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当時の時代背景から全体観に立って考えてみたいと思います。
執行部や一部坊主に至るまで大勢が池田先生に辞任をつきつけました。
方面、地方にも池田先生に違背する幹部もたくさんいてまだ発迹顕本に至るまでの学会だったと感じます。
今でこそ先生、先生と師弟にあふれた学会になりましたが当時はまだ傲慢、慢心な幹部が多かったです。
その学会で部下の立場にあった原田会長や秋谷氏らは未熟で見抜けず声をあげれなかったのではないでしょうか。
まだ師弟という精神が弟子の根本にささってなかったのです。
ですから学会をあげて池田先生を辞任に追い込むことになったのでしょう。
池田先生も当時のことをあの頃の悔しさを何度も触れられ指導されていますが
こうやって池田先生は弟子に師弟の精神を深く刻み込んでいると感じるのです。
原田氏や秋谷氏にとっては口酸っぱい話になるのでしょうが
いろいろな辛酸をなめているからこそ人間として強靭な精神が鍛えられますから。
問題のある幹部が処分されているのに処分されずに会長職についていることをみると
そのような弟子でも大きな心で育ててくれていると思うのです。
原田会長秋谷元会長は池田先生と一緒に戦い勝利勝利をおさめてきています。
会長がおかしければとっくに学会は敗北を続けて会長の責任を追及されてたことでしょう。
ただ突然裏づけもなく叩き出される理由がないのです。
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