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中立者様の最初の方書かれた意見、大変興味深く感じます!!
>掲示板諸兄の言うように、それを、「会長辞任=最高幹部の企てによる先生の敗北」と弟子が考えていいものなのかどうか。もちろん、その事件の印象論的次元での理解においては、弟子の敗北であり、先生を辞任に追い込んでしまったという歴史的事実です。しかしながら、事件を存在論的次元で語るならば、むしろ先生の、仏界の境涯で振る舞われた、今日の世界宗教としての学会を構築する跳躍台にしていかれたメルクマールに捉え返すべきなのではないか。
これって、凄い考え方だな...とおもうのですが...
そうか、執行部はこのように考えているんじゃないか!!!と目から鱗でした。
>掲示板諸兄が崇め、自らの正統性の担保にするほどの「先生」が、なぜそうした状態に、いとも容易く陥る程度の存在と暗に蔑むのか。ここが理解できないのです。これは批判ではありません。単に私の理解の問題です。
私達は、先生を崇めてないし、自らの正統性を担保するための存在だとも思っていません。
それは、先生を利用していることになると思います。
でも、執行部はこのように考えているのではないかと思いました。
辻褄が合いました。
執行部がどういう論理でいるのか、ずっと分からなかったのです。
でも、この考え方であれば、執行部は池田先生の側にいるので一番正しいし、偉いし、執行部が失態を犯したからこそ世界宗教へと飛躍できた今があると言える。
中立者様が仰りたい事を批判するような形になって申し訳ないのですが、すごくナルホドーっと思ってしまいました。
発想が凄いですね。。。
本当にニュートラル。。。
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