保育園問題とは、不足よりも認可/無認可の格差 --- 筒井 冨美

2016年03月20日 06:00

現在、日本には「補助金をたっぷり使って、設備が充実して低額な認可保育所」と「わずかな補助金で、設備もイマイチで高額な無認可保育所」が存在する。多くの親は前者を希望するが競争が激しく、入園選考に不合格となって仕方なく後者を選ぶか、それもダメなら待機児童となる。

認可保育園の補助金は児童一人あたり約20万/月になり、特に0才児では3~40なるという試算もある。ゆえに、「子供2人を認可保育園に預けられるか否か」は「月40万円の児童手当を6年間もらえるか否か」等しい格差がある。ゆえに、多くの親は厳しい認可保育園の合格活動(俗に言う保活)に挑むのだ。「2~3月生まれが不利」は長年指摘されているが是正される見込みはなく、「激戦区の保活はバースコントロールから始まる」も常識となりつつある。「格差是正」が近年の流行語なのに、保育園における「認可/無認可」の格差は放置されたままなのだ。

大学入試とは違って、認可保育園の合格基準は不明瞭である。役所の審査では「保育に欠ける児童」であることが要求されるが、どの家庭がより「保育に欠ける」のか全員が納得できる基準は無い。認可保育園合格者の「収入や労働時間の偽装(特に自営業)」「偽装離婚」「偽装うつ病」「偽装児童虐待」「市会議員の口利き」といった噂はオンライン・オフラインを問わず渦巻いている。その結果、「保育園落ちた日本死ね!」というブログ記事が国会答弁で取り上げられたりするが、「東大落ちた、日本死ね!」というブログ記事は見かけない。

ざっくり言って、子供が1学年約100万人いて、月20万の補助金で20万人分の認可保育園を作って、役所がテキトーに選んだ20万人だけ救って、後は放置しているのが現状である。そして、「1才児枠が激戦なので、社内規定では最大3年取れるはずの育休を早めに切り上げて0才5カ月で復職」「認可保育園の入園ポイントを上げるために、5か月目から無認可園に入れた」「下の子が育休中でも上の子を退園させられないよう裁判を起こす」というように、タダでさえ少ない枠を、少ないがために占拠したがる家庭は後を絶たない。

「解雇規制緩和」とは「全員を正社員にするのは無理なので、全員を非正社員化にすることで、正規/非正規の格差をなくす」ことでもある。ならば、保育園も規制緩和して「認可園への補助金をカットして、すべてを等しく無認可保育園にして、保育料はコスト相当(0才20万、1~2才15万、3~6才12万など)にする代わり、全ての子供に月4~5万の児童手当(あるいはクーポン)を配る」ことを私は提案したい。これならばすべての子どもに平等だし、ムダに独占したがる家庭も減って待機児童もなくなるはずだ。

「月20万なんて払えない!」という親も出ると思うが、そもそも「0才児を他人に預けて両親とも働く」というのは「月20万以上の付加価値をもたらすスキル」のない人材はすべきではない。現在、「1年間の育児休業」は法律で保証されているのだし。また、「辞めたら、出産前と同じポジションに戻れない!」というのは、そもそも出産前の報酬やポジションが、年功序列のような既得権益で貰いすぎていただけの話である。それが、市場価格に応じた報酬体系にリセットされるだけのことだ。現在「手取り月18万の時短契約社員、認可保育園に2人預けて保育料5万、残りは13万」の女性ならば、「月8~10万の児童手当を貰って専業主婦」も悪くない選択肢だろう。

「認可保育園が安価過ぎて競争にならず、それ以外の民間サービスが育たない」というのも保育園問題の一因だろう。保育園とは正社員を想定した定型的なサービスなので、フリーランスや日祝夜の労働者に不向きであり、母親の入院など突発事態への対応も困難だ。「2才と0才の兄弟を預けると月35万」が常識になれば「月30万のベビーシッター」も成立するだろうし、低賃金で苦しむ優秀な保育士は「フリーランス保育士」として独立することも可能になる。「Webによるベビーシッター紹介サービス」「子供が独立した後の自宅を活用した小規模保育」「0~1才児専用保育」といった小回りの利くユニークなサービスも増えるだろう。

現在、保育園の経営母体の多くは社会福祉法人である。日本ではイメージ的に「福祉法人やNPO≒非営利≒善」ということになっているが、その経理や人事制度には不透明な部分が多い。むしろ、「株式会社≒金儲け≒悪」とされる株式会社の方が、「損したくない」という株主の厳しいチェックが入るので、とんでもない不祥事が防げる…というのが、数多くの経営母体の違う病院と長年交渉してきた私の実感である。

こういうご時世だから、「高速道路」や「市民会館建設」とは大っぴらに言えないけれど「医療や福祉を名目に甘い汁を吸う人々」の疑惑は絶えない。2015年、大阪府の保育園経営者夫妻による一億超の補助金横領が報道された。実際には働いていない親族7人の名義で給料が支払われていたり、実情にそぐわない修繕補助金や、その他にも○千万の使途不明金があるそうだ。この地域は待機児童数が多く、不審に思った父兄もそう簡単には転園できないために園長夫妻には逆らえず、発覚が遅れたらしい。その他にも、杉並区議と親族の経営する保育園の疑惑やら社会福祉法人をめぐる不明金→弁護士変死疑惑など…この調子だと、社会福祉法人をめぐる「1000万クラスの横領」「月一回の出勤で年収800万の天下り役人」などは水面下にかなり存在していると思われる。「税金を児童手当としてダイレクトに各々の家庭に支払う」ことは、こういう中間搾取を防止する意味でも有用である。

「無認可だと保育の質が保てない」と心配する声もあるが、そもそも「保育の質」を査定するのに会議・書類・役所の視察なんかよりも「親の目」に勝るものはない。全ての施設が等しく無認可保育所になり、「フリーランス保育士」や、「ユニークな小規模保育園」といった新規プレイヤーが参入して健全な競争が行われれば、問題のある保育施設からは児童も職員も去るので、「マズくて閉店したラーメン屋」のようにマーケットによって淘汰されるであろう。そして、現在の親が保活に使う膨大な時間やエネルギーは、仕事なり育児に使えるようになる。

保育所問題の本質は不足ではなく、硬直化した「認可/無認可」の格差や、「役所の審査に合格した家庭のみを税金で助ける」という「市場や価格を無視した、社会主義的配分システム」である。解決方法は「認可保育園を増やす」ことではなく、格差や規制を解消して保育サービスを多様化・流動化させて、マーケットを活用した適正な分配を促すことである。


筒井冨美

フリーランス麻酔科医、無認可保育園児の母

1966年生まれ。フリーランス麻酔科医。地方の非医師家庭に生まれ、某国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、2012年から、「ドクターX~外科医・大門未知子~」「医師たちの恋愛事情」など医療ドラマの制作協力に携わる。2013年から、東洋経済オンライン「ノマドドクターは見た!」で論壇デビューし、執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える 「名医」と「迷医」の見分け方」(4月9日発売)。

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