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助力と約束
手前に高さ1m30㎝厚さ40㎝ほどある仕切りがあり、その10m奥に、黒い人のシルエットが描かれた紙を上からつるしていた。
マーズは仕切り手前に立ち、その上に置かれた拳銃を手に取る。
M1911、通称コルト・ガバメント。全世界の人間に拳銃といえば?と聞くと大体の人間がこれを想像するだろう。
黒く光沢のあるその銃の発射口には長さ15㎝ほどある筒状のサプレッサーが取り付けられていた。
マーズは構える。シルエットの中央を狙い、引き金を引くと軽く鉄を爪でたたいたような音がなり、紙に穴が開いた。
マーズは驚いて銃を見る。
恐ろしいほど静かだ。
「どうですか!すっごい静かでしょう?」
右から声がして目を向けると、そこには緑髪のパセリ・チャイカーがいた。作業着姿で胸元を開いているため、大きな胸の谷間が見える。
マーズは一瞬胸を見ると、左に目をそらす。
すぐに、横目でまた胸の谷間を視界に入れると、パセリが訊いた。
「どうかしましたか?」
慌てて、胸を見ているのがばれないよう目線をそらす。
「いや…その、む、胸を隠してほしいんだけど」
「いいじゃないですか、女の子同士なんだし」
「まあ…そうだけどさ…そうなんだけど。なんか調子狂うから…隠してほしい」
「うーん、そこまで言うなら」
パセリがファスナーをあげて胸元を隠す。
マーズは安心してパセリを見たが、困ったことに作業着越しから見える胸のシルエットもかなり魅力的だった。
極力パセリから目をそらしながら、マーズは訊く。
「すす、すごいですね、この銃」
「はい、喜んでもらえて私うれしいです。この銃は我がKGM社の総力を集めて作ったものです。銃のスライドが動いた際にぶつかる部分には消音効果のある素材を使っていますし、ガバメントが使用する45口径には――」
そこまで言うと、パセリの後方にあるドアが開き大佐が顔を出す。パセリが振り返ると、大佐は言った。
「どうも」
「あ、どうも初めまして、わたくし銃器制作会社KGMのパセリと申します」
大佐はこちらに歩きながら答える。
「話は聞いてます、武器全般のサポートをしてももらえるってことで。射撃場にいるって聞いてきました」大佐はパセリの前で止まると、右手を前に出した「今作戦、司令官の清野大佐ってゆうもんです、よろしく」
パセリはその手を両手で握り、握手を交わす。
「はい、よろしくお願いします」
マーズはそれを見て少し不機嫌になると、大佐が体を少し横に傾け、パセリ越しに訊いた。
「どうやマーズ、その銃?」
マーズは大佐から目をそらす。
「まあ、そこそこ」
パセリはショックを受けた顔でマーズの方に振り返る。
「えー!そんな、さっきはすごいって言ってくれてたじゃないですか」
「それはそれで…すごいけど、すごいすごくはないって意味で」
我ながら意味が分からない。
パセリは悔しそうな顔をしながら言う。
「ぬぅ、まだまだ満足には足りないという意味ですね、分かりました、まだ試作段階のものがうちの会社にあったので、それの完成を急ぎます」パセリはすごい速さで振り返り、大佐の方を向く「大佐さん!」
大佐は驚いて、一歩後ずさる。
「うおっと」
「作戦はいつからですか」
「えーっと、予定通りにいけば、今日の夜9時からですけど」
「分かりました、その時間までには完成させます」パセリはドアまで走り、出る直前で振り返る「待っててください、マーズさんの満足がいくものを作って見せますから」
そう言うと、パセリは射撃場から出て言った。
大佐は閉まるドアを見ながら、腕を組んで言う。
「うーん、すごいおっぱいやったな。うち全然おっぱい無いから、ちょっと嫉妬しちゃうわ」
それを聞いたマーズは、視線をきょろきょろと動かしながら、小さくつぶやくように言う。
「わ、私は…別に小さくても…気にしない」
「へ?」大佐はマーズを見る「何か言うた?」
「いや…別に」
マーズ達3人は机を挟んで奥にいるアイカ・ホノイズトの電話が終わるのを、椅子に座って待っていた。
アイカはこちらに背を向け、吐息のような声を出す。
「うん、すぐに帰りますから。もぉ、いじわるもほどほどにお願いしますよ。うん、待ってくださいね」携帯を切ると、こちらを向いてゆったりとした口調で言う「悪いわね、仕事中というのに」
大佐が答える。
「いや、仕事こなしてくれれば、男と電話使用が何しようがご自由にどうぞ」
「話が分かる人で助かったわ。でも、それより」アイカはマーズの隣に座るパセリを指さす「その子、どうしたのかしら」
パセリは下を向いて何の反応も示さないので、代わりにマーズが答える。
「あの、会社の試作品を使う許可がもらえなくて、ちょっと落ち込んでるみたいで」
「そう、そう言うあなたも疲れてるみたいね、目にくまなんか作って」
「これは取れないだけです」
大佐が会話に割り込む。
「はい、世間話はなしにして、本題に入りましょう」
「そうね、私は装備開発局のアイカよ。主に潜入に使える物の開発をしてるわ」
「あ、私は――」
マーズが自分の紹介をしようとした時、アイカは手を前に出して言葉を止める。
「あなたたちのことはもう知ってるわ、司令官の大佐と「卯月」のマーズでしょう。あなたがCIA最高のエージェントなんて、ちょっと信じられないけど」
「はい」マーズはパセリを手で示す「一応、彼女の説明もします。彼女は――」
「その必要はないわ、私がその子のこと知る必要ないでしょう?」
「え、いや…まあ、そうですけど」
「作戦まで10時間を切っているんでしょう、装備の練習を行ってもらうけど、できて2度よ。準備にいろいろ時間がかかるからさっさと――」不意に、携帯のバイブレーションがなると、アイカはまたポケットから携帯を出す「ごめんなさい、彼から電話だわ」
大佐が訊く。
「いや、さっき電話したんやないんですか?」
「さっきのとは別の彼よ」
「ああ…そうですか」大佐は腕を組むと、独り言のようにつぶやく「マーズ、この作戦失敗してもうちのせいちゃうからな」
「えぇ」
「私も、あんなことやこんなこと…したぁん」
アイカの媚びた声が、部屋に響いた。
午後7時、マーズはCIA本部の一室、ソファーと机のみがある部屋で装備を整え、出発の準備を粛々とこなしていた。
銃を止めておくホルスターを左わき腹に、ナイフ用のホルスターは右胸と服の下に隠すように右太ももに備えつえ、ビニール袋に包んだ銃とナイフを入れる。次に、予備の弾丸とサプレッサー等の入ったポーチを腰につける。
それが終わると、ソファーに座りながら静かに右手で作った拳を、左手で包んだ。
マーズは静かに精神を集中させていた。
無音の中、10分が立つとドアのノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
マーズがそう言うと、ドアが開いて大佐が入ってきた。
「そろそろ出発やで」
「うん」
「しっかしここも静かやな。他の工作員も局員も全員避難してるからだ―れもおらん。ホワイトハウスの連中もアメリカ軍も国民そっちのけでシェルターこもってるようやし、今戦争起きたらアメリカ滅んでまうな」
「うん、そうだね。ねえ大佐」
「ん、なんや」
「私と初めて会った時のこと、覚えてる」
「当たり前やん。あんたが軍にいた時に、私があんたをCIAにスカウトしたんやで、覚えてない方がおかしいやろ」
「うん…私ね、その時からね…その…」
大佐のことが好きだった。
その言葉が出なかった。敵地に何度も潜入してきたというのに、どうして告白一つもできないんだろうかと、自分を恥じた。
マーズが言葉に詰まっているのを見て、大佐は訊く。
「どうした、その時から何」
「いや…全然年とって無いよね。顔も変わらないし」
「え!いや、そうかな。しわとかすごいで!ほらよく見てや。うちも今年で35やし」
戸惑う大佐をマーズは笑う。
「どうしたの、動揺して」
「いや…あんたが変なこと言うから」
「そうだね、ごめん」
「ごめんって、別に謝ることでも無いけどやな」
「うん」マーズは立ち上がる「そろそろ出るね」
「ああ、うちらはここの地下から無線で通信送るから」
マーズは部屋から出ていこうと思ったが、足が止まる。
理由はわからないが、まだここから離れたくなかった。
「えっと、でも大丈夫なの、ここに泥棒が来たりしたら」
「いや、局長も一緒に地下に来るから、10人ぐらいガードがおるし、まあ局内に人がほぼいないとは誰も考えへんやろ」
「じゃあ…安心だね」
大佐は眉を寄せる。
「なあマーズ、なんかおかしいで」
「うん、緊張してるの…かも。ねえ大佐、一つ約束してほしいんだけど」
「何を」
「これが終わったら、一緒にディズニーランド行きたい」
大佐は強くうなずいた。
「分かったわ、行ったる。だからマーズ、ちゃんと帰って来いよ」
マーズは笑顔で答える。
「うん」
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