに算出され、一部はこの街を中心とした各農村のいざという時のための貯蓄に。一部は自衛隊の運営費に回されます。皆さん、ふるってご参加くださいねー」
「イノシシ券はお祭りの管理事務所で発行したもののみが有効です。偽モノ、闇取引にご注意くださーい。手が後ろに回りますからねー」
要するにここまでのやり取りは、宣伝と説明をかねたものだったのだ。
一応台本もあったりする。
書いたのは当然、キョウジだ。
「ところでキョウジくん」
「はい? なんです?」
「自衛隊の人達って魔獣に乗ってるけど。あれって魔獣を飼いならす技術なんじゃねぇーの? 隣国の最新技術とかぶってんじゃない? コレってイロイロ問題にならないの? 戦争の火種的な」
拡声器が拾わないように小さな声で囁かれたその言葉に、キョウジは真顔のままイツカの顔を見つめた。
イツカも無言のまま、じっとキョウジの顔を見つめる。
お互い一切の真顔のまま、数秒の時間が過ぎていく。
キョウジとイツカはおもむろに正面に向き直ると、表情を笑顔に変えた。
「さっ! というわけで御座いましてね! 早速出走するイノシシと騎手の紹介に参りましょう!」
「各村の特産品なんかも紹介しますからねー」
二人はアイコンタクトのみで、お互いに気が付かなかったことにした。
確かに今後課題になりそうなことだが、今は話し合うべきときではないと判断したのである。
なにせ、楽しい春祭りの最中なのだ。
水を差す事も無いだろう。
と、いう理由をつけて、二人は現実逃避に走ったのだ。
ここの所、めっきり息が合ってきた二人である。
その頃、街中のとある場所にて。
ミツバとハンスが、必死の形相で追いかけっこをしていた。
追われているのは当然、ミツバのほうである。
なぜ、彼女は追われているのか。
それは、ミツバが花火の一件以来、ずっと逃げていたからだ。
ミツバとイツカが、ムツキに花火を打ち上げさせた後、ハンスはすぐに牧場へと急行していた。
ミツバとイツカに制裁を加えるためである。
イツカはすぐに捕まり、説教を喰らうことになった。
体力の無いイツカは逃げることを考えていなかったらしく、土下座でハンスを迎えたのだ。
そのおかげでイツカに対するお説教は短時間で済んだのだが、問題は逃げたミツバのほうだった。
ミツバの能力は「超身体能力」であり、その字面は伊達ではない。
おおよそ人間、というか、生物からはかけ離れた頑丈さと出力を、ミツバは持っている。
そのミツバが本気で逃げれば、おおよそ追いつけるものはいないだろう。
だが、ハンスはそんなミツバを捕まえ、お仕置きをしてきていた。
何故そんなことが出来たのか。
勿論、ハンス自身の身体能力の高さもある。
身体強化魔法にかけては、ハンスは国内でも最高峰の使い手なのだ。
とはいえ、それだけでミツバを捕まえるのは不可能だろう。
ハンスがミツバを捕まえるのに必要な、もう一つの要素。
それは、コウシロウの協力だった。
どこに逃げても千里眼で発見し、今後の逃げ道を予測する。
コウシロウのナビゲートがあったからこそ、ハンスは的確にミツバを追い詰め、制裁を加えることが出来ていたのだ。
だが残念な事に、コウシロウは現在鳥カゴで移動中であった。
到着はもう少し先になるという。
となれば、ミツバを捕まえる手段は一つしかない。
「待てミツバっ! お前、丸一日どこに隠れてたんだっ!」
「いやっす! 捕まったら怒るじゃないっすか!」
「当たり前だこのアホっ!」
人通りの多い街中を、二人はその合間を縫って走り抜けていく。
そんなミツバとハンスの後姿を、ケンイチは腕組みをして見送った。
牧場主として忙しくあちこちを回っている最中、丁度その場面に出くわしたのだ。
そんなケンイチの横には、黒髪の少女が立っている。
黒い着物を着こなした彼女は、ケンイチの配下で四天王の一人、黒い天馬「黒星」だ。
ケンイチは首を傾げると、不思議そうに口を開いた。
「あんだぁ、ミツバのヤツまぁーだ捕まってなかったのか。昨日の夜からじゃねぇーの?」
「らしいな。ミツバ殿は森に逃げ込んで夜を凌いだようだが」
「マジかよ! あいつがぁ?! メシどーしたんだぁ?!」
ミツバは身体能力は凄まじく高いのだが、燃費もそれなりだ。
毎食山のように食べるし、当のミツバ自身も食べる事が三度の食事よりも好きな人種である。
森の中に逃げ込めば、確かに逃げおおせる事はできるかもしれない。
だが、食事を取ることは難しいだろう。
ミツバが食事を捨ててまで逃げる事を選ぶとは、到底思えなかった。
逆ならば納得もするところなのだろうが。
「今は祭り時だからな。そこら中で補給できる」
「ああ、屋台かぁ。でもアイツ金もってねぇーじゃんよ」
黒星の言葉に納得しかけたケンイチだったが、すぐに次の疑問が浮かび上がる。
とはいえ、これはケンイチにも理由が思い当たった。
「そうか。アイツ、チョー顔ひれぇーもんなぁ」
基本的にはハンスの従者ということになっていて、自衛隊の副隊長でもあるミツバは、街中や農村部をよく走り回っていた。
本人の人懐っこい性格も有り、恐ろしく顔が広いのだ。
そこらを歩いていれば、お菓子や食べ物を貰える程度には可愛がられてもいる。
「屋台の店番をしているのは、おおよそミツバ殿の顔見知りだからな。貰って食べていたらしい」
「普段はコウシロウさんとこいくしかねぇーけど、祭りやってるいまならどこでもメシ食えるっつーわけかぁ。サイアクだな」
いつもなら食事どころなどに追い詰めれば捕まえられるのだろうが、現在は逃げながらでも食べられるものが町にあふれている。
ミツバを捕まえるには、最悪の状況だといえるだろう。
「まったくハンスさんも忙しいよなぁ。俺も手伝うかねぇ?」
「追うか?」
そういうと、黒星は並んでいたケンイチの横から、一歩前に出た。
今は人の姿をしているが、その本性は黒い天馬であり、ケンイチの相棒だ。
「んー。そうだなぁ」
珍しく悩むようなケンイチの声に、黒星は怪訝そうに振り返った。
「いや、やっぱいいわ。俺等がまざったところで、ミツバのヤツつかまりゃしねぇーだろうしよぉ。ぼちぼちコウシロウさんもかえってくるしなぁ」
「分かった。ならば放って置こう」
「だなぁ。それに、折角にあってるんだしよぉ。その着物。ヘンシンして脱いじまうのももったいねぇーべや」
肩を竦めてそういうケンイチに、黒星は振り返りもせずに歩き出した。
「では、早く用件を片付けるぞ」
「おー。そーすっかぁー」
頬が赤くなっているのがばれないように前を歩く黒星の後ろを、ケンイチはまったくそれに気が付かぬまま追いかけるのだった。
この後、レースは滞りなく開催されたものの。
そのレースの会場に逃げ込んだミツバとハンスが、トラックをイノシシ達を追い抜かさんばかりの勢いで追い上げたり。
デットヒートを繰り広げた挙句、ミツバが1等になったり。
喜んでポーズを決めていたミツバが、容赦なくハンスに捕まって引きずられていき、その様子が伝説になったりしたのだが。
それはまた別の話である。

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