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「祈り」

 投稿者:アルベア  投稿日:2016年 2月 7日(日)03時56分53秒
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  「祈り」

「祈り」とは、外なる対象に向かう自己のエネルギーである。ここに「祈り」と

いう「自己機能」が働き作用している。地球上の宗教と言う枠組み、人間の営み

に見られる現象である。光合成が意識化しているのである。現代人の「祈り」に

は「自然からの乖離」が見られている。「自我機能」になっているのである。

本来「祈り」は、「自然のあるがまま」の「自己機能」の働き作用である。

しかし、素朴な(自然な)祈りが「自我」により強化されると形式化する、権威

主義となる。指導者に順位・序列が生じる。そこでは「自己機能」から「自我機

能」の「祈り」へとシフトし、仏法の目的である衆生の救済がおろそかになって

いく。「体感覚知」が無い者が「跡継ぎ」となるからである。世俗化の本質があ

るからである。「祈り」という本来の自然現象が、宗教の目的として利用されて

いるのです。地球上の宗教の形態に共通して見られている現象である。

「思わず手を合わせてしまう」「思わず祈ってしまう」という体験は皆さんある

と思うが、この「思わず」が自然現象としての「祈り」なのだ。「自我機能」に

よる意図的な「祈り」は、思考・概念の廻りあいであり、効果はない。いかに「

自己機能」からもたらされる「自然現象」としての「祈り」を維持できるかが、

多くの信仰者、行者にとっての課題なのだ。

「自我機能」の「祈り」は疲れ、疲弊し、歓喜からほど遠い、みかけの「祈り」

になるからだ。「自己機能」の働き作用による「祈り」は、喜びと歓喜となり、

自分自身の内部に定着化される。

古今東西の「悟り」「覚醒」がもたらされた方々の「祈り」は「反転」する。「

祈り」の対象が消失し、「救済」「慈悲」の働き作用となって、対象者に向かっ

てエネルギーが照射され救済が起きる。つまり「祈り」の「反転」とは「祈り」

に応える働き作用となって現象化するのだ。「求道者」から「救済者」への反転

だ。身近な実例としては、池田先生の振る舞いに見られる現象です。

「体感覚知」すると、自然治癒力が活性化され、ズレ・ブレが修正され「中心軸

」が形成される。そうした諸々の現われが、他者に対して「慈悲の影響」という

働き作用となって現象化するのだ。

みかけの「祈り」の人は、世俗化、世俗主義の人となる。「自我機能」の働き作

の信仰だからだ。

気づいたら「祈り」を「自己機能」の働き作用に変えればいいのです。ちなみに

「感謝」という現象は「自己機能」の働き作用です。「ぬくもりのある人」は「

自己機能」の人、「つめたい人」は「自我機能」の人だ。


まあ、私にとっては、どうでもいい事です。全ては、その人に「もたらされてい

る現実」ですから、「気づく」「気づかぬ」は本人の問題なのです。
 
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