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バックヴォイド
深夜1時頃、ベッドの脇、枕の隣にある電話の音でマーズ・ヘイターは目を覚ました。
体をおこし長い金髪の髪をかき上げ、くまのとれない目をこすると、電気スタンドをつけて電話をとる。
「はい」
「こんな時間に悪いな、うちや」
電話の相手は日本人女性である青野大佐だった。「大佐」は階級ではなく名前である。彼女はCIAの司令官であり工作員であるマーズの上司にあたる人物だ。
急な電話ながら、相手が彼女だとわかり声が弾んだ。
「な、なに。こんな時間に」
「ちょっと用事や。今一人か?ベッドに男寝かせてるようなら、さっさと起こしてはよ帰らせた方がええで」
冗談だとわかっているが、男がいないことをつつかれて少しむっとする。
「居ないよ…一人」
「そうか、じゃあさっさと着替えて本部に来てくれるか」大佐は小さな声で付け足す「局長がおよびやで」
足早に廊下を歩き、局長室のドアを開けると。こちらに背を向けた大佐と、机の奥に座るドナルド・マスリクス局長がいた。大佐が腕を組みながら、肩ごしにこちらを見るとドナルドが神妙な顔で言う。
「夜分遅く呼び寄せてすまない」
「いえ」一瞬、大佐と顔を合わせる「何か問題が」
「ああ、緊急事態だ。つい先ほどの出来事だ、君は空母「ヴォイド」を知っているか」
「えっと、最近できたおっきな…船ですよね」
マーズは自信なさげにそう言うと、大佐が独り言のように語る。
「ヴォイド、建造費に一五〇億ドル以上をかけた全長五六〇m超ある過去最大の原子力空母。別名、動くアメリカ大陸。それがどうかしたんですか?」
「その空母が先ほど、演習中に制圧された」
マーズは驚いて聞く。
「制圧?いったいどこの軍にですか」
「制圧した部隊はアメリカ軍特殊部隊、シャールだ」
二人は息をのむ。
「アメリカの空母をアメリカ軍が?」
マーズがそう言うと、大佐が苦い笑いを浮かべながら言う。
「クーデターっちゅうわけか。しかもシャールっていったら、アメリカ軍最強も名高い特殊部隊、個人からチームまでなんでもこなす集団って聞いてますけど」
「そうだ、演習中の海兵200名に対し、シャールは40名で制圧したそうだ」
「なるほど、しかし局長、それってうちらの出る幕は無いんとちゃいますか。さっさとその空母とやらを総攻撃して沈めてまえばいいし、何よりなんで軍の問題をうちらがCIA解決しなとダメなんですか」
「他にも問題があってな。まず第一に空母ヴォイドは国が大金をかけて作ったものだ。できれば奪還したい。次に、空母には軍の兵器開発局の栗金団博士が人質として捕まっている。ある兵器の搭載を急いでいてな、彼女の強い要望もあって船に乗せていたんだ」
大佐は訊いた。
「その兵器って何ですか?」
ドナルドは大佐と目を合わせ、静かに言う。
「それは、君たちの知るところではない」
大佐は深く息を吸い、はきながら答える。
「はいはい、わかりました。うちらはだまーって仕事します」
「問題はこれだけじゃない。空母ヴォイドには、発射可能な核ミサイルが搭載されてある」
マーズは驚きのあまり、自然と口から言葉が漏れた。
「核ミサイル」
「そうだ、演習は核ミサイルを積んだ状態での運行実験も兼ねていた。現状、船に技術者は栗金団博士しかいないが、彼女なら時間をかければ目標の場所に十分発射可能だ」
大佐は人差し指を上に指した。
「つまり、今うちらの頭上から核が落ちてきてもおかしくないということですか?」
「そうだ、射程と距離を考えてもアメリカ全土がすでに範囲内だが、問題は他国、それも力を持った国に落とされた場合だ。アメリカで起こったことだ、国も知らないとは言えないだろう」
「ロシアなんかに落とされた日には、何ふっかけられるか分かりませんしねえ」
「それだけは絶対に避けなければいけない。もちろん、国内に落ちることもだ。次に、なぜCIAがこの件を担当するかだ。相手はアメリカ軍の人間だ。アメリカ軍内部に内通者がいると考えるのが妥当だろう。それに、こういったときのために君がいるのだ。コードネーム『卯月』単独での潜入、諜報、破壊工作にたけた最高のエージェントが持つ称号だ。肩書だけで勤めさせるつもりは無いぞ、エージェントマーズ」
「ああ、はい」
正直、荷が重い。
ドナルドはマーズの気の抜けた返事に、少し不安感を感じたようなしぐさを見せた。
「まあ、君の実力はよく認知している、期待しているぞ。自体は深刻だ、いつ核が落ちるか分らないがパニックを避けるため国民に知らせるわけにはいかない。早急に問題を解決する必要がある。すぐさま、サポートに回る技術者を集める、君たちも準備をしておいてくれ。今作戦の名称は「オペレーション・バックヴォイド」とする。では解散してくれ」
大佐は右手を上げる。
「局長、大事なところ言い忘れてないですか」
「なんだ」
「目的ですよ、相手のリーダーと目的を話してもらってませんけど。交渉してないってわけじゃないんでしょ」
「交渉については、これも君らの知るところではない」
「ちょっと待ってくださいよ、だいたいこういう場合、制限時間とかを与えてくるもんでしょ、それもダメなんですか?」
「もちろんだ」
「はいはい、じゃあリーダーは」
「彼らのリーダーの名前は、梓。少なくともアメリカ軍の人間ではなく、どうやら日本人女性ようだ。なぜ彼らのリーダーかは不明で、日本には調査を頼んでいる」
そんなこと先に言ってくださいよ。
そう言っている大佐を尻目に、マーズは梓という名前に、何か違和感があった。
梓…どこかで…聞いた?
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