バロンズ誌:米株の上昇に浮かれるなかれ --- 安田 佐和子

2016年03月20日 05:00

ballons

今週のバロンズ誌は、同誌が選ぶ世界の最高経営責任者(CEO)トップ30を紹介しています。第12回目となる今回は、アマゾンのジェフ・ベゾス氏がカムバックを果たしたほかエアバス、カンタス航空、CKハッチンソン・ホールディングスなど9社から新顔を迎えました。また、アジア企業のCEOを3分の1差し替えています。そのなかにはソフトバンクの孫正義氏、ファーストリテイリングの柳井正氏が含まれていました。気になるリストは、本誌をご覧下さい。

今週のアップ・アンド・ダウン・ウォールストリート、今週は年初からの下落を相殺した米株市場に警鐘を鳴らします。抄訳は、以下の通り。

自動運転の車が登場する21世紀に、人はなぜ靴の紐を自分で結ばねばならないのか?ナイキがその疑問を吹き飛ばし、自動靴ひも結び型スニーカーを開発した。政治も、テクノロジーの進化を促したはずだ。最低賃金の引き上げで、人間に代わり労働するロボットの需要を生み出したに違いない。

少なくとも、最高財務責任者(CFO)を対象に行ったデューク大学フクア・ビジネス・スクールでの調査結果で、明らかになっている。同調査によると、75%のCFOが最低賃金が1時間当たり15ドルへ引き上げにより現在あるいは将来の人員を削減すると回答していた。そのうち41%は現在の従業員をカットすると答え、66%は将来の雇用数を減らすという。66%は福利厚生を縮小し、49%は商品の値上げを予想した。調査元のキャンベル・ハーベイ教授は、結果を振り返り時給10ドル以下の労働者が従事する仕事をめぐり、自動化を目指した投資を行うため「いくつかの職業はロボットに差し替えられ、それは決して取り戻せないだろう」と語る。

時給が15ドルを見据え、迅速に自動化を進めるセクターはファースト・フードと考えられる。スターバックスは既に携帯で注文が可能なアプリを世に送り出した。アンドロイドやiPhoneというユビキタスを備える現代社会でなら、移行は簡単だ。

デューク大学での調査では、もうひとつの興味深い事実が浮かび上がっていた。2016年末までに「米国が景気後退に陥る」との回答が31%に及んでいたのである。3月4日までの調査では、世界経済の減速に加え米大統領選をめぐる不透明感が挙がっていた。少なくとも後者の不安は、クリントン候補とトランプ候補が勝ち上がってきたので減退しただろう。とはいえ、本選では戦う可能性が高い両者は最も好感度が低い2人でもある。2人の醜い争いは、既に不安定な政治情勢ではCFOのセンチメントを上昇させるに至らない。

明るい材料としては、米株と原油先物買い戻しが挙げられよう。CFOが景気後退を予想する2つの問題は、中央銀行によって救われつつある。欧州中央銀行(ECB)をはじめ日銀、人民銀行、そのほかノルウェーやニュージーランドを含め、それぞれ緩和モードだ。イングランド銀行(BOE)も6月23日に予定する欧州連合(EU)残留を決める国民投票を控え低金利を維持し、米連邦公開市場委員会(FOMC)も世界景気や金融市場の動向をにらみ金利を据え置き金利見通しも引き下げた。

一連の決定のおかげで、ドルは下落し原油先物は上昇した。おかげで商品関連の株価は買い戻され、年初から10%安を迎えるなど調整相場を経験した指数が持ち直している。テクノロジー関連は、ドル安の恩恵を手掛かりに切り返しが顕著だ。

ダウ輸送株指数は、1月15日の安値から20%以上も跳ね上がり強気相場入りした。原油先物が2月の安値26ドルから50%近くも上昇へ反転し、航空関連やトラック業者にとって燃料費の負担が大きくなるはずであるにも関わらず、躍進を遂げている。

ダウ輸送株、年初からの下落を打ち消すだけでなくブル相場に突入。
tran
(出所:stockcharts)

マイケル・ハートネット氏率いるバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチは、商品関連銘柄のアウトパフォーマンスを人民元の上昇との相関性を指摘。その上でフェイスブック(FB)とペトロブラス(PBR)のペイン・トレードを挙げ、人民元が上昇した局面では前者が上昇し後者が下落し、逆の場合は前者が下落し後者が上昇したと分析する。

問題は、消費関連銘柄を中心としたリスク資産の買い戻しが一時的か否かだ。米株の3指数は5週続伸し、年初来の下落を打ち消した。ジャンク債も勝ち組で、”iシェアーズ iBoxx 米ドル建てハイイールド社債 ETF(HYG)”は2月11日の安値から9.6%上昇している。

しかし、現状は”スプリング・フィーバー(春先にホルモン・バランスが崩れエネルギーが高まる、あるいは低下する状態)”にかかったようなものだろう。天候要因も、現在の米株高がベア・マーケット・ラリーだという可能性を強める。記録的な暖冬を経てイースターを前に積雪の予報が出てしまったが、2014年と2015年は2月に平年を下回る気温を経験したため2月の経済指標が悪化したものの、3月と4月に好転した。ジェローム・レヴィ・フォーキャスティング・センターのデビッド・レヴィ氏によれば、今年は暖冬だったため冬場の経済指標が強く出てしまった。従って3月以降は本来の伸び悩みトレンドへの回帰を見込むと同時に、リスク資産も調整を余儀なくされるという。

エマージング市場にも、注意が必要だ。同氏はエマージング市場が度重なる景気刺激策を経て「バブルの状態にある」と認識し、ITバブルや住宅バブルに匹敵すると指摘する。世界貿易の縮小をはじめ資本財受注の減少、産業財向け商品価格の下落、製造業景況指数、銀行貸出の引き締めなどを振り返れば過剰供給の状態であり、エマージング市場のバブルが表面化する日は近い。

FOMCのFF金利見通し・中央値が下方修正されたのも、そうした世界情勢を踏まえたものだろう。年内は4回から2回の利上げ示唆へ変更したが、それでも市場と合致したとは言えない。FF先物市場での織り込み度は12月のみ、年1回程度を示す。ブルームバーグでは利上げ1回の確率を68%と試算するが、決して100%ではない。最も的確に予想してきた債券市場も、年内に複数の利上げを予想していない。強気相場の継続に懐疑的だと解釈しても、おかしくないだろう。

米株市場に関するコラム、ストリートワイズでは業績見通しが良好でバランスシートが健全な企業の株価が上昇すると見込む。抄訳は、以下の通り。

足元の米株の上昇は、財務状況や利益見通しが芳しくない銘柄が市場をけん引してきた。しかし、今後は健全な銘柄へ視点を移すべきだろう。

確かにFedは年内の利上げ示唆を4回から2回へ縮小させた。S&P500は決定を受け18日までの週に1.35%高を示し、年初来リターンを0.27%高とさせマイナス圏から脱した。しかし、質の低い銘柄が今後も輝くと早急に判断すべきではない。なぜなら、少なくともそうした銘柄が上昇を持続させるには、1−3月期の米成長率が前期比年率1.9%以上でなければならない。原油先物も40ドル以上で推移する必要があるものの、これは石油輸出国機構(OPEC)次第だ。

うした不安定な状況で、かつFedの利上げが年2回程度であれば質の高い銘柄にこそ注目すべきである。ゴールドマン・サックスのチーフ米株ストラジスト、デビッド・コスティン氏が推奨するバスケットにはバランスシートが健全な銘柄が並ぶ。低金利環境が続くため資金調達が容易となり、健全な企業でない株価より上昇余地は大きいだろう。

——アップ・アンド・ダウン・ウォールストリートに明記されていたエマージング市場のバブル状態にあるかは疑問の余地が残りますが、筆者も米株が年初来の下落を打ち消した後で最高値を更新するとは予想していません。1)ショートカバー一巡、2)OPEC及びロシアの協調生産体制への疑問、3)ECBをはじめ追加緩和措置の限界、4)米国の経済指標の軟化——などがその理由です。3)についてはドラギ総裁が既に追加利下げにはフタをしてしまい、バーナンキ前FRB議長も限界論に言及していましたね。4)については米小売売上高の下方修正、米雇用統計が背景にあります。特に米雇用統計は2月の結果に現れた通り、就業者の伸びを牽引するセクターが低賃金の職であること(こちらを参照)、その影響で平均時給が伸び悩んでいることの2点が明確になりました。GDPの7割を支える消費が鈍化する可能性が浮上します。

ストリートワイズは、至極ごもっともなご指摘で特に何も言うことはございません。強いて指摘するなら、そろそろ割高になってきた株価に手が出せるかという点に尽きます。米株は年初来リターンをプラスに反転させただけに、失速への懸念は拭えません。

(カバー写真:My Big Apple NY)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年3月19日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑