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炎上
光のない暗闇の中、水中眼鏡をつけウェットスーツを着たマーズは、人一人ほどの大きさがある巨大なモーターをつかんで、海中を静かに潜行していた。
モーターは非常に静かであり、ボンベも内蔵されているので、側面から出ているレギュレータが付いたチューブをマーズは口につけている。
背中に積んでいる大きなバックが水の抵抗を強くしているため、モーターをつかむ手に力が入る。
右耳についた通信機から、大佐の声が聞こえる。
「そろそろヴォイドにつくぞ、ゆっくりモーターの速度を下げろ」
マーズはつかんでいる場所にあるボタンを触り、ゆっくりと速度を下げる。
完全に停止すると、顔だけをゆっくりと海面からあげる。ヴォイドは200mほど先にあった。
また沈みゆっくりと150mほど進んだ後、レギュレータを外して、手を放しモーターを海の底に沈める。
モーターは遠隔操作で浮上させることが可能なので、脱出するときはまた使うことができる。
マーズはゆっくりと海面に出てヴォイドを見上げる。
下から見るとネズミ返しのようになっていて、上の様子はよくわからない。
ゆっくりとヴォイドの後方へと泳いでいくと、バルコニーらしきものが見えた。
背中のバックからワイヤーのついたフックが装填されたクロスボウを取り出し、バルコニーの手すりに発射する。
射出されたフックはバルコニーを通り過ぎた後、少し上で停止して重力で落ちてくると、手すりに引っかかった。
スイッチを押すとワイヤーが引っ張られ、マーズの体は海面から出る。
上がりながら、ウェットスーツの中心あるファスナーを開けて、フードを外して海水レンズを額にあげる。
わき腹にあるホルスターから銃をとりだして、包んでいたビニールを外して海に捨てた。銃を構えながらゆっくりと、バルコニーを手すりの下から見る。
見張りはいなく、左に丸い窓のついたドアが見える。
音を立てないように手すりを乗り越え、フックをバックに入れた後、ドアを開いた。
まっすぐある廊下の左右に同じ間隔でドアがある。
一番手前、右側のドアを開くとベッドと棚がある小さな部屋になっていた。
バックをおろしてウェットスーツを脱ぐと、ベッドの下に隠す。
ナイフのビニールを外した後、ドアの横にしゃがみ込み、通信機に話しかける。
「大佐、ヴォイド内に潜入したよ。今は…たぶん船員室らしき場所にいる」
「分かった、栗金団博士は空母内の下の方で兵器をいじってたらしい。まずは下の方から探して」
「マーズさん、銃は大丈夫ですか!」
通信機から、パセリの声が聞えた。
マーズは手に持っている銃を見る、特に異常は見られない。
「うん、大丈夫だよ」
「よかった。ガバメントの使う弾丸の45口径は威力はあっても貫通力はそこまでありませんから、気を付けてくださいね」
この話は、出発前に何度も聞かされていたが、パセリの気づかいがマーズはうれしかった。
「うん、ありがとう」
「私も一応、心配しておこうかしら」
今度はアイカだ。
「一応って…」
「冗談よ、ちゃんと帰ってきてね、気分を悪くして彼に会いたくないもの」
「絶対に男には会うんだ」
「当たり前でしょう」
何とも言えない表情をしていると、大佐の声が聞える。
「まあ、指令室一同あんたの帰りを待ってるってわけや、約束破るのは許さんからな」
マーズは微笑を浮かべて答える。
「うん、わかった。通信を終了するね」
「了解」
マーズは一度深く深呼吸すると、ドアから外に出て足音を立てないようゆっくりと廊下を歩いていく。
廊下の途中に上下に分かれる階段があったので、下に降りていく。
5階ほど降りると階段が終わり、また左右に分かれる廊下が見え、左に歩いていくと、人の話し声が聞こえた。
20mほど先、左の壁にあるドアからだった。
近くまで行き、ドアのそばで聞き耳を立てる。
3人ほどが何かを話し合っているようだった。
そのうちの1人が立ち上がる音がすると、足音がドアまで近づいてくる。
ドア開かれると敵の兵士が出てきた。両手にはアサルトライフルのM16が握られている。
横でささやくように言う。
「動くな」
敵はその場で固まると、異変に気づいたのか部屋の中から声がした。
「おい、どうした」
その声が聞えた瞬間、マーズは固まっている敵を180度回転させ、左手を首に回して、右手で銃を構えた。
中には大きな机を挟んで、2人が椅子に座っていた。
敵達は驚いて立ち上がろうとするが、マーズは即座に二人の頭に弾丸を放つ。2発とも頭部に命中し、2人がその場に倒れると、マーズはつかんでいる敵の頭に銃を構えて訊く。
「栗金団博士はどこ、殺さないから答えて」
「あ…栗金団博士は――」
瞬間、敵が銃をつかもうとしたため、マーズは反射的に引き金を引くと、敵はM16を落とし叫び声をあげながら倒れた。
「かぁ!あああ!」
敵を見ると、首のあたりに手を当てており、指の隙間から大量の血が流れ出て、床に広がっていた。
マーズは悲しそうにそれを見た後、頭部に照準を合わせる。
「ごめんね」
そう呟いて、引き金を引いた。
ため息を一つした後、部屋に入って落ちたM16を拾う。
M16についているベルトを肩にかけ銃を背中に回した時、後ろから油の塊がのどに詰まっているような人間の声がした。
「あれー、あなた」
ガバメントを構えながら振り向くと、ドアの外に太った女がいた。
すぐに撃とうとしたが、先に相手の掌底が肩を突く。
ガバメントが手から離れるとともにすさまじい勢いで後ろに吹き飛ばされ、机に打ち付けられると背中に激痛が走った。
机が倒れマーズもその場に倒れこむと、敵の女が言う。
「初めまして、私ポジコと申します。あなた、マーズさんですよね」
マーズは倒れた状態でポジコを見ると、こちらにショットガンを構えながら、ゆっくりと近づいてきていた。
マーズは痛みに耐えながら答える。
「どうして、私の名前を」
「梓様から聞きました。あなたは極力、捕虜にするように言われてますから、抵抗しないでいただけ――」
床を流れる血にポジコが少し足を取られた。それを見逃さず、足をポジコの方に伸ばし、ショットガンを蹴り上げると銃声が響く。
弾は天井に放たれた。
マーズは立ち上がりポジコに近づいてショットガンを握ると、勢いで押し、ドアから外に出てポジコを壁に押し込んだ。
ポジコもショットガンをつかみ、押し合いになったが、壁に押し込んだ際にポジコは少しだけ膝をまげており、マーズが少し上から体重をかける形になっていたため、ゆっくりとショットガンの銃口がポジコののど元に迫っていた。
あと数センチというところで、不意にポジコがショットガンから手を放す。
体が密着し戸惑っているマーズを、ポジコはすさまじい力で左に投げ飛ばした。
マーズは廊下の床に左手から着地したが、ほとんど無傷だった。
ショットガンは途中で手放してしまったが、いまポジコに銃はない。すぐに体制を立て直そうと思った瞬間、体を覆うほど大量の液体がマーズにかかった。
その液体は少し粘液性があり鼻を突くような刺激臭がする。
マーズはすぐに、それが可燃性のある油の一種であることに気づく。
なぜ油が?
そう考えながらも、ポジコの方を見ると、右手に火のついたライターを握っていた。
「ごゆっくりー」
ポジコはそう言うとライターを投げた。
これが落ちれば、自分はすぐさま火に覆われる。
それは分かっていた、だがマーズは恐ろしいほどに冷静だった。
死の目前にいながらも、背中にあるM16では油へ引火する危険性があると考え、胸のナイフに手を添える。
ライターの軌道をしっかりと見て、ナイフを投げた。
ナイフはライターをはじくとともに、ポジコの右腹部に突き刺さる。
ポジコは腹を押さえながら、叫ぶ。
「ああ!い…い!」
油の床を走りポジコに接近すると、服をつかんで後ろに倒れながら腹を蹴り、巴投げで後ろに放り投げた。
刺さった部分をけられたポジコはさらに悶絶するとともに、油の床に落ちる。
マーズはすぐそこに落ちている火のついたライターを見つけると、肩にかけていたM16を両手で持った。
一瞬、ポジコと目が合うと、ポジコはかすれるような声で言った。
「まって」
マーズは悲しげな表情で答える。
「ごめんね」
自分に引火しないよう、M16をライターに投げると、ライターは油の中へ滑っていき、火が油に引火した。
炎は一瞬にして目の前を覆い、ポジコを中に閉じ込めた。
耳をふさぎたくなるような金切り声をあげながら焼かれるポジコを、マーズはただ黙って見ていた。
スプリンクラーが作動し、大量の泡が降り注いだが火はなかなか弱まらない。
ポジコは一通り暴れた後、黒い人型の塊になり動かなくなると、火がおさまりスプリンクラーが停止した。
マーズはまだ体にまとわり付く油を見て、頭の中で先ほどのことを振り返る。
あの時かけられた油は床に広がっていたのと合わせるとかなりの量、少なくともバケツ一杯分はあった。かけた人間はポジコ以外にはいない、だがそんなものを所持していた形跡はなかった。
いったい、どこからそんな物を?
考えていると、後ろから足音が近づいてくるのが聞えた。
すぐに銃を構えながら振り向こうと思ったが、いま銃を持っていないうえ、床にあるM16はさっきまでライターの火が引火して燃えていたため、プラスチック部分溶けており使うには危険すぎた。
仕方がないのでズボンに手を突っ込み、太ももに隠していたナイフを手に取って振り向いた。
廊下の奥から大体40代ぐらいであろう女が、こちらの存在に気づきつつもゆっくりと歩いてきた。武器は持っておらず、大きな胸が目立つ。
女はマーズの奥にある死体を見て言う。
「あら、なんか黒焦げになってるじゃない!もしかして、ポジコ?」
発音のイントネーションがどこか大佐に似ていた。
マーズはナイフを構えながらゆっくりと近づいていくと、女はマーズを指さして言う。
「貴様、勝手に入ってきて…何者だ」
答える義理はなかった。
マーズは床を蹴り、一気に女に近づいてナイフを振った。
女は体をほんの少し下げ、紙一重でよける。
すぐにまたナイフを振ろうとした瞬間、女は俊敏な動きで近づき、体を動かしながら肩の後ろあたりをマーズの胸に打つ。
車が衝突したかのような衝撃とともにマーズの体は宙に浮き、天井に激突すると床に落ちた。
視界が揺れ体は一切動かず、息ができなくなる。
もうろうとする意識の中、誰かがかたわらに近づき膝をまげて顔をのぞいてきた。
先ほどの攻撃してきた女ではなかった。その顔は非常にマーズに似ていたが、目にくまはなく、どこか凛々しさを感じた。
その女は言う。
「やっと会えたね、姉さん」
その言葉を聞いて、マーズは意識を失った。
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