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セブンスターさん

 投稿者:シビック  投稿日:2016年 2月 5日(金)17時21分31秒
  通報 編集済
  突然、失礼致します。
これも議論し尽くされたのかも知れませんが教えてください。
観念文の「法華経の肝心云々」の表現に種脱相対まで含んだ表現は必要なのでしょうか?
セブンスターさんもおっしゃっている通り学会員が読むなら「我が家の御本尊」と理解できるのだから問題ないのではないかと思うのです。
種脱相対まで含んだ表現にしなければならないと思う理由を教えて欲しいです。
先日、顕正新聞を読む機会がありまして、「法華経の肝心云々」の部分を五重の相対を使って破折していました。
曰く、「法華経の肝心」だけだと権実相対だけだ。「本門寿量品」と言って始めて本迹相対となる。「寿量品の肝心・文底秘沈の大法」となって始めて種脱相対が明らかになるという理屈でした。
私的には、そこまで厳密に言わなくても「法華経に全部含まれるんじゃね」って思うのですが、そんな単純な考えではダメですか?
もし過去ログあれば、いつ頃に議論されてるよでも良いですので、ご教示願います。
 
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