|
|
北斗七星さんのご厚意で、新しいHNをご提案いただいたので、採用させていただ
きました。ありがとうございます(^^)
さてセブンスターさん、「急激に行われた」かどうかは印象的な言辞なので触れ
ませんが、会則改定等に関して、その正否を会員の立場で個人的に検証すること
は、有意義かどうかは検証者の判断にゆだねるとして、自由だとは思います。
ただし、「先生からのメッセージが付随しなければ誤りである」とする短絡的な理解の仕方は、教条主義化しかねない危険な要素をはらむ認識方法ですので、それだけは指摘させていただきますね(^^)
あなたと同じように、指摘箇所は「いちいち挙げればきりが」ないですが、過去の先生のご指導と異なるというのが正邪判断の基準になるのであれば、宗門との関係性も問い直さなければなりません。
また、文中にある「日寛教学を否定する」といった点も、そのような会の発表がありませんでしたので、特に論じることはありません。時代的制約を受けた部分
と普遍的な部分とを立て分けるよう、見直しを行うということが会のスタンスとして明確に発表されてあるので、それ以上のことはないのでは?それをさらに教学的に検証することは、教義深化の過程においては有意義な取り組みでしょう。
「大」の字について言えば、それまで会員感情や歴史的経過を踏まえて、固有名詞的に呼称していた感のある「大御本尊」を、宗門から決別した教団の本尊として呼称するとの理由から「御本尊」としたのであり、「大」の字の削除を強要する発表でもないので、あなたが「大御本尊」と呼称したいのであれば、そう呼称するのは個人の自由だと考えます。それと同じく、私が「御本尊」と呼称するのも、また自由です。発表に則り、一方的な批判的解釈ではなく、もう一段上位から考えれば、そう考えられることは明白ですね。
仰る通り、私は「執行部」ではありませんので、批判的にも肯定的にも、特にそこに感じるものはありませんし、また、今まで通りの信仰活動を続けておりますが、それで功徳が減退したと感じる有意な事例も生じていないのが正直な実感です。
もちろん、組織で我意を通して軋轢を生んでいるようなところもありませんが、今後もフラットに、自覚的にコミットする態度は変わらないと思います。
|
|