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「現象」という「現実」
「現象」という「現実」は、3つの段階で他者へ伝わっていきます。ダイレクト
ではないのです。
「現象」は現われですが、?言葉で説明しようとすると、現象が起きた後の「語
り」となりズレ・ブレが起きます。時間差が生じているのです。②「語られた内
容」は、相手の受け止め方によりアレンジされて伝わります。③その「語り」を
文字にして他者に伝えるとなると、さらにズレ・ブレが起きています。
自分自身が感じている事、思っている事を伝えようとすると必ずブレ・ズレが生
じているということです。このような現実が、誤解・歪曲化・嘘等の「伝わりに
くさ」となって現れているのです。
この差・異なりは「自己機能」が活性化されると消えます。抵抗因子が消えるか
らです。
邪宗ぽいですが、ご容赦を
先般「般若心経」について紹介しましたが「般若心経」自体が「悟り」現象の体
感・体験した世界を示しています。この「般若心経」も3つの段階を経て人々に
伝わっているのです。
しかし「悟りたい」と思う思考が、「祈り」に対象化してしまうという現象があ
るのです。いくら唱えても「般若心経」の境地を体感・体験できないのです。「
唱える」という対象ではないのです。自分自身の中で起きている現象だというこ
とに「気づく」ためのガイド、ナビなのです。「非二元」の世界の体感・体験を
示しているのです。
つまり、対象化するということは外界の現象です。対象化するのではなく、自分
自身で「体感・体験」するために「般若心経」はあるのです。なぜならば、釈尊
以降「般若心経」を唱えて「悟り」を得た人はいない、記録が残されていない現
実がある。仏教各派のお坊さん、修験者の方々は、思い込み・信じ込みの世界に
あるのです。
仏法の経典は「体感・体験」の記録であり、釈尊の伝承なのです。3つの段階が
常につきまとう事を心していかなければ「本質」が見えない、わからない、とい
う迷妄の人となるのです。それが、今日の各仏教系教団の実体です。
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