秦誠一(はた せいいち Seiichi Hata)名大工学系教授が井上明久名誉棄損裁判で偽証した問題でネット上の公開討論が続いている。その中の秦氏の再現性に関する記述で不可解に思った事がある。

 

秦氏は『少なくとも工学の世界では「チャンピオンデータ[1]」という言葉があり、確率的であろうが実現出来れば、初期の研究としては、十分学術的価値がありますし、歩留まり云々は普通、論文に記述しません。[2]』と言及した。

 

秦氏はかかる考えで「(1)当時の技術レベルで、確率的であるが、少なくとも直径15mmレベルのアモルファス単相のZr基バルク金属ガラスは作製可能であること。(2)再現は極めて困難と推測されるが、確率的に直径30mmのサンプル作製も不可能とは考えられないこと。[3]」と裁判で陳述したのだろう。

 

チャンピオンデータの使用は場合によっては質や精度のごまかしと捉えられ、必ずしも好ましいと思われない事があるが、現実に使われる事は珍しくない。ただ、再現性が確認できていないのに、チャンピオンデータで論文を発表するのは不適切だし、下手をすると捏造と言われる。

 

例えば大阪大学医学系の下村伊一郎氏らが2005年にサイエンス誌で発表した論文は再現性を確認せずチャンピオンデータだけ出したと糾弾された。この論文は再現性が確認できず撤回された[4]。調査で捏造は認定されなかったが、結果から言えば再現性がなかったのだからチャンピオンデータも虚偽で、都合よく作った捏造論文と批判されても仕方なかった。研究者のこのような発表が不適切なのは言うまでもない。

 

秦氏が陳述した井上明久氏のバルク金属ガラスは裁判で捏造が争われているのだから再現性がどうなのかはわかるだろう。

 

現状や秦氏の「再現は極めて困難」等の陳述から、問題のバルク金属ガラスは再現性を十分確認しないまま発表したと言われても仕方ない。このような状態なら「再現性があると言えない」というならともかく、秦氏が「作製も不可能とは考えられない」と再現性を肯定するような陳述をしたのは不適切と言わざるを得ない。

 

秦氏は工学系では確率的にしか得られないチャンピオンデータでも初期の研究としては十分学術的価値があって、歩留まり云々は論文に記述しなくてもいいから、井上明久氏のバルク金属ガラスの論文のように再現性が確認できない論文を発表しても不適切でないと考えているのかもしれないが、そんな論文は下村伊一郎氏らのサイエンス論文と同様に時間や金を浪費する迷惑な研究発表で、たまったものではない。また秦氏が教授として学生にそんな研究指導をしていたら学生が捏造、改ざんをしてしまうかもしれない。そんな教育は学生もたまったものではない。

 

特にインパクトの強い論文でそのような事が行われると非常に迷惑だ。例えば下村伊一郎氏らのサイエンス論文は撤回論文で最も引用回数の多い論文だ[5]。名誉棄損裁判で争われた井上氏のバルク金属ガラスの論文も非常にインパクトのあった論文だというのは言うまでもない。彼らの虚偽発表で多くの研究者が多くの時間や金を浪費した。

 

激しい競争のため、再現性を十分確認せず、チャンピオンデータだけで研究発表してしまう研究者がいる。秦氏の一連の陳述はそれを「初期の研究としては十分学術的価値があ」るとして肯定しているのかもしれないが、はっきりいってこんな研究発表は十分学術的価値があるどころか大迷惑でしかない。

 

また、選択的データ表示は場合によっては改ざんと判断されるので注意が必要だ。米国連邦政府規定の改ざんの定義は「Falsification is manipulating research materials, equipment, or processes, or changing or omitting data or results such that the research is not accurately represented in the research record.[6]

 

不都合なデータ等を省略したり、データを都合よく選択して操作し、研究記録上で研究が正確に表されないようにすると改ざんになる。例えば山形大学教員は都合の良いデータを選択しデータ解析を行った学会発表が改ざんと認定された[7]。研究倫理をわきまえず都合よくデータを扱うと改ざんと判定されたり、学生に改ざんを指導してしまう事がある。

 

秦氏は回答を見ても、しばしば言葉を都合よく捉える。というより都合よくしか捉えようとしていない。例えば大村泉氏(東北大学名誉教授)らが虚偽という言葉を「事実と異なる」という意味で使っていると文脈から明らかにわかるのに「騙す意図をもって嘘をついた[8]」という意味と都合よく捉えているし、陳述書の意味も日本語の読み方を無視して偽証していないと主張した。「できる限り自分の不正を否定し、相手を糾弾できるように」という意図がみえみえだ。さらに公開討論の場を利用して自分の批判をするものたちを法的に脅迫して黙らせようとした。しかも一度で済むのに何度も同様の脅迫を続けた。さらに多くの批判サイトに法的脅迫文を送って黙らせようとした。一度公開すれば十分だから、もういいかげんにやめろといいたい。

 

秦氏は裁判での陳述、回答、学術に対する態度などいろいろな側面で都合よく捉え、発表する事を当たり前のように行っている。公開討論を見ると、秦氏の絶対に不正を認めようとしない態度のため、言葉が歪曲され効率的な議論になっていないように思うし、再現性は十分確認できないがチャンピオンデータで研究発表するのは十分学術的価値があるというのは明らかに不適切だ。

 

もちろん再現性は大村氏が言うように科学論文に報告されている結果を論文に記載された方法できちんと再現できる事を言うのであって、再現性を確認していないのにチャンピオンデータで研究発表すると下村伊一郎氏らのサイエンス論文のように糾弾され、下手をすると捏造と言われる。勿論、他の研究者が再現できないと真実と判断されない。

 

秦氏は名大教授であるが、裁判での陳述、回答、学術に対する一連の都合のよい態度をみると、研究倫理をきちんと理解しているのか疑わしい。ほとんどの教授は研究倫理を正しく理解していると思うが、中にはそうでない人がいるのかもしれない。再現性は十分確認できないがチャンピオンデータで研究発表するのは十分学術的価値があると思って研究発表すると他の人たちは大迷惑だし、特に学生はそんな指導を受けるのはたまったものではないから絶対にやめてほしい。

 

秦氏は明らかに不正を認めようとしていないし、批判は都合よく捉えて法的に脅迫して黙らせることばかりに執着しているので、多くの人は危害をおそれて関わりたくないと思うのが普通かもしれない。秦氏のように何度も脅迫して黙らせる事に執着して圧殺すると、周りは秦氏に怯えて何も言えなくなってしまう。秦氏は執拗に脅迫し相手を怯えさせれば解決すると考えているようだが、それは不法ではないか。

 

この問題や井上明久氏の捏造問題が一刻もはやく解決してほしいと思う。

 

参考

[1]チャンピオンデータ:理想的なデータのこと。一般にはたくさん実験を行っても、極めてわずかしか得られない。

[2]秦誠一氏の回答 2016229

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxodHRwd3d3Zm9ydW10b2hva3UybmR8Z3g6MzQzODhhYzdmMDBjYTY0Ng

[3]秦誠一氏の裁判陳述書 2011223

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxodHRwd3d3Zm9ydW10b2hva3V8Z3g6NGRhNDk5NDM2N2IzNWFk

[4]Science 3185850, pp.565 , 26 Oct 2007

http://science.sciencemag.org/content/318/5850/565.2

[5]Ivan Oransky  "Top 10 most highly cited retracted papers" Retraction Watch 20151228

http://retractionwatch.com/the-retraction-watch-leaderboard/top-10-most-highly-cited-retracted-papers/

[6]ORI 2016318日閲覧

https://archive.is/tiItB

[7]山形大学の公式発表 2012127

https://archive.is/L4CF5

[8]秦誠一氏の回答 20151228

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxodHRwd3d3Zm9ydW10b2hva3V8Z3g6NjI1ZGFjOGNhNjlmZTg3ZA